上 下
33 / 67
第3章 逃走

第30話

しおりを挟む
 村に入ると、近くを歩いていた少女にカイが声をかけた。とつぜん現れた旅人と、巨大な稀葉の姿に少女が短く悲鳴を上げる。それに気がついた村人たちが、何事だとわらわらと近寄ってきた。

「旅の者だ。傷ついた鷹を森で見つけた。この村で手当てができる者はいるか?」

 鍬や鋤を手に持って集まってきた大人たちに、カイが冷静に声をかける。カイの声音は凛と響いて心に留まる。不思議な彼女の声音に、武器を持っている手が次々と降ろされていくのを目撃した。

「鷹を見せてくれ」

 鷹の顔にかけた布を外さず、傷ついた翼を慎重に見せる。すると、何人かが驚いた顔をした。口々に「誰のところの鷹だ」と言いあって、飼い主を呼んでくるようにと数人が駆け出していく。

 そのうち一人の少女が「ミタキ」の家のだと言い始める。彼女は柰雲たちを一軒の家に招いた。

 案内された家は中規模の屋敷で、家の入口から三十前後の若い男が草履もはかずに裸足で飛び出してきた。

新波しんば……!」

 男の声を聞くと、今まで柰雲におとなしく抱かれていた鷹が暴れ始める。柰雲が優しく押さえつけると、男がすぐにその場に叩頭した。

「旅の方、よくぞ我が相棒を、家族を助けて下さいました……!」

 声は震えていて、涙がぽたぽたと地面に落ちて吸い込まれていく。柰雲はほっと息を吐いた。

「顔を上げて下さい。早く、この子の手当てを」

 布をかぶせたままの鷹を渡すと、男はすぐに近寄ってきて鷹を抱きしめた。男の目から喜びの涙が溢れ出しており、よしよしと鷹を撫でながら、「痛かったろう、ごめんな、ごめんな」と何度もつぶやいて撫でている。

 鷹も家族の元に戻れた安堵を感じているのか、撫でられて安心した顔をしている。

「旅人さんたち、申し訳ないが屋敷で待っていてくれますか? 礼をしたい」

 礼はいいというよりも先に、男は「サミ、サミ!」と誰かを呼んだ。声につられて、屋敷の庭から女性が姿を現す。

「新波が帰ってきた。この人たちが助けて下すったんだ。客間でもてなしてくれ」

「ええ、はいもちろん。すぐ支度をします」

 サミと呼ばれた女性は、大慌てで裏から家の中へ向かっていく。

「なんもねぇところですが、どうぞ気のすむまでゆっくりなさってください。私はこれで。後は妻のサミが用意しますんで」

 男は袖口で涙をぬぐい、ニカッと笑うと新波を抱きかかえて村を走っていく。見送っていると、家の中からサミが出てきて足を洗う桶を用意してくれた。

 稀葉を見て驚いたようだが、騒ぐことはしなかった。

「候虎とは珍しい。その子はどうしたらいいでしょう?」

「わたしの近くに居させてください。離れるのは障りがあります」

 柰雲の申し出に、サミはもちろんだと了承する。

「庭に面した広間がありますから、そこでまずはお休みしてください」

 柰雲が深々と頭を下げる横で、カイは桶に足を浸して大喜びをしていた。

 カイは水辺が大好きで、川があれば浸かりたがる。巫女としての習慣というよりも、カイ自身が水を好んでいるようだった。

 はしゃいでいるカイの姿を見て苦笑いをし、安心できそうな村であることを空気で感じ取っていた。

 稀葉も緊張せずに、のんびりとしているのがいい証拠だ。柰雲はしばらく様子を見てから、完全に緊張の糸を解いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...