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第七章 謎めくホワイトレディは夜の味

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 しばらくして、祥がグラスを揺らしてお酒を飲み干した。素直にお酒とバーを楽しんでいる風に見えるが、その実は調査だ。
 祥は対象だという人物の様子を、カウンター背後の鏡面でチェックしているようだ。そのさりげなさはまさにプロだった。

「祥さんて確実にモテますよね。前髪上げて口を閉じていればの話ですけれど」
「言うねぇ。ま、実際その通りで、顔もいいから俺はモテるんだけど」
「自分で言っちゃった」
「でも、誰ともつきあわないけどな」

 ふうん、と夜空は追加したチーズを一口食べた。
 やけに甘いチーズで美味しい。強いお酒と知らずに一気に飲んでしまったせいで、なにか食べていないと目が回りそうだった。

「あのさ、もうちょっと恋人感出せよ。さっきからあっちにいる女の視線が痛いんだよ」
「あの人たちは、ここに来た時から祥さんのことずっと見てましたよ」
「わかってたんなら手伝えよ。小遣い減らすぞ」

 それは無理、と夜空は大慌てでカウンターに両腕を乗せて、気だるそうにしてみせる。なんだそれはと祥は眉根を寄せたのだが、まあいっかと苦笑いをしていた。「……祥さんは、報酬を減らすような人じゃないですよ」

「なんだその自信。どっから出てくんの?」
「悪い人なら、探偵と偽って相談者から依頼料をだまし取ってますよ。だからドジしない限りは、俺の報酬が減ることはないと踏んでいます」

 祥はへえ、と口の端を持ちあげてニヤニヤする。

「俺が結婚詐欺にあったのを知って、お金に余裕がないとわかっていたから今日の仕事も振ってくれたんですよね?」

 それに祥は答えない。

「ありがとうございます。俺、前に一歩ずつ進もうと思ってます」

 うん、と祥は頷いた。

「でもさ、いい恋愛しておけよ。まだまだいけるだろ」
「さすがに、恋愛はこりごりです」
「いいこともあるさ、きっと」
「そうですかね。祥さんは恋愛遍歴すごそうですね」
「俺は百戦錬磨だから。探偵だしな」

 なんだその理屈はと夜空は眉根を寄せる。

「ま、今しかできない恋もあるし、楽しいことも傷つくこともあるさ。夜空は嫌な思いいっぱいしたんだから、次はいい相手がくるかもだろ。人生って、バランスなんだよ。いいこと続きじゃないし、悪いこと続きじゃない」

 同感だとおせんべいをパクパク食べていると、色気のある食いかたしろよと、ムスッとされた。

「でも、善はやめとけよ」
「はい? どういう意味ですか?」

 祥は一瞬真顔になってからまたいつものしたり顔になる。

「あいつの傷は深すぎるんだよ」
「その前に、俺はそっちの趣味ではないので」
「ああそうか、なら平気か。なんだかお前が善の元婚約者に見えて……」

 訳がわからないでいると、祥がお会計を頼んだ。

「移動するぞ。対象が動いた」

 祥はあっという間に会計を済ませてバーをあとにした。
 対象だという人物が出ていくと、ワンテンポ遅れてさりげなく店を出る。見失いそうなほど遠い距離だったが、祥にはしっかり調査対象が見えているようだ。
 夜空は祥にくっついたままついていき、気付いた時には「はい、ご苦労さん」と言われていた。見れば、いくつも連なっているホテルの前だ。

「もういいんですか?」
「ああ、ばっちり。あとはあいつが出てくるのを待つから。もう同僚が張ってるし、俺たちはいったん戻るぞ」

 夜空は祥の仕事ぶりに、ひとしきり感心してしまった。
 対象だという人物が誰だったのかも、どんな人とどこに消えていったのかも、夜空にはまったくわからなかった。

「掴まれよ」
「いえ、大丈夫です。そんなに酔っていませんから」

 違うよ、と祥に腕を掴まれて引き寄せられる。

「酔ってるほうの心配じゃなくて、靴擦れ」

 言われて夜空はばれていたか、と舌を巻いた。

「悪かったな、怪我させて」
「大丈夫です。そんなに痛くないんで」

 祥のこういうところがきっと、モテる要素だろう。決して見栄えだけじゃない魅力が祥にはある。
 形は違えど、ホッとするような温かさが善と祥の二人には共通しているようだ。
 帰宅するためにタクシーに乗り込むと、どっと疲れが押し寄せてくる。
 なんだか夜のあのバーの雰囲気が自分に染みついているようだ。風にあたって、すっきりしたい気分になっていた。

「ちょっとだけ歩く?」
「え、あ……はい」

 心の内側を覗き込まれたようなタイミングで提案され、夜空は苦笑いした。『はぐれ猫亭』の少し手前で下車し、祥とともにしばらく海沿いを歩く。
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