上 下
31 / 68
第五章 きらきら涙の思い出カルボナーラ

28

しおりを挟む
「あれ、順平さんはカルボナーラ苦手でした?」

 水をつぎ足しに来た夜空が、順平の食の進み具合を見て声をかける。
 ゆっくりすぎる箸の進み具合に、夜空は不思議に思ったようだ。感傷的になっていた順平は、「あ、いや」と言葉を濁した。
 順平はフォークをいったん置く。

「カルボナーラって、別れた彼女の得意料理だったんっすよ。いつも、これ作ってくれて、それが美味くて……俺、すごくこの味が好きで」
「そうだったんですね」

 夜空は順平を見ながら、お水を並々とつぎ足してくれる。

「――彼女の弟が事故に遭った時、仕事がすっごい忙しくって。それで、放置しちゃって。悲しい思いさせて、それがきっかけですれ違って別れたんですけど……」

 順平はカルボナーラを見つめながら、ほろほろとこぼすように話した。
 夜空は大きなアーモンド形の目を、順平に向けてくる。彼のまっすぐな視線には、野次馬根性など一切なかった。

「今でも、彼女のことが好きですか?」

 夜空に聞かれて、順平は込み上げるものを押さえつけながら、「好きっすよ」と絞り出した。

「吹っ切れることはないです。この職をやっている限り、絶対に思い出しますから。その度に、あの時もっとできたことがあっただろうって、悔やみながら生きてくしかできなくて……あ、俺なんだか女々しいっすね」
「そんなことないですよ。誰だって、傷の一つや二つ、あると思いますよ」

 夜空の言葉に、順平はああそうだったと思い出す。
 彼も、両親を亡くして苦労したのに、結婚詐欺に遭ってここに逃げるようにやってきて、暮らしを一変させたということを思い出した。
 喧騒の絶えない無機質な都会から、人の温かみ溢れるこの場所へ。
『はぐれ猫亭』は、傷を抱えてそれを懸命に隠しながら生きる人たちに、さりげなく居場所をくれるようなところなのかもしれない。

「傷がない人なんていませんよ、順平さんは向き合っているんですから、立派です」

 夜空の言葉には嘘がない。いつも真面目でまっすぐだ。順平は、ふっと肩の荷が下りたような気がした。

「だから、俺は警察官辞めないっす」
「ええ」

 順平は、フォークに肉厚のベーコンを刺す。

「彼女を含めて、市民を守りたくて仕事してるんで、がんばります。いつかあの出来事が俺の強みになると思って」

 パクっとベーコンを口に入れる。しょっぱくて、芳醇な香りがして、絶妙な美味しさだ。優しくて、やっぱりちょっと懐かしいような気持ちになるのは、この店の雰囲気だからかもしれない。
 人は好きな人のために強くも慣れるけれど、弱さも手にする。それがわかっただけでも、成長の一つだと信じたい。

「俺も、順平さんみたく、過去の出来事を栄養にできるように頑張りますよ!」

 夜空がニコッと笑うと、それを聞いていた善がよーしと声をあげる。

「もう一人前作って、順平くんにプレゼントしちゃおうかな!」
「え、いいんっすか?」
「もちろん。僕の作ったものが、明日の順平くんの身体になる。そして、それが市民を守ることに繋がる……こうして、みんな巡っていくんだね。じゃあ遠回しに、僕もお巡りさんってことになるのかな?」
「違うと思いますよ。都合よすぎです、それだと」

 夜空は眉根を寄せながらズバッとツッコミを入れている。
 すっとぼけたところがある善と、真面目な夜空は、順平から見てもでこぼこでいいコンビだった。
 善はすでに、オリーブオイルでニンニクとベーコンを炒め始める。

「でもお巡りさんになった気分で作るね」
「どういう気分なんですか、それは」
「街の人を助ける気分かな?」

 夜空は困っているのだが善は楽しそうにフライパンを揺すっていた。善との会話に終止符を打ち、夜空は順平に向き直った。

「よかったですね、もう一人前」

 順平は元気よく頷く。
 そうと決まれば、まずは最初のカルボナーラを、美味しくいただこう。
 順平は木製の漆塗りフォークに麺を絡ませ、口の中に入れてもぐもぐした。
 カルボナーラは、順平の甘く切ない記憶をくすぐってお腹の中に入っていく。楽しかったことも、悲しかったことも、ぜんぶ包みこみながら。

「たくさん食べないとだからな、身体は資本だ」

 食べて食べて、それが明日の自分に繋がっていく。
 いくつものきらきらした思い出と、たった一つの後悔を感じながら食べるカルボナーラは、明日の順平をもっと強くさせるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

oldies ~僕たちの時間[とき]

ライト文芸
「オマエ、すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」  …それをヤツに言われた時から。  僕の中で、何かが変わっていったのかもしれない――。    竹内俊彦、中学生。 “ヤツら”と出逢い、本当の“音楽”というものを知る。   [当作品は、少し懐かしい時代(1980~90年代頃?)を背景とした青春モノとなっております。現代にはそぐわない表現などもあると思われますので、苦手な方はご注意ください。]

ボッチによるクラスの姫討伐作戦

イカタコ
ライト文芸
 本田拓人は、転校した学校へ登校した初日に謎のクラスメイト・五十鈴明日香に呼び出される。  「私がクラスの頂点に立つための協力をしてほしい」  明日香が敵視していた豊田姫乃は、クラス内カーストトップの女子で、誰も彼女に逆らうことができない状況となっていた。  転校してきたばかりの拓人にとって、そんな提案を呑めるわけもなく断ろうとするものの、明日香による主人公の知られたくない秘密を暴露すると脅され、仕方なく協力することとなる。  明日香と行動を共にすることになった拓人を見た姫乃は、自分側に取り込もうとするも拓人に断られ、敵視するようになる。  2人の間で板挟みになる拓人は、果たして平穏な学校生活を送ることができるのだろうか?  そして、明日香の目的は遂げられるのだろうか。  ボッチによるクラスの姫討伐作戦が始まる。

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

僕とコウ

三原みぱぱ
ライト文芸
大学時代の友人のコウとの思い出を大学入学から卒業、それからを僕の目線で語ろうと思う。 毎日が楽しかったあの頃を振り返る。 悲しいこともあったけどすべてが輝いていたように思える。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

高度救命救急センターの憂鬱 Spinoff

さかき原枝都は
ライト文芸
フェローは家畜だ。たっぷり餌を与えて…いや指導だ! 読み切り!全8話 高度救命救急センターの憂鬱 Spinoff 外科女医二人が織り成す恐ろしくも、そしてフェロー(研修医)をかわいがるその姿。少し違うと思う。いやだいぶ違うと思う。 高度救命センターを舞台に織り成す外科女医2名と二人のフェローの物語。   Emergency Doctor 救命医  の後続編Spinoff版。 実際にこんな救命センターがもしもあったなら………

処理中です...