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第十章 あっつあつ昭和レトロのナポリタン

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 〇本日のプレート
 あっつあつ昭和レトロのナポリタン
 自家製タルタルソースのエビフライ
 魚介たくさんクラムチャウダー


 祥に山盛りの大盛りナポリタンを出したあと、サンキャッチャーの鈴の音と共に扉が開く。光治と朝代の二人の姿が見えた。
 光治のステッキはなくなったが、代わりに朝代と腕を組みながら、姿勢よく入店してくる。

「こんばんは。光治さん、朝代さん」

 夜空の声を訊いた涼真が二人に駆け出していき、手前で速度を落としてから抱きついた。まるで、祖父母と再会したような瞬間だ。
 光治と朝代は、延長保育ができない時に店で涼真の面倒を見てくれる。涼真は二人にとても懐いていた。

「あのねー、今日はパパとママと水族館にイルカさんをみにいったの!」
「おおそうかそうか。楽しかったようだね。私たちにも、涼真のお話をたくさん聞かせておくれ」

 うん! と威勢のいい返事に、光治と朝代は涼真の近くの席に座った。
 好美と和也も老アベックに挨拶をしながら、だんらんが始まる。
 ほかのお客さんも入ってきて、『はぐれ猫亭』はどんどんにぎやかになってきた。その様子を、珍しくゆっくりしている祥が、目を細めながら満足そうに見ている。

「タバスコいります?」
「んなもん食ったら舌がいかれるだろうが」
「じゃあチョコレートソースでも」

 夜空がからかうと、すかさず鼻をつままれて逆襲される。
 それを光治と朝代に見られてしまって、夜空はものすごく恥ずかしくなりながらプレートを運んだ。
 みんな、自分が提案したナポリタンにどういう反応をするだろうか。
 今日はこういう気分じゃないという顔をされないだろうか。夜空の胸はドキドキし始める。

「ナポリタンか、懐かしいね」
「ケチャップが甘くておいしいのよね……急に食べたくなっちゃうの」

 笑い合う姿に、夜空はホッと胸をなでおろした。みんな、嬉しそうな表情でナポリタンを食べ始める。
 夜空がカウンターに戻ったところで、自転車のブレーキ音が聞こえてきた。

「あれ、今日はやけに早いなあ」
「ですね。早起きできたんじゃないですか?」

 善と夜空の話を聞いていた祥がニヤリと笑う。

「いや、あっちで大きな事故があったから……一日半寝ずに今さっき帰宅したっていう可能性のほうが高い」
「えっ!?」

 夜空がゾッとしていると、順平は疲れた顔でニカッと微笑んで、倒れ込むように席に着いた。
 順平は「こんばんはっす」と蚊の鳴くような声で挨拶した。

「無理っす、もう報告書とか書き直しで眠くてヘロヘロで……でもまず飯食いたいっす」

 順平はもはやしゃべるのも億劫になっているようだったが、涼真がいることに気がつくと、気力を振り絞って敬礼していた。

「夜空、大当たりしたから正解者に甘いもの追加だ」

 祥はニヤニヤと勝ち誇った顔をしている。

「え、そんな話聞いていませんけど」
「これから仕事なんだよ、夜通しとか甘いものなかったらつらいだろうが」
「事前に連絡してくださいよ。そうしたらコレステロールめっちゃ上がるようなもの作っておくのに」

 祥は夜空の作るお菓子は気に入っているようで、用意してほしいと言付けがあることも増えていた。
 クリームをだばっと載せたケーキを出すと、祥はさすがに眉根を寄せる。

「これはさすがに俺でも太るぞ……」

 祥の前に出された恐ろしい量のケーキに順平が大笑いする。夜空が客に噛みついている姿を見るのが珍しかったようだ。

「おいこら、笑ってんなよ。これはさすがにいじめだろうが。取り締まれよ警察官」
「いや、それ最高っす」

 普段とは一味違って店内は賑やかで、気づくと満席になっていた。
 常連客に、遠くから来た観光客。たまに来る商店街のメンバーもチラホラいる。

「……なんだか、家族みたいですね、こういうの」

 夜空は大忙しな様子の善を手伝いながら、こそっと胸の内を打ち明ける。
 そんなわけないよと笑われるかと思ったが、善は大まじめに頷いた。

「血のつながりがなくても、こうして心を通わせる本当の意味での人間関係が築けたら……それはもう、家族なのかもしれないね」
「そういうくくりで家族っていうののほうが、今の時代に合っているのかもしれないです」

 一息つくと、談笑する皆をカウンターの内側から見つめた。
 ナポリタンはケチャップをたっぷり使っているから甘い。大きなエビフライも、みんな口を開けてガブっと齧りついている。
 トルコランプの優しくて幻想的な光の中で、一番輝いているのは来場客の笑顔だった。
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