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第四章 小さなかわいい手ごねハンバーグ
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「善さん。本当に今からハンバーグを作るんですか?」
「うん。この子も作るって言ってるし、もうお客さんも来なそうだし」
夜空はどうしていいかわからず、店の片付けをしながら二人を見守ることにした。
作業は、小さいエプロンがないので、善のお古だというシャツを男の子にかぶせるように着せることから始まった。
小さい踏み台を用意し、男の子をカウンターの内側に立たせる。保育園と言っていたので、年中さんか年長さんのようだ。
善の言う通り、新規の来店客がくる気配はない。入り口に置かれたレコードから、ジャズがゆったりと流れている音だけで店内は静かだ。
調理場で善と男の子が料理をし始めてしまい、夜空はひやひやする。それをよそに、善はハンバーグの材料をひとつひとつ男の子に説明しながら揃える。
「玉ねぎはみじん切りにして、お肉はね、ミンチ肉を使うの。それで手でこねて、焼くんだよ。わかった?」
「うん、わかった!」
「じゃあ、君には混ぜてもらうのをしてもらおうかな。包丁はまだ危ないから、僕が切る係ね。あそこのお兄ちゃんに見てもらいながら、ゆっくり手を洗おうか」
「えっ、俺!?」
夜空は急に指名されて、大慌てで男の子に近寄る。
石鹸をつけて、手をよく洗ってもらった。その間に、善は玉ねぎをあっという間にみじん切りにする。
「目が痛いよぉ」
「あはは、ごめんね。もう切り終わるから、ちょっと待っててね」
その間に夜空がボウルに肉を入れ、善が切った玉ねぎを上から乗せた。塩を振りかけると、善は男の子の前にボウルを渡す。
「よーし、じゃあこねてもらおうかな!」
「うん!」
夜空がボウルを横から押さえ、男の子がゆっくりと肉をこね始める。初めての感触に初めは驚いていたものの、善が的確に指示を出しえらいえらいと褒めると、やる気が出てきたようだ。
一生懸命に肉と格闘する姿は可愛らしく、店内にいたお客さんもついついほほえましい顔を向けて見守ってくれている。
「もうちょっとだよ。ほら、固まってきたよ」
夜空もいつの間にか真剣に男の子と一緒になって作っていた。むぎゅっと唇を尖らせ、必死になっている姿を見ていると応援したくなる。
つきっきりになってしまっている夜空の代わりに、善が手早く洗い物や追加オーダーを用意する。
しばらくしてボウルの中を見た善が、うんうんと頷いた。
「上手にできたね。次は、こうやって手でこねていくの。できるかな?」
「できる!」
小さい手で丸めると、大人の作るハンバーグの半分のサイズが出来上がる。一口サイズだし形もゴツゴツだが、見ているだけで笑顔になった。
「上手に丸められたね! すごいよ。じゃあ、今度はこれを焼いていこうかな。危ないから、席に座って見ててほしいんだけどできる?」
「うん、見る!」
一連のやり取りを見ていると、善はほんとうに子どもの相手が上手だ。いつの間にか男の子も笑顔が増え、目がキラキラしていた。
かわいいサイズのハンバーグを、善がフライパンで焼き始める。辺りには肉が焼けるいい香りが漂い始めた。
カウンター席から身を乗り出し、手元を覗き込むようにする男の子に、油が跳ねるよと善がこまめに状況を教えていた。
ハンバーグに火を入れている間、善はサラダを用意する。嫌いなものや食べられないものをうまく聞き出し、キュウリが苦手だということがわかった。
お客さんが全員帰ったあとも、小さいハンバーグが焼かれる香ばしいかおりが店内に漂う。
お腹が空いてきちゃうな、と夜空が思っていると、善がひらめいたという顔をした。
「そうだ! ハンバーグの上に目玉焼き乗せると、とっても美味しいんだよ。卵は食べられる?」
「食べられる!」
「よーし、じゃあケチャップでお顔書いちゃおうか」
すっかり善に懐いた男の子は、ハンバーグが焼けるのを、今か今かと待ち望んでいる。ハンバーグのほうには蓋をしておいて、別のフライパンに卵を割り入れて、目玉焼きを作り始めた。
夜空は付け合わせのサラダをお皿によそい、ハンバーグの準備をする。
小さなハンバーグは全部で八個もあり、卵が焼きあがるとほぼ同時に完成だ。
盛り付けをしている時には二十二時になってしまっていた。男の子は眠くないらしく、自分が作ったものがお皿に盛りつけられていくのをじっと見ている。
「夜空くん、お店閉めちゃおうか。たぶん、今日はもう来ないと思うから」
「わかりました」
夜空は入り口に閉店を告げる札をおろし、看板の電気を消す。ただし今日は鍵を閉めず、誰が入ってきても困らないようにしておいた。
店内に戻ると、完成したプレートを善が男の子に見せている。
「じゃじゃーん! 完成だよ」
男の子が作ったハンバーグが、ほくほくと湯気を立てて目の前に出された。
「わあっ!」
お腹が空いたのだろう。男の子は感嘆の声とともに、唇をぎゅっとした。
「ケチャップでお顔書こうよ。僕はね、にっこりかいてほしいな」
「涼真がかいていいの?」
「うん、涼真にかいてほしいな」
「わかった!」
さりげなく名前を言ってくれたので、夜空は思わず驚いて両手で口を覆った。
涼真がケチャップを受け取ろうとしているところで、善が夜空に目配せしてニコッと微笑む。夜空はすぐに、涼真というのをメモに残した。
子どもが持つと、ケチャップは大きく見える。善は手を添えて手伝いながら、仲良く目玉焼きに顔をかいていく。
「すごーい!」
「上手にかけたね、すごいよ涼真。じゃあ、ご飯とお味噌汁を持ってきてあげるね」
「ありがとう!」
善が小さな入れ物にいれたご飯と、味噌汁を用意する。
あったかいうちに食べようかと善が言ったところで、店の前に人が訪れる気配がした。サンキャッチャーが揺れて、チリンと音が鳴る。
「こんばんはー! 善さん、居ます?」
「いますよー。どうぞ」
順平が入ってきて、後ろから女の人の姿が見えた。顔色が悪く、真っ青だ。
女の人は順平に案内されるように店に一歩足を踏み入れた瞬間、ハッと息を呑んだ。
「――涼真!」
「ママ!」
男の子に駆け寄っていき、小さい身体をぎゅっと抱きしめた。
男の子は、ケチャップでかいた顔と同じようににっこりと笑った。
「うん。この子も作るって言ってるし、もうお客さんも来なそうだし」
夜空はどうしていいかわからず、店の片付けをしながら二人を見守ることにした。
作業は、小さいエプロンがないので、善のお古だというシャツを男の子にかぶせるように着せることから始まった。
小さい踏み台を用意し、男の子をカウンターの内側に立たせる。保育園と言っていたので、年中さんか年長さんのようだ。
善の言う通り、新規の来店客がくる気配はない。入り口に置かれたレコードから、ジャズがゆったりと流れている音だけで店内は静かだ。
調理場で善と男の子が料理をし始めてしまい、夜空はひやひやする。それをよそに、善はハンバーグの材料をひとつひとつ男の子に説明しながら揃える。
「玉ねぎはみじん切りにして、お肉はね、ミンチ肉を使うの。それで手でこねて、焼くんだよ。わかった?」
「うん、わかった!」
「じゃあ、君には混ぜてもらうのをしてもらおうかな。包丁はまだ危ないから、僕が切る係ね。あそこのお兄ちゃんに見てもらいながら、ゆっくり手を洗おうか」
「えっ、俺!?」
夜空は急に指名されて、大慌てで男の子に近寄る。
石鹸をつけて、手をよく洗ってもらった。その間に、善は玉ねぎをあっという間にみじん切りにする。
「目が痛いよぉ」
「あはは、ごめんね。もう切り終わるから、ちょっと待っててね」
その間に夜空がボウルに肉を入れ、善が切った玉ねぎを上から乗せた。塩を振りかけると、善は男の子の前にボウルを渡す。
「よーし、じゃあこねてもらおうかな!」
「うん!」
夜空がボウルを横から押さえ、男の子がゆっくりと肉をこね始める。初めての感触に初めは驚いていたものの、善が的確に指示を出しえらいえらいと褒めると、やる気が出てきたようだ。
一生懸命に肉と格闘する姿は可愛らしく、店内にいたお客さんもついついほほえましい顔を向けて見守ってくれている。
「もうちょっとだよ。ほら、固まってきたよ」
夜空もいつの間にか真剣に男の子と一緒になって作っていた。むぎゅっと唇を尖らせ、必死になっている姿を見ていると応援したくなる。
つきっきりになってしまっている夜空の代わりに、善が手早く洗い物や追加オーダーを用意する。
しばらくしてボウルの中を見た善が、うんうんと頷いた。
「上手にできたね。次は、こうやって手でこねていくの。できるかな?」
「できる!」
小さい手で丸めると、大人の作るハンバーグの半分のサイズが出来上がる。一口サイズだし形もゴツゴツだが、見ているだけで笑顔になった。
「上手に丸められたね! すごいよ。じゃあ、今度はこれを焼いていこうかな。危ないから、席に座って見ててほしいんだけどできる?」
「うん、見る!」
一連のやり取りを見ていると、善はほんとうに子どもの相手が上手だ。いつの間にか男の子も笑顔が増え、目がキラキラしていた。
かわいいサイズのハンバーグを、善がフライパンで焼き始める。辺りには肉が焼けるいい香りが漂い始めた。
カウンター席から身を乗り出し、手元を覗き込むようにする男の子に、油が跳ねるよと善がこまめに状況を教えていた。
ハンバーグに火を入れている間、善はサラダを用意する。嫌いなものや食べられないものをうまく聞き出し、キュウリが苦手だということがわかった。
お客さんが全員帰ったあとも、小さいハンバーグが焼かれる香ばしいかおりが店内に漂う。
お腹が空いてきちゃうな、と夜空が思っていると、善がひらめいたという顔をした。
「そうだ! ハンバーグの上に目玉焼き乗せると、とっても美味しいんだよ。卵は食べられる?」
「食べられる!」
「よーし、じゃあケチャップでお顔書いちゃおうか」
すっかり善に懐いた男の子は、ハンバーグが焼けるのを、今か今かと待ち望んでいる。ハンバーグのほうには蓋をしておいて、別のフライパンに卵を割り入れて、目玉焼きを作り始めた。
夜空は付け合わせのサラダをお皿によそい、ハンバーグの準備をする。
小さなハンバーグは全部で八個もあり、卵が焼きあがるとほぼ同時に完成だ。
盛り付けをしている時には二十二時になってしまっていた。男の子は眠くないらしく、自分が作ったものがお皿に盛りつけられていくのをじっと見ている。
「夜空くん、お店閉めちゃおうか。たぶん、今日はもう来ないと思うから」
「わかりました」
夜空は入り口に閉店を告げる札をおろし、看板の電気を消す。ただし今日は鍵を閉めず、誰が入ってきても困らないようにしておいた。
店内に戻ると、完成したプレートを善が男の子に見せている。
「じゃじゃーん! 完成だよ」
男の子が作ったハンバーグが、ほくほくと湯気を立てて目の前に出された。
「わあっ!」
お腹が空いたのだろう。男の子は感嘆の声とともに、唇をぎゅっとした。
「ケチャップでお顔書こうよ。僕はね、にっこりかいてほしいな」
「涼真がかいていいの?」
「うん、涼真にかいてほしいな」
「わかった!」
さりげなく名前を言ってくれたので、夜空は思わず驚いて両手で口を覆った。
涼真がケチャップを受け取ろうとしているところで、善が夜空に目配せしてニコッと微笑む。夜空はすぐに、涼真というのをメモに残した。
子どもが持つと、ケチャップは大きく見える。善は手を添えて手伝いながら、仲良く目玉焼きに顔をかいていく。
「すごーい!」
「上手にかけたね、すごいよ涼真。じゃあ、ご飯とお味噌汁を持ってきてあげるね」
「ありがとう!」
善が小さな入れ物にいれたご飯と、味噌汁を用意する。
あったかいうちに食べようかと善が言ったところで、店の前に人が訪れる気配がした。サンキャッチャーが揺れて、チリンと音が鳴る。
「こんばんはー! 善さん、居ます?」
「いますよー。どうぞ」
順平が入ってきて、後ろから女の人の姿が見えた。顔色が悪く、真っ青だ。
女の人は順平に案内されるように店に一歩足を踏み入れた瞬間、ハッと息を呑んだ。
「――涼真!」
「ママ!」
男の子に駆け寄っていき、小さい身体をぎゅっと抱きしめた。
男の子は、ケチャップでかいた顔と同じようににっこりと笑った。
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