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第六章 青い春と甘辛美味しいぜいたくすき焼き

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「――ん?」

 光治が、女性を覗き込んで目を丸くする。彼の視線に気がついた女性は、ゆっくり顔をあげた。

「もしかして、朝代さんですか? 小林家のお嬢様の……」

 光治の言葉に、女性のほうが驚いた顔をした。

「そうです。小林は旧姓ですが、確かに私は小林朝代です」
「やっぱり!」

 光治は嬉しそうに目を輝かせてから、「大声を出して失礼しました」とコホンと咳払いをする。

「私は、佐々木光治といいます……ああ、覚えていらっしゃらないかもしれませんね。なにしろ、五十年ぶりですから」
「五十年ぶり!?」

 夜空が驚いている横で、女性は「あっ!」と口元に両手を添える。みるみる顔色が明るくなっていく。

「あの、佐々木さんのところの坊ちゃんですよね?」
「そうですそうです。いつぞや、お会いしましたね」

 いやあ懐かしい、と二人はほころんだ。

「二人はお知り合いだったんですか?」

 光治にお水を持ってきた善が訊ねると、光治は口髭を撫でてはにかんだ。

「彼女は朝代さんと言ってね。一つ向こう街のお嬢さんで、有名なかただよ」
「そんなことありません。もう、ずっと昔のお話です」

 朝代は恥ずかしそうに首を小さく横に振った。

「いやいや、あの頃私たちはみんな、朝代さんに恋していたんですよ。大地主さんのお嬢様で、優しくて清らかで。当時もほれぼれする美しさでしたが、今でもお美しい」
 それに朝代は恥ずかしそうにふふふと笑った。光治のおかげで打ち解けてきたようで、彼女の表情に余裕が見られた。
 その時、救急車のサイレンが聞こえてくる。夜空は店の外に飛び出していった。
 夜空が救急隊員の人たちとともに店内に戻ってくる。光治は彼らがてきぱきと問診を行う間、邪魔にならないように距離を取って様子を見守っていた。
 万が一を鑑みて、病院にそのまま連れていってもらうことで話がまとまった。隊員の一人が店内にいる三人を見る。

「お付き添いのかたはいらっしゃいますか?」
「もしご迷惑じゃなければ、私が付き添います。二人は今から仕事ですけど、私は時間があります。僕がご家族にも電話して、事情を話しますよ」

 光治の提案を、朝代は素直に喜んだ。

「佐々木さんのご迷惑でなければ」
「大丈夫ですよ。善くん、夜空くん。私がお連れするから、お仕事をしてくれてかまわないよ。順平くんにもそう伝えてくれると嬉しい。なにかあればお店にも連絡をするよ」

 光治は携帯電話の番号をメモすると、夜空に渡す。

「いいんですか? じゃあ、光治さんにお任せしますね」

 心配している夜空に向かって、光治は力強く頷く。

「病院が終わったら、朝代さんを送ってからまたここに立ち寄るよ」

 救急隊員たちとともに車に乗り込むまで見送る。サイレンとともに、二人を乗せた救急車は病院へ向かった。
 光治から電話がかかってきたのは一時間後。軽傷だということで、二週間ほど通院して様子見になったそうだ。
 それを聞いた善も夜空も、ホッと胸をなでおろした。
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