海街喫茶『はぐれ猫亭』の宝石ごはん

エピローグ

エピローグ

　夜空は善がイタリアから帰国してからも、日々メニューと格闘している。
　常連客に励まされ、新規客のデザートのリクエストに応え、口の悪い探偵に甘いものを要求される。
　祥は結局一緒に暮らしており、自由気ままに出入りする猫のようになっていた。なんだか、兄弟になったような、男子寮に入ったような新鮮な気持ちだ。

　夜空がこの街に来て、一年をとっくに過ぎていた。

　善は苦手なお菓子作りにもチャレンジするようになったが、その腕は夜空には到底及ばない。
　夜空はみるみるデザート作りの腕をあげ、通信教育で製菓を学んでいる。週末に行われる実習や、公民館で開催される料理教室にも積極的に参加中だ。
　放浪していたという善は、あちこちで食べた料理の味とレシピを覚えていた。それを再現したメニューを提供し、教えてほしいという声に応えて料理教室も始めた。
　季節は真夏になっていく。

「夜空くん、ちょっとちょっと、焦げちゃいそうだよー！」
「はーい、今行きまーす！」

　海を見ながら看板をきれいにしていた夜空は、手を止めるとすぐさま店内に戻った。
　今日も、お客さんのために二人は忙しい。もうすぐ開店の時間だ。
　夕焼け色に染まる海が、喫茶『はぐれ猫亭』の営業開始を告げていた。
　夜空はカウンターに駆け出した。いい感じにジャムができている。習ったばかりのチーズケーキに添えるのだ。
　火を止めて味見をするとばっちりだった。嬉しくなって、夜空はくるっと振り返ると善に向き直る。

「善さん、今日もよろしくお願いします！」

　夜空がいつもの掛け声をかけて、お辞儀をする。
　焦げていないか心配でおろおろしていた善は、眉毛を八の字にするとにっこり微笑んだ。

「今日もこれからも、よろしくね夜空くん」

　強い海風が吹いている。サンキャッチャーの鈴が鳴り、今夜もオレンジ色の光にたくさんの人が引き寄せられるのだ。


　おわり