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第6章 封ずる
第59話
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約束の時間に浜へ行くと、すでに漁村は制圧され、すべての漁船が阿流弖臥《あるてが》と臣下たちの手によって準備されている。
浜には血だまりの中に人が倒れこんでいる。おそらく見せしめに叩きのめしたが、言うことを聞かなかったので殺したのだろう。泣き崩れている何人かが、なにが起きたかを無言で伝えていた。
舟の操縦に村民を利用するつもりのようで、叩きのめされた漁師たちが怒りをあらわにしながらも兵士たちに付き従っていた。
「準備はできたか、柰雲」
「ああ、行こう」
柰雲は小舟にカイとともに乗り込む。もう一隻には与那と稀葉が乗って、阿流弖臥たちの舟の後ろからついてきた。
月が満ちてすでに一刻は過ぎている。早く角岩へ向かわなければと焦る気持ちを押さえて、柰雲とカイは慎重に舟を漕いだ。
奈雲が出てきてしまった反動なのか、賢人が気を失ったことによるものなのかはわからないが、 海の小路は現れず竇も海水で隠れていた。
角岩の根元はひざ下ほどの高さまで海水でひたひたになっており、舟を角岩の外側につけて、岩場に固定して流れないようにした。村人たちは怖がって、両手を合わせながら震えている。
「神域に繋がっているか確認するから待て」
カイがひょいと舟から降りて、小さな声で言靈を唱え始める。カイの全身が青白く光りを纏っていく。
それを見た兵士や村人たちは恐れおののくが、阿流弖臥は不敵な笑みを口の端に乗せていた。
角岩の周りをまわって言葉を唱え終わると、カイは竇の中へ珠や鈴、そしてあの稲穂を投げ入れる。すぐさま柰雲の舟に戻ってきたところで、数秒後に海水が一気に音を立てて竇の内側に流れ込んでいった。
ごおおおと言うすごい音が響き渡り、舟が大きく揺れる。しばらく揺れに耐えていると、岩の根元の竇が露出してきて、冷えたじめじめしている空気を噴き出した。
「神域が開いた。舟から降りろ」
カイの掛け声とともに、まずは阿流弖臥が舟から降りて脚を水につけながら竇の縁まで行く。
ざぶざぶと音を立てながら海水がくぼみの内側に飲まれていく様は、まるで滝を上から見ているかのようだ。
兵たちは突然のことに驚きを隠せないが、恐る恐る舟から降りると露出した角岩の根元の地面に隊列を組み直す。
「さて次はどうするのだ、柰雲?」
「待っていれば、賢人が現れるはずだ」
柰雲の言う通り、竇の中から呻き声のようなものが聞こえてきていた。うう、うう、とずいぶんと不気味な声を発している。
兵士たちは動揺を隠しきれないようだが、阿流弖臥は紅を差した唇をゆがめる。
「なるほど、賢人と言われるだけある……すごい力だ……」
阿流弖臥が言い終わらないうちに、竇の内側から巨大な半透明の黒い手がぬうと伸びてくる。そこにいた全員が、いったいなにが起きたのかわからないでいた。
固唾をのんで見守っていると、大きな指先が竇の縁を掴む。すると、指の内側に入り込んでしまった兵たちがぐしゃりと潰された。
海水が一瞬赤くなるが、それもすぐに波によって清らかになる。さらにもう一本の指先が竇から出てきて縁を掴んだ。
「狼狽えるな。隊列を崩すでない」
阿流弖臥の鶴の一声で、兵たちはうしろに下がりつつ体制を整える。
すると、竇からどす黒い頭頂部がゆっくりと突き出し、瞼のない目が現れる。削げ落ちた鼻に、やつれた頬。
体中を亡霊と同化させた賢人は、人の何十倍もの大きさに膨れ上がっていた。
誰もが目を見張っていると、賢人の巨大な手がそこにいた兵たちをまるで玩具で遊ぶように、次々に鷲摑みにしていく。
口を大きく開けると、兵たちをバリバリと咀嚼しながら飲み込んだ。断末魔の悲鳴とともに阿流弖臥の臣下たちは賢人の中に取り込まれ、青黑く透ける体内で魄が吸い取られていく。
「……なんという力だ……これが賢人、神か……!」
兵たちがおびえて動けずにいる中、阿流弖臥だけは瞳をキラキラと輝かせていた。偉大なる力を目の前にして、ひれ伏すどころかその力を譲り受けたいとさえ考えているような顔だ。
『――……違う、違う、どれも違う。私の理想ではない』
巨大な亡霊と化した賢人は、兵たちの魄の求めている理想の世界を吟味しているようだ。
『私の正しい理想は、こんなものではない!』
賢人が生臭い咆哮を放つと、台風の時の突風のような風圧が起こり、全員が吹き飛ばされそうになる。
腐敗臭が立ちこめる中、阿流弖臥は嬉々として賢人の顔の正面へ進み出た。柰雲が賢人を紹介するまでもなく、彼女の心はその恐ろしい力に魅了されている。
もはや、亡霊を見るだけで、彼の力に圧倒されて心を持っていかれてしまう。賢人を視界に入れた兵士たちの瞳からは恐れが消え、自ら進んで彼の手の中に身を捧げるものまで出てきた。
それに恐怖を覚える一団もいて、退却するために逃げ出している兵たちもいる。そんな彼らの行く手を阻むようにして賢人が手を伸ばし、そして無造作に兵たちを摑んでは口に入れた。
大混乱のさなか、阿流弖臥が一歩前に踏み出して賢人の両眼の前に立つ。
「偉大なる賢人よ、わが名は阿流弖臥。この參ノ國をいずれ建て直す者だ!」
阿流弖臥が両手を広げると、しゃらしゃらと珠や鈴が鳴った。恐怖におののき逃げようとしていた兵士たちは、阿流弖臥の勇猛な姿に励まされたようだ。
賢人に心を奪われなかった屈強な戦士たちは、すぐさま隊列を組み直して、彼女の両脇に武器を構えながら付き従う。
賢人が目玉を動かし、阿流弖臥を見つめた。
「此度は偉大なるそなたに頼みがある。神域に実る黄金の実を我らにわけ与えよ。我が願いを聞き入れた暁には、そなたを祀り子々孫々まで――」
そこまで言って、阿流弖臥の口上が途切れた。
「なっ! 賢人よ、私の話を聞きたまえ!」
賢人の手が阿流弖臥を掴んで握りしめ、そしてそのまま大きな口の中へ入れようとした。兵士たちは呆気にとられてしまい動けなかった。
「やめろ、放せ! お前たち、なにをしているんだ!」
次の瞬間、賢人は阿流弖臥を飲み込む。一瞬で彼女の悲鳴が途切れ、ゴリゴリと肉と骨の砕ける嫌な音が響いた。
飲み込んだあと、賢人は阿流弖臥だった肉体の破片を、海に向かってぷっと吐き出す。
兵士たちが大慌てで近寄って彼女の身体を抱き寄せるが、すでにそれは骸となっていて、体中が腐っていた。
『あさましい。万死に値する。お前の望みは反吐が出る』
指揮官を失い、そして目の前に起こっていることが現実だと理解した兵士たちは、ついに悲鳴を上げて逃げ惑った。
陸地に戻ろうとするが、賢人が出てきた時すでに漁村の民たちは逃げていたため、兵士たちが乗って戻れる舟はない。泳いで岸へと行こうと必死になっている。
かれらのの重たい甲冑は、海水に脚を取られるこの場所では不利だった。脚をもつれさせながら散り散りに逃げようとするのを、賢人は次々と口へ入れていく。
いつの間にやら、あたりは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
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