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第2章 土熊一族
第21話
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「ったく。馬の世話ができるっていうから買ったのに、愚図で仕方ねぇや」
飼葉に倒れ込んだ少女がもぞもぞ立ち上がると、店主は唾をまき散らしながら彼女に暴言を吐く。そうしてから柰雲にくるりと向きを変えた。
値踏みするように上から下まで確認し、貧乏な田舎者だと判断したらしい。煩わしそうに眉を寄せた。
「あんた泊り客か? 金は持ってるんだろうな?」
「そこの女性と話をしたいのですが」
「はあ?」
店主は明らかに訝しんでくる。それもそのはずで、柰雲の身なりは、森を抜けてきた長旅で汚れが目立っている。上から羽織った薄手の外衣も、ところどころ破けて穴が開いていた。
「うちの奴隷になんの用だ? まさか主人の俺に黙って連れていく氣じゃないだろうな?」
「違います。旅をしているのですが、わたしの向かう場所の詳しい情報を彼女が知っているようなので」
「じゃあ銀貨一枚出しな。そしたらしゃべってもいいぞ。それか小娘を買うかのどっちかだ。買うなら金貨五枚だ」
まくし立てられて一瞬迷う。店主は急かすようにずい、と手を伸ばしてきた。
「わかりました」
柰雲が銀貨を取り出そうとすると、先ほどの少女がものすごい勢いで奈雲に飛びついてきた。
「お前、莫迦か! 金を巻き上げる口実だ! とっとと行け!」
彼女に突き飛ばされて、柰雲はよろめく。金をだまし取るのを邪魔された店主は少女に激高し、握りしめた拳で彼女を打とうとした。止めに入ろうとすると、少女がものすごい剣幕で柰雲を突き飛ばした。
「さっさと行け!!」
彼女に伸ばしていた手を止め、柰雲は稀葉にまたがって宿を後にして街を出た。
「……ひどい場所だ」
柰雲は奥之比良《おきのひら》の門を出ると、すぐさま街道の脇に入った。暗くなってしまっていたが、まだ完全な暗闇ではない。森に入ると、ねぐらに良い場所を見つけるため歩いた。
人の踏み固めた土の跡を見つけて辿っていくと、開けた場所に出る。まだ比較的新しい焚火の跡などもあり、街に入れなかった人が一夜をこの場所で過ごした様子が伺える。
「今夜は野宿だ、稀葉。また夕飯を食べ損ねてしまったけれど、我慢できるかい?」
それに稀葉はぐるるると喉を鳴らして答えた。
***
一方。
刺青の少女は店主に蹴られていた。彼の理不尽な拳がとつじょ止まったのは、領主の使いの兵たちが物々しい雰囲気で店に現れたからだ。
「この辺りで、立派な候虎《こうこ》を連れた青年を見なかったか?」
兵士たちに話しかけられて、店主は少女を殴る手を止めた。
「ああ見たさ。ついさっきな」
「この宿に泊まってはいないのか? ここが、一番端の厩舎のある宿だと思ったが」
「そいつならあっちへ行ったよ。街の外で寝るんだろう。なにか用事だったのか?」
「領主さまが直々にお話があるそうだ」
それを聞くなり、宿屋の主は鼻で笑い飛ばした。
「話って穏便なもんじゃない。とっ捕まえて売り飛ばす寸法だろ? 行先を教えたんだ、礼をはずんでもらわないと困るな」
「本人が居るならまだしも、行先だけで領主様にたかるつもりか」
しばらく店主と兵たちはにらみ合っていたのだが、少女が発した声が沈黙を破った。
「――私があいつを呼んでくる」
兵士たちが、奴隷がなにを言っているんだという目を向けてきた。少女は口の中から血を吐き出すと、のそりと立ち上がる。
「おいおい、お前は俺のところの奴隷だろうが。勝手に出ていかれちゃ困る」
「あの青年は、私と話をしたがっていた。だから確実に連れてこれるぞ――無傷で」
少女は痛みをこらえながら兵士たちに向かって口を開く。兵士たちは彼女の申し出に逡巡し始めた。それに止めを刺すように、少女がふっと口元に笑みを乗せる。
「……商品は、傷がないほうがいいのだろう?」
「無傷で捕らえるのが一番だ。連れてこい」
少女と兵士たちの間で取引が成立した。
「わかった。ただし、私を奴隷から解放しろ」
少女の主張に店主が「冗談じゃない!」と殴り掛かろうとしたが、兵士たちに止められてしまう。
「この娘の足枷を外せ。代わりの奴隷を連れてきてやる。それから小娘、青年を連れてこれなければお前の命もないからな」
「そうなったら私は殺していい。そのほうが都合がいいからな」
「では行け。我々は門前で待機しているから明日の朝までに無傷で連れてこい」
店主は文句を言いながら枷の鍵を持ってくる。足首に付けられていた鉄の足枷を外されると、少女は自身の両足の自由と怪我がないかを念入りに確認した。
「とっとと行け」
「うるさい」
少女は吐き捨てると、閉まりかけの門へ早足で向かった。
飼葉に倒れ込んだ少女がもぞもぞ立ち上がると、店主は唾をまき散らしながら彼女に暴言を吐く。そうしてから柰雲にくるりと向きを変えた。
値踏みするように上から下まで確認し、貧乏な田舎者だと判断したらしい。煩わしそうに眉を寄せた。
「あんた泊り客か? 金は持ってるんだろうな?」
「そこの女性と話をしたいのですが」
「はあ?」
店主は明らかに訝しんでくる。それもそのはずで、柰雲の身なりは、森を抜けてきた長旅で汚れが目立っている。上から羽織った薄手の外衣も、ところどころ破けて穴が開いていた。
「うちの奴隷になんの用だ? まさか主人の俺に黙って連れていく氣じゃないだろうな?」
「違います。旅をしているのですが、わたしの向かう場所の詳しい情報を彼女が知っているようなので」
「じゃあ銀貨一枚出しな。そしたらしゃべってもいいぞ。それか小娘を買うかのどっちかだ。買うなら金貨五枚だ」
まくし立てられて一瞬迷う。店主は急かすようにずい、と手を伸ばしてきた。
「わかりました」
柰雲が銀貨を取り出そうとすると、先ほどの少女がものすごい勢いで奈雲に飛びついてきた。
「お前、莫迦か! 金を巻き上げる口実だ! とっとと行け!」
彼女に突き飛ばされて、柰雲はよろめく。金をだまし取るのを邪魔された店主は少女に激高し、握りしめた拳で彼女を打とうとした。止めに入ろうとすると、少女がものすごい剣幕で柰雲を突き飛ばした。
「さっさと行け!!」
彼女に伸ばしていた手を止め、柰雲は稀葉にまたがって宿を後にして街を出た。
「……ひどい場所だ」
柰雲は奥之比良《おきのひら》の門を出ると、すぐさま街道の脇に入った。暗くなってしまっていたが、まだ完全な暗闇ではない。森に入ると、ねぐらに良い場所を見つけるため歩いた。
人の踏み固めた土の跡を見つけて辿っていくと、開けた場所に出る。まだ比較的新しい焚火の跡などもあり、街に入れなかった人が一夜をこの場所で過ごした様子が伺える。
「今夜は野宿だ、稀葉。また夕飯を食べ損ねてしまったけれど、我慢できるかい?」
それに稀葉はぐるるると喉を鳴らして答えた。
***
一方。
刺青の少女は店主に蹴られていた。彼の理不尽な拳がとつじょ止まったのは、領主の使いの兵たちが物々しい雰囲気で店に現れたからだ。
「この辺りで、立派な候虎《こうこ》を連れた青年を見なかったか?」
兵士たちに話しかけられて、店主は少女を殴る手を止めた。
「ああ見たさ。ついさっきな」
「この宿に泊まってはいないのか? ここが、一番端の厩舎のある宿だと思ったが」
「そいつならあっちへ行ったよ。街の外で寝るんだろう。なにか用事だったのか?」
「領主さまが直々にお話があるそうだ」
それを聞くなり、宿屋の主は鼻で笑い飛ばした。
「話って穏便なもんじゃない。とっ捕まえて売り飛ばす寸法だろ? 行先を教えたんだ、礼をはずんでもらわないと困るな」
「本人が居るならまだしも、行先だけで領主様にたかるつもりか」
しばらく店主と兵たちはにらみ合っていたのだが、少女が発した声が沈黙を破った。
「――私があいつを呼んでくる」
兵士たちが、奴隷がなにを言っているんだという目を向けてきた。少女は口の中から血を吐き出すと、のそりと立ち上がる。
「おいおい、お前は俺のところの奴隷だろうが。勝手に出ていかれちゃ困る」
「あの青年は、私と話をしたがっていた。だから確実に連れてこれるぞ――無傷で」
少女は痛みをこらえながら兵士たちに向かって口を開く。兵士たちは彼女の申し出に逡巡し始めた。それに止めを刺すように、少女がふっと口元に笑みを乗せる。
「……商品は、傷がないほうがいいのだろう?」
「無傷で捕らえるのが一番だ。連れてこい」
少女と兵士たちの間で取引が成立した。
「わかった。ただし、私を奴隷から解放しろ」
少女の主張に店主が「冗談じゃない!」と殴り掛かろうとしたが、兵士たちに止められてしまう。
「この娘の足枷を外せ。代わりの奴隷を連れてきてやる。それから小娘、青年を連れてこれなければお前の命もないからな」
「そうなったら私は殺していい。そのほうが都合がいいからな」
「では行け。我々は門前で待機しているから明日の朝までに無傷で連れてこい」
店主は文句を言いながら枷の鍵を持ってくる。足首に付けられていた鉄の足枷を外されると、少女は自身の両足の自由と怪我がないかを念入りに確認した。
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