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第三章 さっぱり黒酢のお腹いっぱい大盛り酢豚

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 ハミルトン社のゼンマイ式の振り子時計がゴーンゴーンと鳴り、十六時を告げた。
 入口から外へ出ると、夜空は看板を立てかける。風に飛ばされないようにブロックを置いていると、後ろから大きな人影が覆いかぶさるようにしてぬっと現れた。
 夜空は影にビックリして振り返る。身体を折りたたむようにして覗き込んでいたのは、大柄な男性だった。もっさりとした前髪に覆い隠された両目で、じっとりと夜空を見つめてくる。

「すみませんが、まだ開店前なんです」

 みるからに不思議な雰囲気に圧倒されそうになったのだが、まだ知らぬ常連かもしれないと夜空はむりやり笑顔で対応した。
 ところが。

「あんた誰?」
「え?」

 少々失礼な問いかけに、夜空はぽかんとする。彼の着ているモッズコートの裾がたなびいたのに、前髪は風にもびくともしないままだ。

「えっと……新しくここで働いている者ですが」

 どうしたらいいのかわからないでいると、中から善がひょいと顔を出した。

「夜空くん、ちょっと休憩に一口おやつを食べない?」

 固まっている夜空と覗き込んでいる男に気付くと、善は「あ」と声を発したあとにくしゃっと笑った。

しょう! 入って入って!」

 どうやら知り合いだったようだ。威圧感から解放され、夜空はホッとする。
 善に入ってと言われた男は、さも当たり前かのようにすたすたと中へと入って行く。しかし、男は中に入る直前ににょきっと身体を出すと、夜空に向かってニヤリと口の端を持ちあげた。

「早くこないと、お前のぶんのおやつは俺が食うぞ」
「なっ……!」

 いくら知り合いだと手、非常に態度が悪いことこの上ない。
 こんな失礼な男におやつを食べられてたまるかと、夜空は仕事を片付けて店内にすっ飛んでいった。
 男はすでにカウンター席にどっかりと座り込んでいる。
 善は楽しそうに男に話しかけているが、男は適当に相槌を打っている様子だ。夜空がカウンターに入ると、善がニコッと笑った。

「夜空くんも席に座って、おやつを出すから。あと、この人は小野寺祥。僕の遠い親戚」
「親戚ぃ!?」

 善とあまりにも対照的なので、驚いて大袈裟な反応をしてしまった。慌てて夜空は口元を両手で塞ぐ。善はけらけらと笑い出し、祥と呼ばれた男のほうはムッと口を曲げた。

「夜空くんなにその反応。ああおかしい」
「だって善さん、ちっとも似ていないですよ?」

 夜空が目を丸くすると、もさもさ男の祥は口を開く。

「遠い親戚だっつっただろうが。聞いていたかよ地味男」
「地味……失礼な」

 本当のことだろうが、と祥は悪びれもせずに水に口をつけた。どうやら、性格も善とは違うらしい。そして、態度だけでなく口が悪いようだ。

「祥、この人は一ノ瀬夜空くん。わけあって、今一緒に住んでるよ」
「はあっ?」

 善の紹介に、今度は祥のほうが大きな声をあげた。

「住んでるって、まさか上の部屋に? 二人で?」
「うん。お家ないっていうから」
「善お前、いつからそういう趣味に」

 じろじろ見られて、夜空は頬がかあっと熱くなるのを感じる。

「そういう趣味って、そういうんじゃないです、俺と善さんは!」
「ふうん」

 信じていないのか、祥は自らの隣に座る夜空を値踏みするように上から下まで念入りに見る。
 不躾な視線に夜空が一言もの申そうと口を開きかけたところ、一拍早く祥が口を開いた。

「さしずめ、結婚詐欺にあって逃げてきて、衣食住代わりにバイトって寸法か」

 祥の言葉に、夜空は言葉を失って目を丸くした。夜空の反応を見るなり、祥が嬉しそうにニヤリと笑う。

「大当たりって顔だな」
「すごい……善さん、もしかして祥さんも魔法使いなんですか?」

 夜空が興奮気味に訊ねると、隣から祥に鼻で笑われる。

「魔法使いなわけないだろうが、アホ」

 アホとはなんだ、アホとは。憤慨していると、やり取りを聞いていた善がくすくす笑った。

「あはは、祥は魔法使いじゃなくて、探偵なんだよ」

 夜空はなんだか浮かれてしまった自分が恥ずかしくなってしまい、浮かしかけていた腰を椅子に戻した。
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