七つ國物語 ~參の國編~

神原オホカミ【書籍発売中】

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第6章 封ずる

第63話

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「……死ねないなら、それはそれでいいんじゃねーか?」

 しばしの思いたい沈黙のあと、与那は氣を取り直したように新しい肉を焼き始める。カイは「莫迦者!」と怒りはじめた。

「これ以上につらい苦しみがあるか! たとえ人を愛してもその人が先に死んでいく。家族ができても自分だけが取り残されて常に見送る側になるんだ」

 カイは荒くなった呼吸を整えつつ、眉根を寄せる。

「人々の常識や生活、価値観やすべてが変わったとしても、それをただ見守るしかできない。時代が変わっても生き続けなくてはならない……まさしく、我らはいま亡霊と同じだ」

 それは、ひどく苦しいことだとカイは悲痛な面持ちだ。カイは生死を司る神を体内に入れているからこそ、事の重大さが理解できている。

 この世は、死があるから生が輝く。死のない世界を生きるということは、生のない世界に居るのと同じ意味合いに近い。

 嘆き始めるカイを見ながら、柰雲は口元に笑顔を乗せた。

「……ならば、わたしたちで千年先まで國を見届けよう」

 柰雲の静かな声は空気を揺らす。

「生まれてよかったと思える國の基盤を作り見守ろう。生きることをいつくしみ、死んでいく同胞たちが安らかであることを祈ろう。これだけの時間があればできるはずだ……生きよう」

「奈雲、なにを言って……どういうことかわかっているのか?」

 喚くカイに、柰雲はほほ笑む。

「こうなったら受け入れるしかない。賢人のたどったのと別の道を、わたしたちは生き抜くしかない」

「それは、そうだけど……」

「うるせーなカイ。黙って坐って肉を食え。こうなっちまったもんは仕方ねぇ。最後まで見届けると約束したんだ。千年でも一万年でも付き合うぞ、オレは」

 与那は毒入り肉がもったいないと判断し、それをがつがつと食べながら「慣れれば美味い」ともぞもぞと口を動かす。

「まずは、賢人から教わったことをみんなに伝えなくてはいけないね。野山に生えているガノムを、掘り起こせるだけ掘り起こそう」

 柰雲の発言に、カイは目を白黒させた。

「ちょ……」

「あとは冬を越せるだけの蓄えをありったけ用意するしかねーな。骨が折れるぞ」

 柰雲と与那がどんどん話をすすめ、立ったままのカイは所在投げに拳を持ち上げてから「ああもう!」と憤慨しながら坐り込む。

 与那が持っていた毒肉の炙りを奪い取ると、がぶりと噛みついた。

「与那と千年も一緒なのは嫌だが、最後まで付き合うといったんだから仕方がない、付き合ってやるさどこまでも!」

「なんだとこのチビが!」

「お前が異常にでかいだけだ! それに、ガノムを掘り起こすだけじゃだめだ」

 カイは肉をもそもそと噛んで飲み込む。やはり、毒で死ぬことはなかった。

「千年続く國を見守るのなら、正しい知識が後世に伝わるようにしないといけない。新たに文字を作って、それとともに伝えるんだ」

 与那はなにか言いかけていた口をつぐみ、それには同意だとうなずいた。

「弐ノ國には文字があり、文章があった。オレはそれらを習得している。參ノ國に足りない部分を補って、わかりやすいように再編したらいい」

「名案だね。やることは多そうだ……千年あっても、時間は足りないさ、きっと」

 柰雲は近くに寝そべっていた稀葉を撫でた。

「この國を七つ國《ななつこく》で一番豊かな國にしていこう。互いに受け入れ合い、成長し合い、認め合える人々で溢れる國になるよう手助けしたい」

 そこまでつぶやいてから、柰雲はふと故郷の大巫女の言葉を思い出した。

 ――そなたはこの國の希望じゃ。その位を受け取るのに、ふさわしい。

 あの時確かに、大巫女は一族ではなく『國』と言った。それはきっと、參ノ國を示していたのだ。

「村人たちとはもう会わない。柰雲と共に行くことにする。どんな國を目指すのか見てみたいし、興味があるからな」

 カイは焚火の前に手を伸ばした。

「オレは國はどうでもいいけどな。文字を作るのは楽しそうだ。最期まで付き合う
と約束したから。約束は違わない、信用を失うようなことはしねぇ」

 カイの手の甲の上に、与那も手を乗せる。柰雲は最後に上下から二人の手を包み込んで額へつけた。

「ありがとう。わたしたちならできる。理想も育ちも民族も、求める幸せも……なにもかも違うけれど、それらを受け入れて絆で結ばれたから」

 三人はそこで千年の誓いを結ぶ。それは、後々に大きな成果となって、參ノ國に伝わることとなった。
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