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第五章 きらきら涙の思い出カルボナーラ
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この街の交番に勤務する東堂順平巡査は、いつでも気合いが入っている。
順平は、元々仕事熱心なタイプだ。そして、市民の安全を守りたいという思いと、かっこいいからという理由で警察官になったのだが、これが天職だった。
仕事はやりがいがあるし、毎日充実していて満足している。生涯、警察官でいようと思っているほど、好きな職業に就けた。
丸々一日、下手すると一日半ほどの交番勤務にも、弱音は一切吐かなかった。初めのうちは身体が慣れず、昼夜逆転するし仮眠もとれないことがつらかったが、今はそれもお茶の子さいさいだ。
二年目にもなると、慣れと同時に余裕さえ出てくる。いろんな場所に知り合いが増え、声をかけられることも多い。
忙しい毎日だが、お休みだってきっちりある。順平が非番の時によく訪れるのが、海街喫茶『はぐれ猫亭』だ。
このお店に流れ着くようにしてやってきた夜空をソファへ運んだのは、つい一ヶ月半ほど前のことになる。
「今日も、善さんのとこ行くか」
昨日も訪れていたのだが、あの味が恋しくてついつい足しげく通ってしまう。
マスター兼オーナーの善は、のほほんとした雰囲気の細身の男性で、まさしく優男という印象だ。
彼の作る料理は、お袋の味とでもいえる素朴さが特徴で、毎日食べても飽きがこない。おそらく、毎日食べたら健康になるとさえ順平は思っていた。
そんな善にたいして、働き始めたばかりの夜空のほうは、一瞬女性かと見間違えるような小柄な青年だ。
夜空は、顔立ちの幼さから大学生に見える。素性を知らなければ、確実に半分以上の人が、夜空のことを女性だと思うに違いない。
『はぐれ猫亭』に来たばかりの時は、まるでどぶ川に捨てられた子猫のようにしょげて暗い雰囲気だった。
顔色も悪く、お世辞にも接客業向きとは言えない上に、愛想もなくてもたもたしているのが目立っていた。
しかし今や、血統書付きの猫のように表情も柔らかく落ち着き、ツヤツヤ輝いているように見える。善のおかげなのか明るくなり、しゃべってみればいたってまともな人間だった。
順平は鼻歌混じりに自転車にまたがると、すいーっと走り始める。
「今日のプレートはなんだろな」
お気に入りのマウンテンバイクは、ブレーキが軋む以外は、だいぶ優秀な相棒だ。順平の住んでいる独身寮から、善の喫茶店までは自転車で十五分ほど。
気持ちのいい海風を全身に浴びながら、悠々と自転車を漕いでいく。いつもより湿気が強く感じられた時、今夜は雨予報だったのを思い出した。
「あちゃ……傘取りに戻るか。いや、面倒だからいいか」
ひとまず雨雲がそれてくれることを祈るしかない。
目的の店が見えてくると、速度を落とすためにブレーキをかける。甲高い音を響かせながら、自転車が止まった。
時刻はすでに十八時すぎ。『はぐれ猫亭』が一番混雑する時間だ。
格子窓から中を覗き込むと、釣り鐘型のランプからオレンジ色のあかりの中に、お客さんたちがたくさんいるのが見える。
いつもよりも早い時間に来たため、こんなに人が溢れ返っているのかと驚いた。
「こんばんはっす!」
幸いにも、座席を待っている人たちがいる様子はない。順平は取っ手に手を伸ばした。サンキャッチャーが揺れ、チリンと鈴の音が鳴る。
「こんばんは、順平さん!」
片づけたお皿をカウンターに戻しながら、夜空が順平に気付いた。彼に手を振ってから、お気に入りの席を指さす。
「どうぞ、今行くので座ってください」
ソファ近くの二人掛けの席だが、順平はそこが気に入っている。腰を下ろしてしばらく待っていると、すぐに夜空がお水を差しだす。
まずは一気に飲み干すと、ピッチャーを持って待機していた夜空が、さらにもう一杯お水を注いでくれる。
順平のいつものルーティーンだ。
「順平さん、悪いんですけど今ちょっと混んでいて……ほんの少しだけ待ってもらえます? 善さんも手いっぱいで」
カウンターの中では、急いでいるようには感じられないのだが、善がせっせと手を動かしている。正面のお客さんと談笑しながらも、器用にオーダーをさばいていた。
「大丈夫っす。ゆっくりしているので」
「ありがとうございます」
夜空はすまなそうにしたあと順平になにか話しかけようとしたが、別のお客さんに呼ばれてしまった。
「行ってください。俺、いつでもいいんで」
「すみません。またあとできますね」
夜空はそう言うと、呼ばれたほうにすっ飛んでいく。もちろん、店内を走っているわけではないのだが、なぜかウサギがぴょこぴょこ跳ねているように見えてしまうのだ。
ずいぶん動きも無駄が減り、おどおどしなくなったなと、夜空の姿を見て順平は安心する。
自分が守る街に住む人は、できれば健康で笑顔でいてほしい。たとえ自分にはその力がちょっとしかなくても、全力を尽くしたいと思うのだ。
「そりゃそっか。善さんの料理毎日食べてれば、夜空さんも健康になるよな」
少し羨ましいと思いつつ、順平はにぎわう店内の様子を楽しむ。みんなの笑顔を見るのが順平は好きだ。だから、笑顔が溢れているこの『はぐれ猫亭』も大好きだ。
用意されている雑誌に手を伸ばしながら、順平は夜空たちの手が空くのを待った。
順平は、元々仕事熱心なタイプだ。そして、市民の安全を守りたいという思いと、かっこいいからという理由で警察官になったのだが、これが天職だった。
仕事はやりがいがあるし、毎日充実していて満足している。生涯、警察官でいようと思っているほど、好きな職業に就けた。
丸々一日、下手すると一日半ほどの交番勤務にも、弱音は一切吐かなかった。初めのうちは身体が慣れず、昼夜逆転するし仮眠もとれないことがつらかったが、今はそれもお茶の子さいさいだ。
二年目にもなると、慣れと同時に余裕さえ出てくる。いろんな場所に知り合いが増え、声をかけられることも多い。
忙しい毎日だが、お休みだってきっちりある。順平が非番の時によく訪れるのが、海街喫茶『はぐれ猫亭』だ。
このお店に流れ着くようにしてやってきた夜空をソファへ運んだのは、つい一ヶ月半ほど前のことになる。
「今日も、善さんのとこ行くか」
昨日も訪れていたのだが、あの味が恋しくてついつい足しげく通ってしまう。
マスター兼オーナーの善は、のほほんとした雰囲気の細身の男性で、まさしく優男という印象だ。
彼の作る料理は、お袋の味とでもいえる素朴さが特徴で、毎日食べても飽きがこない。おそらく、毎日食べたら健康になるとさえ順平は思っていた。
そんな善にたいして、働き始めたばかりの夜空のほうは、一瞬女性かと見間違えるような小柄な青年だ。
夜空は、顔立ちの幼さから大学生に見える。素性を知らなければ、確実に半分以上の人が、夜空のことを女性だと思うに違いない。
『はぐれ猫亭』に来たばかりの時は、まるでどぶ川に捨てられた子猫のようにしょげて暗い雰囲気だった。
顔色も悪く、お世辞にも接客業向きとは言えない上に、愛想もなくてもたもたしているのが目立っていた。
しかし今や、血統書付きの猫のように表情も柔らかく落ち着き、ツヤツヤ輝いているように見える。善のおかげなのか明るくなり、しゃべってみればいたってまともな人間だった。
順平は鼻歌混じりに自転車にまたがると、すいーっと走り始める。
「今日のプレートはなんだろな」
お気に入りのマウンテンバイクは、ブレーキが軋む以外は、だいぶ優秀な相棒だ。順平の住んでいる独身寮から、善の喫茶店までは自転車で十五分ほど。
気持ちのいい海風を全身に浴びながら、悠々と自転車を漕いでいく。いつもより湿気が強く感じられた時、今夜は雨予報だったのを思い出した。
「あちゃ……傘取りに戻るか。いや、面倒だからいいか」
ひとまず雨雲がそれてくれることを祈るしかない。
目的の店が見えてくると、速度を落とすためにブレーキをかける。甲高い音を響かせながら、自転車が止まった。
時刻はすでに十八時すぎ。『はぐれ猫亭』が一番混雑する時間だ。
格子窓から中を覗き込むと、釣り鐘型のランプからオレンジ色のあかりの中に、お客さんたちがたくさんいるのが見える。
いつもよりも早い時間に来たため、こんなに人が溢れ返っているのかと驚いた。
「こんばんはっす!」
幸いにも、座席を待っている人たちがいる様子はない。順平は取っ手に手を伸ばした。サンキャッチャーが揺れ、チリンと鈴の音が鳴る。
「こんばんは、順平さん!」
片づけたお皿をカウンターに戻しながら、夜空が順平に気付いた。彼に手を振ってから、お気に入りの席を指さす。
「どうぞ、今行くので座ってください」
ソファ近くの二人掛けの席だが、順平はそこが気に入っている。腰を下ろしてしばらく待っていると、すぐに夜空がお水を差しだす。
まずは一気に飲み干すと、ピッチャーを持って待機していた夜空が、さらにもう一杯お水を注いでくれる。
順平のいつものルーティーンだ。
「順平さん、悪いんですけど今ちょっと混んでいて……ほんの少しだけ待ってもらえます? 善さんも手いっぱいで」
カウンターの中では、急いでいるようには感じられないのだが、善がせっせと手を動かしている。正面のお客さんと談笑しながらも、器用にオーダーをさばいていた。
「大丈夫っす。ゆっくりしているので」
「ありがとうございます」
夜空はすまなそうにしたあと順平になにか話しかけようとしたが、別のお客さんに呼ばれてしまった。
「行ってください。俺、いつでもいいんで」
「すみません。またあとできますね」
夜空はそう言うと、呼ばれたほうにすっ飛んでいく。もちろん、店内を走っているわけではないのだが、なぜかウサギがぴょこぴょこ跳ねているように見えてしまうのだ。
ずいぶん動きも無駄が減り、おどおどしなくなったなと、夜空の姿を見て順平は安心する。
自分が守る街に住む人は、できれば健康で笑顔でいてほしい。たとえ自分にはその力がちょっとしかなくても、全力を尽くしたいと思うのだ。
「そりゃそっか。善さんの料理毎日食べてれば、夜空さんも健康になるよな」
少し羨ましいと思いつつ、順平はにぎわう店内の様子を楽しむ。みんなの笑顔を見るのが順平は好きだ。だから、笑顔が溢れているこの『はぐれ猫亭』も大好きだ。
用意されている雑誌に手を伸ばしながら、順平は夜空たちの手が空くのを待った。
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