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第十章 あっつあつ昭和レトロのナポリタン
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大気が不安定だから雨に注意が必要らしい。
予報の通り、翌日の夜はひどい風と雨だった。
窓ガラスを叩きつけるような雨が一晩中降り続き、窓が風でガタガタいうので、夜空は眠れずに何度も寝返りを打った。
明け方近くになると、かまいたちが大暴れしていたような荒れ模様は収まってきていた。
起きたら新作のデザートを考えようと思いながら、落ち着いてきた風の音を聞きつつ眠る。
そのまま意識が飛んでしまい、気づいた時には高く昇った陽がカーテンの間から差し込んできていた。
あまりにも眩しくて起き上がると、昨日の嵐のような雨が嘘だったように、空はすっきりと晴れていた。
二階の共同スペースに向かい、漂う珈琲のいい香りを鼻孔いっぱいに吸い込んだ。
「――おはようございます」
いつも必ず返ってくる返事がなくて、夜空は洗面所へ行く前に気になってリビングを覗き込んだ。
大きなソファにテーブル、そこにいつも座っているはずの人影が見当たらない。キッチンを覗き込んでも善の姿は見えなかった。
珈琲だけが落とされていて、朝食のフレンチトーストにラップがかけられている。
それはすでに冷めきっていた。
夜空はそのお皿の横に小さなメモを見つけた。摘まみ上げるなり、ふふふと笑みが漏れる。
「……いってらっしゃい、善さん」
下手くそな善の字で〈行ってきます。〉と書いてあった。
それをしばらく見つめてから、朝早くに静かに旅立っていった家主を思う。
フレンチトーストを温め直し、リビングのカーテンを開けて、ベランダから外に出た。
青い空には一点の曇りもない。
きっと絶好の旅立ちになることだろう。空の上にもういるのかもしれない善の旅路の安全を願いながら、夜空はベランダで朝食をとった。
この家に来て、初めての一人での食事だ。
耳がつまらないので、善が夜になるとよく流していたラジオを持ってくる。
オンボロの古びた赤いラジオで、周波数をいくら合わせてもノイズ交じりになってしまう。
流れてくるオールディーズの洋楽を聞きながら、善が残してくれた食事を噛みしめる。たっぷり卵がしみこんだ優しい味で、じんわりと甘さが舌の上を溶かしていく。
「――よし、デザートとメニューの考案をしなくっちゃ!」
鍵もお金もすべて置いて、夜空を残して善は出て行った。
それは、夜空を心の底から信用しているということに違いない。
メニューを書き込んでおく紙は、いまだに真っ白のままだ。
やることは多い。休んでなどいられない。夜空はごちそうさまをすると、片づけをして気合いを入れ直す。
来てくれるお客さんの顔を思い浮かべながら、夜空はペンを走らせた。
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