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第四章 小さなかわいい手ごねハンバーグ
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夜空はついこの間、祥に言われたことを思い出す。
「頼るしかない時は頼らないと、誰も助けてくれない……」
夜空が呟いていると、好美は不思議そうな顔をして夜空を見上げた。
「俺も結婚詐欺にあって、逃げるようにしてここに来たんです」
その告白に、好美は思わずきれいな眉毛を寄せて「え?」と言った。
「ふらふらしているところを、善さんに助けてもらいました。いつだって誰かに助けを求めていいんだよって教えてもらって……」
好美は涼真を一瞬見つめてから、もう一度夜空を真剣なまなざしで見つめる。
「だから、好美さんもつらい時や無理な時は俺たちに言ってください。手助けできることがあればしたいんです。俺も助けてもらったから」
善のように微笑むことは夜空にはできなかったが、精一杯気持ちを伝える。真面目だけが取り柄の自分だ、好美に誠実な気持ちが伝わってくれたらいい。
「……シングルマザーって風当たりきつくて、なんでも自分でやらなきゃって、責任持たなきゃって。そうずっと頑張ってきたから、余裕が持てませんでした」
生んだ責任、そして育てる責任。子どもが生まれると同時に、大人は親として初めて人生のスタートを切る。
子どもが生まれたからと言って急に親になれるわけじゃない。ママだって、パパだって、一年目なのだ。
「いやー、子どもは宝物ですからね。その子どもを育てるお母さんだって、宝物です。大事にしなくっちゃ」
善がのんきに珈琲をすすり、大人しく寝てしまった涼真の寝顔を覗き込む。
「可愛いなあ。僕、また涼真に会いたいです。よかったら、気兼ねなくお店に寄ってください。ちなみに、開店は夕方ですけど」
ね、と善が夜空に同意を求めてくる。
「もちろんです。いつでも寄ってほしいです」
ここは、『はぐれ猫亭』。人生の旅の途中、誰もが立ち寄って休憩をする喫茶店。自分が自分の人生の主人公であることを、忘れないためにある場所だ。
好美は顔をくしゃくしゃにして、半泣きになりながら笑った。
「お言葉に甘えて、また立ち寄らせてもらいます」
お店を完全にクローズさせている最中も、涼真が目を覚ますことはなかった。
さすがに疲れたのだろう。起こすのも可哀想なので、善がおんぶして運ぶと提案する。
善が疲れるようなら途中で替わろうと思っていたのだが、なんと、裏側の道路を挟んでその向かいのアパートに住んでいるということがわかった。
子ども一人で出かけてきたのだから、近所だろうと思っていたのだが、予想以上に近距離だ。
善が涼真をおんぶし、夜空とともに好美の家まで向かう。
「なにからなにまですみません」
「いえいえ。好美さん、こういう時は、頼ってもらっていいんですよ。お互い様ですからね」
善がそう言うと、好美は涼真の寝顔を覗き込みながら頷く。
「今度、お二人もスナックに遊びに来てください。うんとサービスします」
「わあ、楽しみだな。僕はお酒弱いんで、美味しいジュース飲みたいです」
それじゃあ、サービスもなにもないじゃないかと夜空は苦笑いするしかない。好美はくすくす笑っていた。
すぐにアパートに到着し、入り口で涼真は好美の背中に移動した。しっかりと涼真をおぶり、好美は善と夜空に向き直る。
「本当に無理そうだったら、頼らせてください」
「いつでもどうぞ」
夜空は、今度こそきちんと笑えた。善と夜空は手をひらひらと振り、好美たちと別れる。
道路を渡って自宅兼お店に戻ると、片付けが終わるいつもの時間を、少し過ぎている程度だ。
店舗のある一階の電気を消し、荷物を持って二階に上がる。
先に夜空がお風呂に入り、善も出てきたところで、二人してソファでほんのひと時くつろぐことにした。
「善さん、そういえば子どもの相手が上手なんですね」
「うん。僕も子どもみたいなもんだからね」
「そう言われてみれば、そうかも」
無邪気さは子どもっぽいかもしれないが、どちらかと言えば夜空には仙人のように思える。しかしそれを言うと、善はいつも「魔法使いだってば」と口を尖らせるのだ。
「あ、そういえば俺を女性だって勘違いしてたの、誤解とくの忘れちゃった」
さすがに好美は気づいているかもしれないが、問題は涼真だ。
「子どもにまで間違えられるとか、俺ってやっぱり可愛いですかね?」
「うん。夜空くんはすごく可愛いよ」
無邪気に善に覗き込まれて、夜空ははははと乾いた笑いしか出てこない。まさかアラサーなのに、同じアラサーの男性に全力で可愛いと言われるとは思ってもみなかった。
悲しいというよりも、もうそれでもいいかと思えてしまう自分がいる。
「夜空くんは顔立ちのことを気にしているみたいだけど、きっと、自分のことを気にしていない人なんていないはずだよ」
ああそうか、と夜空は目からうろこが落ちたような気持ちになる。
自分だけがコンプレックスを持っていると思っていたが、逆に悩みを抱いていない人がいないとは思ったことがない。
「みんな違った悩みがあるし、それを悩みで終わらせるか、強みに変えるかは、自分次第だと思う。そのままずっと、悩み続けるのだっていいんだ。そう選択するのは自由だから」
善は料理が苦手だと言っていた。だが、見事にそれを強みに変えている人だ。
この社会は、きっと人には優しくない。
でも、それでもちょっとした幸せや優しさに出会える瞬間がある。強くいようと思えるきっかけがある。
誰にだって、平等に。
「次は、夜空くんも涼真と一緒にデザートを作ったら楽しいよ」
「そうですね。次回は俺も一緒に作ります」
夜空はふと、涼真の健やかな寝顔を思い出す。
あの小さな命が、立派に育っていくことを心の底から願った。
布団に入っても、涼真のケチャップだらけの笑顔が瞼に焼きついていて、夜空はなかなか眠れなかった。
「頼るしかない時は頼らないと、誰も助けてくれない……」
夜空が呟いていると、好美は不思議そうな顔をして夜空を見上げた。
「俺も結婚詐欺にあって、逃げるようにしてここに来たんです」
その告白に、好美は思わずきれいな眉毛を寄せて「え?」と言った。
「ふらふらしているところを、善さんに助けてもらいました。いつだって誰かに助けを求めていいんだよって教えてもらって……」
好美は涼真を一瞬見つめてから、もう一度夜空を真剣なまなざしで見つめる。
「だから、好美さんもつらい時や無理な時は俺たちに言ってください。手助けできることがあればしたいんです。俺も助けてもらったから」
善のように微笑むことは夜空にはできなかったが、精一杯気持ちを伝える。真面目だけが取り柄の自分だ、好美に誠実な気持ちが伝わってくれたらいい。
「……シングルマザーって風当たりきつくて、なんでも自分でやらなきゃって、責任持たなきゃって。そうずっと頑張ってきたから、余裕が持てませんでした」
生んだ責任、そして育てる責任。子どもが生まれると同時に、大人は親として初めて人生のスタートを切る。
子どもが生まれたからと言って急に親になれるわけじゃない。ママだって、パパだって、一年目なのだ。
「いやー、子どもは宝物ですからね。その子どもを育てるお母さんだって、宝物です。大事にしなくっちゃ」
善がのんきに珈琲をすすり、大人しく寝てしまった涼真の寝顔を覗き込む。
「可愛いなあ。僕、また涼真に会いたいです。よかったら、気兼ねなくお店に寄ってください。ちなみに、開店は夕方ですけど」
ね、と善が夜空に同意を求めてくる。
「もちろんです。いつでも寄ってほしいです」
ここは、『はぐれ猫亭』。人生の旅の途中、誰もが立ち寄って休憩をする喫茶店。自分が自分の人生の主人公であることを、忘れないためにある場所だ。
好美は顔をくしゃくしゃにして、半泣きになりながら笑った。
「お言葉に甘えて、また立ち寄らせてもらいます」
お店を完全にクローズさせている最中も、涼真が目を覚ますことはなかった。
さすがに疲れたのだろう。起こすのも可哀想なので、善がおんぶして運ぶと提案する。
善が疲れるようなら途中で替わろうと思っていたのだが、なんと、裏側の道路を挟んでその向かいのアパートに住んでいるということがわかった。
子ども一人で出かけてきたのだから、近所だろうと思っていたのだが、予想以上に近距離だ。
善が涼真をおんぶし、夜空とともに好美の家まで向かう。
「なにからなにまですみません」
「いえいえ。好美さん、こういう時は、頼ってもらっていいんですよ。お互い様ですからね」
善がそう言うと、好美は涼真の寝顔を覗き込みながら頷く。
「今度、お二人もスナックに遊びに来てください。うんとサービスします」
「わあ、楽しみだな。僕はお酒弱いんで、美味しいジュース飲みたいです」
それじゃあ、サービスもなにもないじゃないかと夜空は苦笑いするしかない。好美はくすくす笑っていた。
すぐにアパートに到着し、入り口で涼真は好美の背中に移動した。しっかりと涼真をおぶり、好美は善と夜空に向き直る。
「本当に無理そうだったら、頼らせてください」
「いつでもどうぞ」
夜空は、今度こそきちんと笑えた。善と夜空は手をひらひらと振り、好美たちと別れる。
道路を渡って自宅兼お店に戻ると、片付けが終わるいつもの時間を、少し過ぎている程度だ。
店舗のある一階の電気を消し、荷物を持って二階に上がる。
先に夜空がお風呂に入り、善も出てきたところで、二人してソファでほんのひと時くつろぐことにした。
「善さん、そういえば子どもの相手が上手なんですね」
「うん。僕も子どもみたいなもんだからね」
「そう言われてみれば、そうかも」
無邪気さは子どもっぽいかもしれないが、どちらかと言えば夜空には仙人のように思える。しかしそれを言うと、善はいつも「魔法使いだってば」と口を尖らせるのだ。
「あ、そういえば俺を女性だって勘違いしてたの、誤解とくの忘れちゃった」
さすがに好美は気づいているかもしれないが、問題は涼真だ。
「子どもにまで間違えられるとか、俺ってやっぱり可愛いですかね?」
「うん。夜空くんはすごく可愛いよ」
無邪気に善に覗き込まれて、夜空ははははと乾いた笑いしか出てこない。まさかアラサーなのに、同じアラサーの男性に全力で可愛いと言われるとは思ってもみなかった。
悲しいというよりも、もうそれでもいいかと思えてしまう自分がいる。
「夜空くんは顔立ちのことを気にしているみたいだけど、きっと、自分のことを気にしていない人なんていないはずだよ」
ああそうか、と夜空は目からうろこが落ちたような気持ちになる。
自分だけがコンプレックスを持っていると思っていたが、逆に悩みを抱いていない人がいないとは思ったことがない。
「みんな違った悩みがあるし、それを悩みで終わらせるか、強みに変えるかは、自分次第だと思う。そのままずっと、悩み続けるのだっていいんだ。そう選択するのは自由だから」
善は料理が苦手だと言っていた。だが、見事にそれを強みに変えている人だ。
この社会は、きっと人には優しくない。
でも、それでもちょっとした幸せや優しさに出会える瞬間がある。強くいようと思えるきっかけがある。
誰にだって、平等に。
「次は、夜空くんも涼真と一緒にデザートを作ったら楽しいよ」
「そうですね。次回は俺も一緒に作ります」
夜空はふと、涼真の健やかな寝顔を思い出す。
あの小さな命が、立派に育っていくことを心の底から願った。
布団に入っても、涼真のケチャップだらけの笑顔が瞼に焼きついていて、夜空はなかなか眠れなかった。
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