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第十二章 そして、これからのごはんを食べよう

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 連絡をくれた担当の警察官の声は弾んでいた。詳しい状況を聞くと、夜空以外にも複数の詐欺被害の疑いがあるらしい。
 それについては警察にすべて任せることにした。
 夜空も示談は望まず、きちんと罪を罰することを望んだ。

 後日――。

 お客さんがほとんどいない店内で、光治と朝代に話をすると、光治は深刻な顔をしていた。

「示談にすれば、お金は多少なりとも返ってくるかもしれないね。そうすれば、また都内に戻って就職したり、会社に復帰もできるんじゃないかい?」

 朝代は夜空にそんな経緯があったことを初めて知り、とても心配をしてくれている。

「そうなんです。でも、取り戻せるお金は全額ではないですし、あの時俺が費やした時間は、金銭には換算できません」

 これは、夜空がたくさん考えて出した結論だ。

「人生という時間を使ったと、夜空くんは考えるわけだね。私としても犯人を許すような行為は止めたほうがいいと思うが、盗られたお金を考えると安易に言えない」

 夜空は心配してくれることに対しお礼を述べたあと、ニコッと笑った。

「でも、罪は償うべきです。お金はまた働けばいいですが、時間は返ってこないから。それを、犯人にはきっちりわかってもらうべきかと思います」

 それに夜空は、この暮らしをすごく気に入っていた。
 アルバイトだし、贅沢ができるわけではない。
 けれど楽しくお客さんと会話できて、作ったものを美味しいと言われるような日常に、夜空は安心感を覚えていた。

「まあ、俺がまた騙されなきゃいいわけで……」

 巨大なケーキをがつがつと食べながら、祥が横やりを入れてくる。

「また騙されそうになったら、俺がそいつのこと暴いてやるよ。そんときゃ二度と外に出たくないって思うほどに追い詰めて、がっぽり金巻きあげるけどな」
「祥さん、それ、めっちゃ悪役の台詞です……小さい子いるんですから」

 涼真がいることを視線で夜空が伝えると、祥はふんと鼻を鳴らした。

「人生きれいごとばっかじゃ生きられないって、今から知っておいたほうがいいぞ」
「保育園児にはちょっと酷ですよ!」

 そんなやり取りを聞きながら、光治も朝代も苦笑いを浮かべた。

「夜空さんが、思った通りにするのがいいのよきっと。私たち外野が、いろいろ言うべきじゃないわね」

 朝代ははっきりと言い切った。

「人間って意外と強い生き物よ。嫌なことをバネにできる力強さがあるわ」

 励ましてもらい、夜空はその通りだと大きく返事をした。
 ラストオーダーのちょっと前の時間になると、遊び疲れた涼真はソファですやすやと寝てしまった。
 それを確認して、光治と朝代の二人は去っていく。
 帰り際に朝代に強く手を握られて、夜空はうんとしっかり頷いた。

 閉店してしばらくしてから、涼真を迎えに好美がやってくる。仕事終わりでヘロヘロだが、息子の寝顔を見ると疲れも吹っ飛ぶようだ。

「男ってさ、弱い生き物よね。女のほうがずっと強いわよ」
「あはは、違いないです。俺も男なんで、弱いなって思いますもん」

 結婚詐欺の犯人が逮捕されたという報せを聞いた好美は、温かいお湯をごくごく飲んで、カップをカウンターにトン、と置いた。

「そんな奴、示談にしたらダメ。また繰り返すに決まってる。みっちり罰を受けてもらわないとね。人を騙してお金で許されるなんて、都合のいい話ないでしょ」
「好美さんもそう思いますよね?」
「当り前よ。気持ちは目に見えないし物質じゃないから、お金という物質に無理やりに変えているだけなの。だから、人の気持ちを踏みにじったらいけないの」
「なるほど」
「気持ちに値段はつけられないわ。だからお金で罪を解決するくらいなら、同じ気持ちと寿命で償ってもらうほうがいいって私は思うけど」

 好美と同意見の夜空は、もちろんそうするつもりだと頷く。

「お金はどうにかできるわよ、働けるもの。私たちまだ若いし、夜空ちゃんは子どももいないから私より自由が利くし」
「そうですね」
「盗られたもの大きいし失ったものは戻らないけど……それ以上にきっといいことがあると信じるしかできないよね」

 涼真が寝返りを打って、ゴロゴロしている音がした。

「そういえば、善さんって今頃どうしているのかしら。せっかく夜空ちゃんにとっていいニュースなのに」

 涼真が寝言を言い始める。彼は初めて会った時よりも大きくなっていた。

「世界のどこかでふらふらしているんだろうな、って思います。善さんのこと、それほど知ってはいないけど、なんだかそんな気がしていて」

 きっと善は帰ってくる。あかりがいない世界を自分で確かめることで、前に進むかどうかを決めるはずだ。
 それは、善にとってとても残酷な旅かもしれない。

「そうね。案外図太そうだもんね、善さんって」

 好美まで祥と同じことを言っていて、夜空はくすくす笑った。

「他人を家に招き入れて仕事と家までくれて、さらにはその人に任せっきりで放浪しちゃうくらいの変わり者なのには間違いないですよ」
「そうそう。善さんってなんだかしぶとそう。待つのも大変だと思うけど、ここは夜空ちゃんの踏ん張りどころよね」
「俺、なんであんなこと言っちゃったかな。待ってないって言っておけば、この店乗っ取れたのに」
「ほんとそうよね」

 夜空の冗談に、好美はくすくす笑った。今彼女がはたらいているスナックも、後継者不足で困っているそうだ。もしかしたら、好美が正式に引き継ぐかもしれない。
 そうすれば、お給料ももっと良くなるし、好きに切り盛りしていいとママにも言われているのだとか。
 時計を見ると、もう真夜中だ。

「いけない、ついつい長居しちゃってごめんね。涼真のことありがとう」
「いえいえ。お互い様です」

 好美は涼真をおんぶすると、手を振りながら帰っていく。
 夜空は静かになった店内を見渡して、やり残した作業がないか確認する。暖房を消すと、強い海風のせいですぐに店内は冷えてくる。

「お疲れさまでした」

 誰もいない店に声をかけてから、夜空は階上に向かう。
 今日は祥も張り込みの仕事だから帰って来ない。一人の夜にも、だいぶ慣れてきた。

「やっぱり桜餅とか作ろうかな。もうすぐ桜の季節だし」

 今年から和菓子の勉強をするのもいい。
 夜空は新しいことに挑戦できる環境に感謝していた。一歩ずつ、前に進んでいる感覚がする。季節のように、自分も着実に変わっていっているのだろう。
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