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第四章 小さなかわいい手ごねハンバーグ
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「涼真がかいてくれたの? ありがとう」
「うん。おねえちゃんの名前、よぞらだって言うから。お星さまが喜ぶって眉毛のおにいちゃんが言ってた」
夜空が善を見ると、ニコッと菩薩のように微笑まれる。夜空もなんだか気が抜けてしまった。
「僕たち片付けしているけれど、気にせずゆっくりしてくださいね」
好美と名乗った母親は、言葉にならない様子でお辞儀をしていた。行方不明になった息子と再会できたのもそうだが、なによりも涼真が作ったというハンバーグにひたすら感動している。
一緒に食べている姿に、夜空の気持ちも和んでいく。
「涼真がハンバーグを作れるなんて思わなかったです」
温かいほうじ茶を出すと、好美はカップに手を添えて手を温めていた。
「まだ子どもだと思っていたのに、いつの間にか成長しているんですね」
「涼真はママに食べてもらいたかったから、一生懸命作ったんだよね。自分で作ったハンバーグは美味しいかな?」
善が涼真に訊ねると、ケチャップで真っ赤な口をにいっとさせて「美味しい!」と満足そうにしている。
感極まってしまった好美は、鞄からハンカチを出すと目頭を押さえていた。
「ママ、美味しくない?」
「ううん、違うよ。とっても美味しい。涼真、ありがとう」
「うん!」
好美は目を真っ赤にしながら、息子が作った初めてのハンバーグを一緒に食べた。好美は愛おしそうに涼真の頭を何度も撫でていた。
「涼真のハンバーグは、お夜食サイズとして最適だね」
「ええ。しかもめっちゃ美味しいです」
夜空もお星さまのかかれたハンバーグを、パクっと食べた。
やんわりと優しい味付けに、素材の素朴な味わいが際立って美味しい。お肉と玉ねぎの甘味だけで、こんなにも美味しいなんて驚きだった。
食事が終わると、涼真は疲れたのかうつらうつらし始める。グラグラし始めたので、夜空は涼真をソファに寝かせた。
横に座って息子の寝顔を見る好美の顔には、愛情が溢れている。
「お茶飲みますか?」
夜空が温かいお茶を差し出すと、好美は素直に受け取った。
「……シングルマザーなんです。だから、この子には、いつもさびしい思いをさせてしまって」
好美はぽつりと話し始めた。
「保育園の都合で、延長保育がどうしてもできない曜日があって、今日はたまたまその日でした。今まで家出なんてなかったのに。よっぽど寂しかったのかもしれません」
「初めはたしかに寂しそうでしたが、ここに居る間は、楽しそうにハンバーグを作っていましたよ」
好美は丁寧に深々と頭を下げた。顔を上げた彼女をまじまじと見ると、少し濃い目のお化粧がよく似合うきれいな人だ。ちょっと派手な服装が、どこかとってつけたような印象に見える。
夜空の視線に気づいたのか、好美は苦笑いした。
「昼間の仕事だけじゃ追いつかなくて、夜も近くのスナックで働いています。最近、元旦那から養育費が送られなくなってしまったので」
夜空は言葉を詰まらせた。
夜空は、たった一人で小さい子どもを育てたことがない。経験のないことを安易に大変ですねとは言えなかった。
好美は続ける。
「私たちシングルマザーは、時おり社会から見放されてしまうことがあります。保育園に通わせられたのには感謝しています。それでもやっぱり延長保育がダメな時は、一人ではどうしようもできません」
この世の中は、人に厳しすぎる。
呟かれた言葉に、夜空は自分の過去がフラッシュバックしかけて、下唇を噛みしめた。
悲しくてつらいのに、どうにもできずに泣き寝入りに近い現実を思い出すと、胸に込み上げてくるものがあった。
「差し出がましいかもしれないですが――」
「僕も、それに賛成」
まだ夜空がすべてを言っていないのに、洗い物を終えた善が楽しそうに声をかけてきた。
珈琲を持って、とことこ近づいてくる。
「善さん、俺まだなにも言ってないです」
「延長保育がダメな日は、お店で預かるって提案でしょう?」
図星をつかれて、夜空は笑ってしまった。
そうだ、この人は自称魔法使いだったなと、なんだか納得してしまった。
「うん。おねえちゃんの名前、よぞらだって言うから。お星さまが喜ぶって眉毛のおにいちゃんが言ってた」
夜空が善を見ると、ニコッと菩薩のように微笑まれる。夜空もなんだか気が抜けてしまった。
「僕たち片付けしているけれど、気にせずゆっくりしてくださいね」
好美と名乗った母親は、言葉にならない様子でお辞儀をしていた。行方不明になった息子と再会できたのもそうだが、なによりも涼真が作ったというハンバーグにひたすら感動している。
一緒に食べている姿に、夜空の気持ちも和んでいく。
「涼真がハンバーグを作れるなんて思わなかったです」
温かいほうじ茶を出すと、好美はカップに手を添えて手を温めていた。
「まだ子どもだと思っていたのに、いつの間にか成長しているんですね」
「涼真はママに食べてもらいたかったから、一生懸命作ったんだよね。自分で作ったハンバーグは美味しいかな?」
善が涼真に訊ねると、ケチャップで真っ赤な口をにいっとさせて「美味しい!」と満足そうにしている。
感極まってしまった好美は、鞄からハンカチを出すと目頭を押さえていた。
「ママ、美味しくない?」
「ううん、違うよ。とっても美味しい。涼真、ありがとう」
「うん!」
好美は目を真っ赤にしながら、息子が作った初めてのハンバーグを一緒に食べた。好美は愛おしそうに涼真の頭を何度も撫でていた。
「涼真のハンバーグは、お夜食サイズとして最適だね」
「ええ。しかもめっちゃ美味しいです」
夜空もお星さまのかかれたハンバーグを、パクっと食べた。
やんわりと優しい味付けに、素材の素朴な味わいが際立って美味しい。お肉と玉ねぎの甘味だけで、こんなにも美味しいなんて驚きだった。
食事が終わると、涼真は疲れたのかうつらうつらし始める。グラグラし始めたので、夜空は涼真をソファに寝かせた。
横に座って息子の寝顔を見る好美の顔には、愛情が溢れている。
「お茶飲みますか?」
夜空が温かいお茶を差し出すと、好美は素直に受け取った。
「……シングルマザーなんです。だから、この子には、いつもさびしい思いをさせてしまって」
好美はぽつりと話し始めた。
「保育園の都合で、延長保育がどうしてもできない曜日があって、今日はたまたまその日でした。今まで家出なんてなかったのに。よっぽど寂しかったのかもしれません」
「初めはたしかに寂しそうでしたが、ここに居る間は、楽しそうにハンバーグを作っていましたよ」
好美は丁寧に深々と頭を下げた。顔を上げた彼女をまじまじと見ると、少し濃い目のお化粧がよく似合うきれいな人だ。ちょっと派手な服装が、どこかとってつけたような印象に見える。
夜空の視線に気づいたのか、好美は苦笑いした。
「昼間の仕事だけじゃ追いつかなくて、夜も近くのスナックで働いています。最近、元旦那から養育費が送られなくなってしまったので」
夜空は言葉を詰まらせた。
夜空は、たった一人で小さい子どもを育てたことがない。経験のないことを安易に大変ですねとは言えなかった。
好美は続ける。
「私たちシングルマザーは、時おり社会から見放されてしまうことがあります。保育園に通わせられたのには感謝しています。それでもやっぱり延長保育がダメな時は、一人ではどうしようもできません」
この世の中は、人に厳しすぎる。
呟かれた言葉に、夜空は自分の過去がフラッシュバックしかけて、下唇を噛みしめた。
悲しくてつらいのに、どうにもできずに泣き寝入りに近い現実を思い出すと、胸に込み上げてくるものがあった。
「差し出がましいかもしれないですが――」
「僕も、それに賛成」
まだ夜空がすべてを言っていないのに、洗い物を終えた善が楽しそうに声をかけてきた。
珈琲を持って、とことこ近づいてくる。
「善さん、俺まだなにも言ってないです」
「延長保育がダメな日は、お店で預かるって提案でしょう?」
図星をつかれて、夜空は笑ってしまった。
そうだ、この人は自称魔法使いだったなと、なんだか納得してしまった。
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