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第六章 青い春と甘辛美味しいぜいたくすき焼き

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 自分が介入した物事は、最後まできちんと見届ける、というのが光治の流儀だ。
 そういうわけで、光治はその日の夜、朝代をタクシーで家まで送り届けた。
 翌日からは、一人で暮らす朝代の家に様子をちょこちょこ見に行くようになり、お互いに携帯電話でやりとりもしているらしい。
 病院にも付き添う姿が見られ、帰りに都合がつけば二人で『はぐれ猫亭』まで足を運び、近況報告をしてくれる。
 光治は面倒見がよく、朝代は彼の手助けを素直に喜んでいるようだ。
 光治は同年代の人と話をするのが楽しいようで、表情が明るくなったなと夜空は感じていた。

 事件もすべての検証が終わり、一件落着だ。珍しい事件が終わってみんながいつも通りの日常に戻るまで、そう時間はかからなかった。
 朝代の怪我が落ち着いた二週間後から、光治がお店に来る回数がぐんと減った。
 その理由がわかったのはさらに一週間たってからだ。

 梅雨は明け、土日になると海を楽しみにやってくる人が増えた。夏とともに、観光シーズンの到来だ。にわかに、街全体が活気づいてきていた。
 からっと晴れた日の夜、まだ開店して間もない時に喫茶店を訪れた人たちがいる。サンキャッチャーが揺れて、本日一組目のお客様が『はぐれ猫亭』に足を踏み入れてくれた。
 程よく磨かれた床板を踏みしめたのは、格好のいい革靴と、瀟洒な造りの杖。そして、歩きやすいけれども、可愛らしいデザインのフラットシューズ。

「善くん、夜空くん。こんばんは」

 中折れ棒を持ち上げて、ニコニコしながら挨拶をしたのは光治と朝代だ。

「こんばんは、光治さん……朝代さんも!」

 夜空が破顔して駆け寄る。
 朝代はすっかりよくなったようで、「その節はお世話になりました」と改まってお辞儀をしてくれる。
 光治の腕に、朝代が捉まる形で仲良く寄り添う姿はほほえましい。
 善は二人をカウンターに席に横並びに招き入れた。出されたおしぼりで手を清めてからお水を一口飲んだあと、光治が口を開く。

「二人にね、話したいことがあって」

 まだ誰もいない店内には、チャーリー・パーカーのナウズ・ザ・タイムが流れている。軽快で品の良いメロディーに合わせて、窓の外から波音が届いていた。

「なんでしょう?」

 善が穏やかに問いかけたところで、自転車が店の前に止まる音がする。二秒後にチリンチリンと勢いよく鈴が鳴り、制服姿の順平がやってきた。

「ちわっす、巡回っす!」

 爽やかな笑顔で入ってきた順平は、店内を見渡しながら光治と朝代の姿を見つけると、嬉しそうにニカッと笑った。

「ああ順平くん。ちょうどいい、君にも報告したいことがあってね」
「え、なんですか?」

 順平が興味津々で近寄ってきて、みんなの視線が光治に集中した。

「この度、朝代さんとお付き合いすることにしました」

 光治の突然の報告に、夜空は固まり、順平は「え!」と驚き、善は嬉しそうに拍手を始める。
 善の拍手が終わると、光治は嬉しそうにふふっと笑ってから続けた。

「二人とも、老い先短い身だからね。ややこしいことや法的手続きはなしで、純粋に交際することにしたんだよ」

 子どもや孫にも、同じように伝えたという。
 家族としては、一人暮らしをされるよりも、二人で一緒にいたほうがいいという結論に至ったらしい。
 なにかあった時にも心配がないし、籍を入れるでもないのであれば、新しい家族の形として大賛成だと。
 すでに全員の顔合わせはすみ、お互いの家族たちともいい関係を続けられそうだという。

「カップル成立ですね! ああ、お二人っぽく言うとアベックですかね?」

 嬉しい報告を聞いた善は大はしゃぎだ。

「あはは、そうそう、アベックだね。ちょっと恥ずかしいけれど、みんなにはちゃんと言っておこうと思って」
「なんて素敵な。お二人とも、おめでとうございます!」

 善は小躍りする勢いでまたまた手を叩いて喜んでいる。夜空もなんだか幸せな気持ちになって、おめでとうと祝福する。
 順平はしばし固まっていたのだが、ポンと手を打った。

「じゃあ俺、もしかして二人のキューピッドみたいな感じっすかね?」

 真面目に順平が呟くと「そういうことだよ。順平くんありがとう」と光治と朝代が、深々と頭をさげる。順平は逆に恐縮して大慌てで両手をブンブン振った。

「いやーめでたいめでたい! あ、めでたいついでに……今日のプレートはお刺身なんです。お二人でいかがですか?」

 そういえば、今日の買い出しで善が思いついたように魚屋で鯛を購入していたのを思い出す。
 まさかとは思うが、善がこのことを予知していたわけではあるまい。

「さすがだね、お祝いの鯛もあるのかな?」
「もちろんです。旬の太刀魚と一緒に、ちょうどいいのが入ったんですよ」

 善は楽しそうに魚をさばき始める。
 キューピッドの順平は、幸せのおすそわけをありがとうとひとしきり喜んでから業務に戻っていった。
 夜空は付け合わせやサラダの準備を始める。めでたいついでに、二人をお祝いできないかなと考えていると、棚の隅にあるおちょこが目に入ってしまう。
 こんなタイミングで見てしまったら、食前酒として出したくなる。それを二つ手に持って善のところに持っていくと、彼は凛々しい眉毛を嬉しそうに垂らした。

「お酒、本来なら出さないんですけど……今日は特別なので」

 善は冷蔵庫の中に寝かせておいた、日本酒の小瓶を出してくる。夜空が用意したおちょこに、なみなみとついだ。

「二人の新しい門出に、乾杯です」

 光治と朝代は、新鮮ぷりぷりの刺身と一緒に出されたお酒を、頬を真っ赤にして喜ぶ。善と夜空はお茶だったが、四人で乾杯した。
 チン、といい音が鳴って、カウンターの二人はゴクッと飲み干す。幸せそうな光治と朝代の姿を、夜空は瞼にしっかり刻み付けた。
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