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第五章 きらきら涙の思い出カルボナーラ

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「あれ、順平さんはカルボナーラ苦手でした?」

 水をつぎ足しに来た夜空が、順平の食の進み具合を見て声をかける。
 ゆっくりすぎる箸の進み具合に、夜空は不思議に思ったようだ。感傷的になっていた順平は、「あ、いや」と言葉を濁した。
 順平はフォークをいったん置く。

「カルボナーラって、別れた彼女の得意料理だったんっすよ。いつも、これ作ってくれて、それが美味くて……俺、すごくこの味が好きで」
「そうだったんですね」

 夜空は順平を見ながら、お水を並々とつぎ足してくれる。

「――彼女の弟が事故に遭った時、仕事がすっごい忙しくって。それで、放置しちゃって。悲しい思いさせて、それがきっかけですれ違って別れたんですけど……」

 順平はカルボナーラを見つめながら、ほろほろとこぼすように話した。
 夜空は大きなアーモンド形の目を、順平に向けてくる。彼のまっすぐな視線には、野次馬根性など一切なかった。

「今でも、彼女のことが好きですか?」

 夜空に聞かれて、順平は込み上げるものを押さえつけながら、「好きっすよ」と絞り出した。

「吹っ切れることはないです。この職をやっている限り、絶対に思い出しますから。その度に、あの時もっとできたことがあっただろうって、悔やみながら生きてくしかできなくて……あ、俺なんだか女々しいっすね」
「そんなことないですよ。誰だって、傷の一つや二つ、あると思いますよ」

 夜空の言葉に、順平はああそうだったと思い出す。
 彼も、両親を亡くして苦労したのに、結婚詐欺に遭ってここに逃げるようにやってきて、暮らしを一変させたということを思い出した。
 喧騒の絶えない無機質な都会から、人の温かみ溢れるこの場所へ。
『はぐれ猫亭』は、傷を抱えてそれを懸命に隠しながら生きる人たちに、さりげなく居場所をくれるようなところなのかもしれない。

「傷がない人なんていませんよ、順平さんは向き合っているんですから、立派です」

 夜空の言葉には嘘がない。いつも真面目でまっすぐだ。順平は、ふっと肩の荷が下りたような気がした。

「だから、俺は警察官辞めないっす」
「ええ」

 順平は、フォークに肉厚のベーコンを刺す。

「彼女を含めて、市民を守りたくて仕事してるんで、がんばります。いつかあの出来事が俺の強みになると思って」

 パクっとベーコンを口に入れる。しょっぱくて、芳醇な香りがして、絶妙な美味しさだ。優しくて、やっぱりちょっと懐かしいような気持ちになるのは、この店の雰囲気だからかもしれない。
 人は好きな人のために強くも慣れるけれど、弱さも手にする。それがわかっただけでも、成長の一つだと信じたい。

「俺も、順平さんみたく、過去の出来事を栄養にできるように頑張りますよ!」

 夜空がニコッと笑うと、それを聞いていた善がよーしと声をあげる。

「もう一人前作って、順平くんにプレゼントしちゃおうかな!」
「え、いいんっすか?」
「もちろん。僕の作ったものが、明日の順平くんの身体になる。そして、それが市民を守ることに繋がる……こうして、みんな巡っていくんだね。じゃあ遠回しに、僕もお巡りさんってことになるのかな?」
「違うと思いますよ。都合よすぎです、それだと」

 夜空は眉根を寄せながらズバッとツッコミを入れている。
 すっとぼけたところがある善と、真面目な夜空は、順平から見てもでこぼこでいいコンビだった。
 善はすでに、オリーブオイルでニンニクとベーコンを炒め始める。

「でもお巡りさんになった気分で作るね」
「どういう気分なんですか、それは」
「街の人を助ける気分かな?」

 夜空は困っているのだが善は楽しそうにフライパンを揺すっていた。善との会話に終止符を打ち、夜空は順平に向き直った。

「よかったですね、もう一人前」

 順平は元気よく頷く。
 そうと決まれば、まずは最初のカルボナーラを、美味しくいただこう。
 順平は木製の漆塗りフォークに麺を絡ませ、口の中に入れてもぐもぐした。
 カルボナーラは、順平の甘く切ない記憶をくすぐってお腹の中に入っていく。楽しかったことも、悲しかったことも、ぜんぶ包みこみながら。

「たくさん食べないとだからな、身体は資本だ」

 食べて食べて、それが明日の自分に繋がっていく。
 いくつものきらきらした思い出と、たった一つの後悔を感じながら食べるカルボナーラは、明日の順平をもっと強くさせるのだ。
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