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第一章 たっぷり具だくさんオムレツと甘とろオニオンライス

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 夜空が目を開けたのは、あまりにもまぶしかったからだ。
 目をこすりながら身体を起こして伸びをする。背骨がバキボキと鳴った。久々によく眠れた気がして、身体をゆっくり動かし始めたところで、はたと動きを止めた。

「あれ、俺……?」

 やっと、自分の部屋ではないことに気がついた。
 大きなソファに寝ていたようで、見慣れないトライバル柄の厚手の毛布が掛けられていた。
 白塗りの格子窓から、光がカーテンの隙間を縫って朝を主張している。

「やば……仕事! っていうか、俺、喫茶店で寝ちゃって……!」

 うーんという唸り声が聞こえてきて、夜空は悲鳴を呑み込みながら毛布にしがみつく。
 机を挟んだ向かいには、夜空が寝ているのよりもほんの少し小ぶりなソファが置いてある。その上に毛布の塊があって、それがモゾモゾ動き出す。
 毛布だけでなく、ソファからもはみ出す長い脚。

「……あ、起きた?」

 かすれた声を発しながら、細い身体が毛布から起き上がる。
 肩にかかるくらいの長い髪の毛が、首周りであちこちはねていた。その髪の毛を掻き上げると、寝起きでもパッチリした二重に凛々しい眉毛が現れる。
 昨夜お世話になった、マスターの善だと気がつくまでに、それほど時間はかからなかった。

「あの、ごめんなさい、ご迷惑をおかけして!」
「ううん、いいのいいの」

 善はソファに腰かけると、眠そうに目元をゴシゴシこする。

「お酒弱いのわからなくてごめんね。あのココア、ブランデーが隠し味だったんだ」
「ブランデー、ですか」

 どうりで、すっごくいい香りがしたわけだ。

「起こしても起きないから、順平くん……常連客さんとソファに移させてもらったよ。順平くんは警察官だから、安心してね」

 恥ずかしさと迷惑をかけたことへの後悔とで、夜空の頭がパニックになりかけているのに、善は立ち上がってスタスタと歩きだす。
 そのままカウンターの中に入ると、お湯を沸かし始めた。

「お茶にする? それとも、珈琲? あ、寝起きは白湯がいいよねやっぱり」

 まるでいつもと変わりのない日常の会話のような雰囲気で言われて、夜空は訳がわからなくなった。

「あの、そんな……すぐお支払いをして帰ります!」
「どこへ?」
「どこって、家ですけど」
「帰りたくないって、昨夜さんざん泣いていたのに。本当に、君は家に戻りたいのかな?」

 寝ぼけてとんでもないことを言っていたようだ。
 いい年下大人の男が、恥ずかしい。夜空はソファに正座をし、小さく謝るしかできなかった。
 善は気にしていないのか寝ぼけているのか、珈琲の準備を始めた。
 静かな店内に、サイフォンでくつくつと珈琲が落ちる音が聞こえてくる。珈琲が完成すると、善はそれを夜空に渡した。

「まだ電車も動いていないよ。飲み終わったら、海を見に行こう」
「……はい」
「毛布持って行ってね。たぶん寒いから」

 断る気になれず、夜空は珈琲の入ったカップを持つと店を出た。
 善の言う通り、毛布にくるまって出てきて正解だった。早朝の海は寒く、風がきつい。善は慣れているのか目を覚ましたいのか、薄着のままじっと波を見ていた。
 珈琲が冷めても、しばらく二人で海を眺めていた。
 朝焼けだったはずの空が朝にかわっていく頃、カップの底に残った珈琲を飲み干すして夜空は善に向き直る。

「――善さん。やっぱり俺、ここに住みたいです」

 善はにっこりと笑って頷いた。
 それから夜空は一週間も経たないうちに引っ越しした。
 会社には詐欺被害に遭ったことや辞めたい旨を話し、色々な手当て出して休みを早く取れるようにしてもらった。
 まだ会社には引き継ぎに行かなくてはならないが、仕事を辞めるというのに気持ちは穏やかで、同僚たちもいつも以上に優しかった。

 善の家は、一階が店舗、二階がリビングダイニングとキッチンにお風呂になっている。そして三階に部屋が二つあって、そのうちの一つを夜空が使うことになった。
 衣食住はしばらくこれで困らない。
 それに、次の仕事が見つかるまでは『はぐれ猫亭』でアルバイトをすることが決まっている。
 夜空は心機一転、頑張ろうと思っていた。前向きで、希望に満ちた選択をしたからだ。
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