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第4章 神域へ
第42話
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初めて、三人で顔を突き合わせての夕食となった。
魚はカイが、獸は与那が捌いた。喧嘩をしつつ台所で作業する二人を見ながら、柰雲が囲炉裏を準備し、木の串に刺さった肉や魚を焼く。
「食べきれないくらい獲れたんだな」
「私の釣りの腕がいいからな!」
ガシガシと骨までかじりつきながら、得意顔のカイに向かって与那が悪態をつく。
「小さくて骨ばっかりじゃないか」
「うるっさい、だったら食べるな!」
「でも美味い」
付け足されたような最後の一言に、カイは振り上げていたこぶしを収めて、「まあいい、味わえよ」と与那が獲ってきたウサギの肉を頬張った。
「海の魚は、塩を振らなくとも塩味がするんだな」
「生でも美味いぞ……そうか、二人とも川魚ばかりだったか! 海の魚は内臓は食べないほうがいい。だが、脂がのって塩味で美味しいだろ?」
川魚に比べて味が濃厚で、脂がじゅわっと口の中に入ってくる。穫れたてを初めて味わう柰雲と与那は、海魚のおいしさに目を丸くしていた。
「必要なだけの糧が得られて生きられれば、それで十分だ。残りは村人と一緒に干物にしようと思う」
カイは再度お祈りをした。
国中に異変が起きている中、今日はずいぶん豪華な食事だ。海沿いでの豊かさが垣間見えて、柰雲は生の海魚に感謝しながら食む。
川や池の魚が減り、森の獸たちも姿を消している中での恵みは、ありがたい以外の何物でもない。
「忘れがちだが、日々の糧に感謝しなければだな! 身体の基本は食にある」
がぶっと豪快に魚を頬張ったカイは、口を動かしながら魚を見つめた。与那がふと思い出したように口を開いた。
「そう言えば……親父が參ノ國にたどり着いた時、身体が馴染まなかったと言っていた」
「馴染まない?」
与那は思い出そうとしているのか、難しい表情をしている。
「言葉にしにくいが、體《からだ》と魄《たましい》が分離しそうな感覚と言っていた気がする」
柰雲もカイも首をかしげた。
「繫ぎとめたのは、參ノ國の食べ物を口にした時だと話してくれた。阿流弖臥さまに言われて食べているうちに、気持ち悪さは収まっていったと」
「つまり、別の国から来た人間は、參ノ國に順応していないのか」
「よくわかんねー。オレはここ生まれだから」
カイはなるほど、と相槌を打った。
「食べ物を摂り入れるのは、国に馴染むための儀式的な意味合いを含むのか。食べ物から參ノ國の魂《たましい》を取り入れ、自らの魄《たましい》を繋ぐ……」
「で、食べられなかったら、死んじまうんだろうとオレは思っている。親父は運よく食べ物が口に合って、生き延びられた」
「そうか! もし神域が肆ノ國に続いていたとして、あちらの物を食べれば、死なないのかもしれないぞ!」
「――食べたら戻れない」
与那の一言は、その場の喜ばしい雰囲気を沈めた。
「どういうことだ、与那?」
柰雲が訊ねると、与那は思い出しながらしゃべり始める。
「親父が、弐ノ國に戻れない理由を阿流弖臥さまに聞いたら、肉體が參ノ國のものになったからだと言われたそうだ」
「でも、なにか食べなければ遅かれ早かれ死んでいたはずだ」
「ああ。だから親父は生きることを選んだ」
「和賀ノ実を探すのに時間がかかったとしても、神域……肆ノ國の物を食べてはいけないということか」
「理屈が正しければ、そうだな。限界を迎える前に帰国するしかない」
神域に行く直前になって問題が山積みの状態だ。それぞれが、最善の対処法を考えはじめる。
この參ノ國でさえ縦断するのに膨大な時間がかかっている。なんの情報もない土地に行き、すぐに目的の和賀ノ実にたどり着けるだろうか。
「干した肉を持っていけ。ミタキたちにもらったものすべてを」
カイの提案に、柰雲はうんとうなずいた。
「与那、話してくれてありがとう。神域ではなにも食べないように気を付けるよ」
「お前が戻って来られなくなったら終わりだ。なにも口にする前に探し出して戻れ」
無茶な話に聞こえるが、そうするしかない。
「柰雲が戻ってこれなかったら、与那の首が飛ぶもんな」
カイがからかうと、与那はあからさまに不機嫌な顔になった。
「そうなったら、お前も殺されるからな」
「残念なことに私は死なないし死ねない。カカがいる」
「……あの青い蛇か?」
与那は目を見開いた。
「私という入れ物を壊せばカカの力が暴走する。そうなったらみんなあの世行きだ。阿流弖臥とやらに伝えた方がいいんじゃないのか? 巫女を殺すとろくなことにならないってな」
カイが得意げに言うと、与那は肩をすくめた。
「ひとまず、わたしはなにも食べないことを前提に動く。ひもじかったら干し肉を齧る」
「大丈夫とは言い切れねーけどな。そもそもオレは敵だから、噓を言っているかもしれないぞ」
カイが一言もの申そうとするより先に、柰雲がふふふと笑った。急に笑い出してしまったせいか、二人は怪訝な顔になる。
「友人の忠告は真摯に受け取るよ」
「だからオレは敵で――」
「今さら強情を張るな! 敵だったら追いかけてくる時に気配くらいしっかり消せ! それに……」
与那に食ってかかったカイは、食べ終わった串を与那に向けて突き出す。
「もう同じ釜の飯を食べた。お前は私たちの仲間だ」
与那は目をこれ以上ないくらいに目を見開いた。なにも言葉が出て来ず、固まったまま動けなくなる。
「……仲間? 友達?」
「与那。まさかお前、そんなこともわからない莫迦だったか。そうだ、もう私たちは仲間だ。絆と魂で結ばれ、互いに助け合い成長し合う友だ。ここまで乗り切ったんだ、最後までやり切れるさ」
カイは串を火の中に投げ入れた。そして呪文を唱えて手をかざす。するとと、火の粉がカイの手の動きに合わせてふわりと舞い散る。
パンと両手を叩くと、火の粉が吹きあがってハラハラと上から落ちてきた。
柰雲も与那も驚いていると、カイはいつもの得意げな顔をして、さらにもう一本魚の串を頬張る。
「絆のまじないだ。さあ、残りも食べるぞ、明日はいっぱいやることも準備もあるからな」
そんなカイを見て、柰雲と与那は顔を見合わせたのだった。
魚はカイが、獸は与那が捌いた。喧嘩をしつつ台所で作業する二人を見ながら、柰雲が囲炉裏を準備し、木の串に刺さった肉や魚を焼く。
「食べきれないくらい獲れたんだな」
「私の釣りの腕がいいからな!」
ガシガシと骨までかじりつきながら、得意顔のカイに向かって与那が悪態をつく。
「小さくて骨ばっかりじゃないか」
「うるっさい、だったら食べるな!」
「でも美味い」
付け足されたような最後の一言に、カイは振り上げていたこぶしを収めて、「まあいい、味わえよ」と与那が獲ってきたウサギの肉を頬張った。
「海の魚は、塩を振らなくとも塩味がするんだな」
「生でも美味いぞ……そうか、二人とも川魚ばかりだったか! 海の魚は内臓は食べないほうがいい。だが、脂がのって塩味で美味しいだろ?」
川魚に比べて味が濃厚で、脂がじゅわっと口の中に入ってくる。穫れたてを初めて味わう柰雲と与那は、海魚のおいしさに目を丸くしていた。
「必要なだけの糧が得られて生きられれば、それで十分だ。残りは村人と一緒に干物にしようと思う」
カイは再度お祈りをした。
国中に異変が起きている中、今日はずいぶん豪華な食事だ。海沿いでの豊かさが垣間見えて、柰雲は生の海魚に感謝しながら食む。
川や池の魚が減り、森の獸たちも姿を消している中での恵みは、ありがたい以外の何物でもない。
「忘れがちだが、日々の糧に感謝しなければだな! 身体の基本は食にある」
がぶっと豪快に魚を頬張ったカイは、口を動かしながら魚を見つめた。与那がふと思い出したように口を開いた。
「そう言えば……親父が參ノ國にたどり着いた時、身体が馴染まなかったと言っていた」
「馴染まない?」
与那は思い出そうとしているのか、難しい表情をしている。
「言葉にしにくいが、體《からだ》と魄《たましい》が分離しそうな感覚と言っていた気がする」
柰雲もカイも首をかしげた。
「繫ぎとめたのは、參ノ國の食べ物を口にした時だと話してくれた。阿流弖臥さまに言われて食べているうちに、気持ち悪さは収まっていったと」
「つまり、別の国から来た人間は、參ノ國に順応していないのか」
「よくわかんねー。オレはここ生まれだから」
カイはなるほど、と相槌を打った。
「食べ物を摂り入れるのは、国に馴染むための儀式的な意味合いを含むのか。食べ物から參ノ國の魂《たましい》を取り入れ、自らの魄《たましい》を繋ぐ……」
「で、食べられなかったら、死んじまうんだろうとオレは思っている。親父は運よく食べ物が口に合って、生き延びられた」
「そうか! もし神域が肆ノ國に続いていたとして、あちらの物を食べれば、死なないのかもしれないぞ!」
「――食べたら戻れない」
与那の一言は、その場の喜ばしい雰囲気を沈めた。
「どういうことだ、与那?」
柰雲が訊ねると、与那は思い出しながらしゃべり始める。
「親父が、弐ノ國に戻れない理由を阿流弖臥さまに聞いたら、肉體が參ノ國のものになったからだと言われたそうだ」
「でも、なにか食べなければ遅かれ早かれ死んでいたはずだ」
「ああ。だから親父は生きることを選んだ」
「和賀ノ実を探すのに時間がかかったとしても、神域……肆ノ國の物を食べてはいけないということか」
「理屈が正しければ、そうだな。限界を迎える前に帰国するしかない」
神域に行く直前になって問題が山積みの状態だ。それぞれが、最善の対処法を考えはじめる。
この參ノ國でさえ縦断するのに膨大な時間がかかっている。なんの情報もない土地に行き、すぐに目的の和賀ノ実にたどり着けるだろうか。
「干した肉を持っていけ。ミタキたちにもらったものすべてを」
カイの提案に、柰雲はうんとうなずいた。
「与那、話してくれてありがとう。神域ではなにも食べないように気を付けるよ」
「お前が戻って来られなくなったら終わりだ。なにも口にする前に探し出して戻れ」
無茶な話に聞こえるが、そうするしかない。
「柰雲が戻ってこれなかったら、与那の首が飛ぶもんな」
カイがからかうと、与那はあからさまに不機嫌な顔になった。
「そうなったら、お前も殺されるからな」
「残念なことに私は死なないし死ねない。カカがいる」
「……あの青い蛇か?」
与那は目を見開いた。
「私という入れ物を壊せばカカの力が暴走する。そうなったらみんなあの世行きだ。阿流弖臥とやらに伝えた方がいいんじゃないのか? 巫女を殺すとろくなことにならないってな」
カイが得意げに言うと、与那は肩をすくめた。
「ひとまず、わたしはなにも食べないことを前提に動く。ひもじかったら干し肉を齧る」
「大丈夫とは言い切れねーけどな。そもそもオレは敵だから、噓を言っているかもしれないぞ」
カイが一言もの申そうとするより先に、柰雲がふふふと笑った。急に笑い出してしまったせいか、二人は怪訝な顔になる。
「友人の忠告は真摯に受け取るよ」
「だからオレは敵で――」
「今さら強情を張るな! 敵だったら追いかけてくる時に気配くらいしっかり消せ! それに……」
与那に食ってかかったカイは、食べ終わった串を与那に向けて突き出す。
「もう同じ釜の飯を食べた。お前は私たちの仲間だ」
与那は目をこれ以上ないくらいに目を見開いた。なにも言葉が出て来ず、固まったまま動けなくなる。
「……仲間? 友達?」
「与那。まさかお前、そんなこともわからない莫迦だったか。そうだ、もう私たちは仲間だ。絆と魂で結ばれ、互いに助け合い成長し合う友だ。ここまで乗り切ったんだ、最後までやり切れるさ」
カイは串を火の中に投げ入れた。そして呪文を唱えて手をかざす。するとと、火の粉がカイの手の動きに合わせてふわりと舞い散る。
パンと両手を叩くと、火の粉が吹きあがってハラハラと上から落ちてきた。
柰雲も与那も驚いていると、カイはいつもの得意げな顔をして、さらにもう一本魚の串を頬張る。
「絆のまじないだ。さあ、残りも食べるぞ、明日はいっぱいやることも準備もあるからな」
そんなカイを見て、柰雲と与那は顔を見合わせたのだった。
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