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第3章 逃走
第29話
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なにかが騒ぎ立てるバサバサという音が聞こえていた。柰雲とカイの二人は音のする方へ向かう。
大木の間を抜けると、立派な羽根をばたつかせている鷹が地面にいた。近寄ると威嚇のために口を大きく開けて鳴き叫んでくる。
羽根を動かしてもちっとも浮き上がらない身体に、鷹自身のほうが困っている様子だった。それ以上近づかず、ひとまず様子を見る。
「これは……どう、すべきだ?」
「カイ、よく見て。左の風切り羽根がない。それに脚になにかが絡まっている。怪我をして飛べないんだ」
見れば見るほど立派な大きさの鷹で、猛禽類特有の鋭い目つきと嘴、そして獲物を捕らえる鋭利な爪は、たとえ手負いだとしても安易に近づくことはできなかった。
ギャギャギャギャ、と独特の音を出しながら、動かない羽根を羽ばたかせようと鷹は躍起になっている。一歩近づこうとすると、カイに袖を引っ張られた。
「そういえばこの先に、鷹匠の村がある……そこから飛んできたのかもしれない。村へ連れて行くか?」
「そうしよう。このまま暴れたら、脚がちぎれてしまう」
鷹に近寄るが、大きな口を開けて、鋭い嘴で噛みつこうとしてきた。鳴き声をあげて、大きく威嚇する。
「傷つけるつもりはないよ。助けたいんだ、信じてくれないか?」
鷹の気が収まるまで待ち続け、カイに稀葉の鞍に括りつけた荷物の袋を解いて、渡すように伝えた。
「これでいいのか? どうするんだ?」
「見ていて」
そう言うと、柰雲は閃光のような速さで近寄り、袋を鷹の顔にかけて視界を塞いだ。暴れる前に脚を握りしめ、そこに絡みついていた獣用の罠の一部を外す。抱き上げると、鷹はバタバタと大暴れしていたが、視界をふさいだためしばらくして大人しくなった。
「これで大丈夫だ。ここからその村までは、どれくらいかかるんだ?」
「あと二刻も歩けばつくさ。それよりも呆れた、柰雲は本当に生き物には優しい」
「カイにも優しいはずだが?」
「そうじゃなくて、まあいい。歩こう。早く手当てしたほうがいいだろ?」
荷物から縄を取り出すと、むやみに鷹が暴れないように足をゆるく縛り、全体に袋をかける。抱きかかえて大人しくなったところを見ると、やはり人に飼われていたのだとわかる。
「生き物は裏切らない。愛情をかけた分だけ返してくれる。彼ら自然は本当に美しい。人間は言葉があるのに、どうして信頼で結ばれるのが難しいんだろうと思うよ」
柰雲のつぶやきに、カイは「言葉があるから複雑なんだよ」と付け加えた。なるほど、と柰雲はうなずいて、村の方向を確認した。
カイが稀葉の手綱を握り、柰雲は傷ついた鷹を腕の中に抱きかかえる。二人は緑あふれる山中を進んだ。
暑い季節がやって来るにつれて、森の中の緑の色は濃くなっていく。呼吸をすれば濃厚な新緑の香りで肺が満たされた。姿は見えないが、森の中に息づく、色々な生命の気配を感じる。それは美しく、切なく、そして力強かった。
木陰が多く涼しいとはいえ、それでもずいぶん暑い。夏になると鳴き始める虫が、ジリジリと声を発し始めている。歩いていれば額に汗がにじんできて、それをぬぐいつつ、次の村まで険しい道を歩き続けた。
カイの言った通り、二刻ほど歩いたところで山を抜けた。裾野に家々が立ち並んでいるのが見える。そこまではもう少し歩けば到着だ。
「すぐに治してもらえると良いね。風切り羽根が使えなくちゃ、君は飛べないから」
柰雲は鷹に話しかけながら負傷して痛々しい羽根を見つめた。まだ新しい傷なのか、血がにじむそれは見ている柰雲の心をざわつかせる。
村が近づいてくると、自然と二人の歩調が早まった。
大木の間を抜けると、立派な羽根をばたつかせている鷹が地面にいた。近寄ると威嚇のために口を大きく開けて鳴き叫んでくる。
羽根を動かしてもちっとも浮き上がらない身体に、鷹自身のほうが困っている様子だった。それ以上近づかず、ひとまず様子を見る。
「これは……どう、すべきだ?」
「カイ、よく見て。左の風切り羽根がない。それに脚になにかが絡まっている。怪我をして飛べないんだ」
見れば見るほど立派な大きさの鷹で、猛禽類特有の鋭い目つきと嘴、そして獲物を捕らえる鋭利な爪は、たとえ手負いだとしても安易に近づくことはできなかった。
ギャギャギャギャ、と独特の音を出しながら、動かない羽根を羽ばたかせようと鷹は躍起になっている。一歩近づこうとすると、カイに袖を引っ張られた。
「そういえばこの先に、鷹匠の村がある……そこから飛んできたのかもしれない。村へ連れて行くか?」
「そうしよう。このまま暴れたら、脚がちぎれてしまう」
鷹に近寄るが、大きな口を開けて、鋭い嘴で噛みつこうとしてきた。鳴き声をあげて、大きく威嚇する。
「傷つけるつもりはないよ。助けたいんだ、信じてくれないか?」
鷹の気が収まるまで待ち続け、カイに稀葉の鞍に括りつけた荷物の袋を解いて、渡すように伝えた。
「これでいいのか? どうするんだ?」
「見ていて」
そう言うと、柰雲は閃光のような速さで近寄り、袋を鷹の顔にかけて視界を塞いだ。暴れる前に脚を握りしめ、そこに絡みついていた獣用の罠の一部を外す。抱き上げると、鷹はバタバタと大暴れしていたが、視界をふさいだためしばらくして大人しくなった。
「これで大丈夫だ。ここからその村までは、どれくらいかかるんだ?」
「あと二刻も歩けばつくさ。それよりも呆れた、柰雲は本当に生き物には優しい」
「カイにも優しいはずだが?」
「そうじゃなくて、まあいい。歩こう。早く手当てしたほうがいいだろ?」
荷物から縄を取り出すと、むやみに鷹が暴れないように足をゆるく縛り、全体に袋をかける。抱きかかえて大人しくなったところを見ると、やはり人に飼われていたのだとわかる。
「生き物は裏切らない。愛情をかけた分だけ返してくれる。彼ら自然は本当に美しい。人間は言葉があるのに、どうして信頼で結ばれるのが難しいんだろうと思うよ」
柰雲のつぶやきに、カイは「言葉があるから複雑なんだよ」と付け加えた。なるほど、と柰雲はうなずいて、村の方向を確認した。
カイが稀葉の手綱を握り、柰雲は傷ついた鷹を腕の中に抱きかかえる。二人は緑あふれる山中を進んだ。
暑い季節がやって来るにつれて、森の中の緑の色は濃くなっていく。呼吸をすれば濃厚な新緑の香りで肺が満たされた。姿は見えないが、森の中に息づく、色々な生命の気配を感じる。それは美しく、切なく、そして力強かった。
木陰が多く涼しいとはいえ、それでもずいぶん暑い。夏になると鳴き始める虫が、ジリジリと声を発し始めている。歩いていれば額に汗がにじんできて、それをぬぐいつつ、次の村まで険しい道を歩き続けた。
カイの言った通り、二刻ほど歩いたところで山を抜けた。裾野に家々が立ち並んでいるのが見える。そこまではもう少し歩けば到着だ。
「すぐに治してもらえると良いね。風切り羽根が使えなくちゃ、君は飛べないから」
柰雲は鷹に話しかけながら負傷して痛々しい羽根を見つめた。まだ新しい傷なのか、血がにじむそれは見ている柰雲の心をざわつかせる。
村が近づいてくると、自然と二人の歩調が早まった。
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