上 下
22 / 67
第2章 土熊一族

第19話

しおりを挟む
 領主の屋敷に入れたのは、夕暮れが近くなってからだった。

 領主は恰幅の良い男性だ。しかし女物の着物を纏い、口には紅が引かれている。彼が腰かけている板の間の手前は土間になっていて、謁見を申し込んだ人はそこで話を聞いてもらえる仕組みらしい。

 柰雲が土間に入り一礼すると、背筋に寒気を覚えるような笑顔を向けられた。彼の脇には、今にも倒れそうなくらい痩せた奴隷の少女が、虚ろな様子で給仕をしている。眉をひそめていると、なにも言わない柰雲に領主みずからが声をかけてきた。

「……あんた、この子が気になるかい?」

 少女の胴体に巻かれた縄を無理やり引っ張って、領主は彼女を自身の近くまで引き寄せた。思わず柰雲は強い視線を向けてしまう。

「この子はずっとここで働いてもらっていているんだけどねぇ、氣になるなら売ってやるよ」

 妙に耳にまとわりつく甘ったるい声だ。手元には太い葉巻をくゆらせ、吸い込んだ煙を少女の顔に吐き出す。少女はゴホゴホとむせた。

「人の命を売り買いしていいのですか?」

 柰雲の言に、領主は軽蔑するように目を細めてため息を吐いた。

「これだから田舎もんは困るわねぇ。家畜の売買は良くて人間がダメだなんて、誰が決めたんだか。これがアタシの商売だからねぇ。だからこの街は大きくなれたんだ。いまさら辞めるわけないよ」

 領主は不機嫌そうに顔を歪めた。

「ところであんた、アタシになにか聞きたくて来たんじゃないのかい? 口布を取りな、礼儀もなってないやつと話したくないよ」

 奴隷の少女を突き飛ばして、領主はでっぷりした身を乗り出してきた。柰雲は眉間に皺を刻んだが、ひとまず言われた通り布を外す。

「神常《かむどこ》の神域の場所を知っていますか?」

「うーん、聞いたことがあるけど場所は知らないねぇ。そこへ行って、どうするのさ?」

和賀ノ実わがのみを、神からわけてもらいます」

 領主は目を見開いて一瞬動きを止めたあと、ゲラゲラ笑い始めた。あまりにも笑い過ぎて、目の端から涙を流している。

「ああ可笑《おか》しい! 神話を信じるっていうのかい? そんな実があったとして、この世界が変わるわけないだろう?」

「なにか知っていることはありませんか?」

「仮に神域に和賀ノ実があったとしても……人の本質はかわりゃしないよ。実を欲してまた争いが起こるだけさ」

「それでも、手に入れなくてはならないんです」

 領主は葉巻をもう一本取り出して火をつけ、柰雲を吟味するように顎を上げた。

「神話を信じたところで救いなどないさ。この奴隷を哀れに思うなら、あんたが買ってやったらいい。それだけで、この娘は自由になる」

「手持ちの金銭はないのです。実を持ち帰って分けるのではどうですか?」

「莫迦言うんじゃないよ」

 領主は身を乗り出してきた。先ほどまでとは比べ物にならない迫力に、柰雲ではなくてその場にいた奴隷や付き人のほうが縮こまった。

「商売は先払いだ。アタシは誰も信用なんかしない。たとえ実が手に入るとしても、それとこれは話が別だ。商売を辞める気もないしね」

「お金よりも大事なものになるかもしれません」

「世の中は金と欲で回っているのさ。アタシは金以外は信じないよ」

 柰雲は唇を引き結んだ。一日並んで待ったというのに、情報は手に入らず空振りに終わってしまった。

 奴隷は救ってやりたかったが、彼女一人を助けたところで街にいる全員を救えるわけではないのだ。それに、奴隷の少女は助けを求めていない。

 それが、柰雲の良心を傷つけた。

「話はそれだけならとっとと行きな」

 一礼すると奈雲は謁見室を去った。

 一方、柰雲の背中を領主はじっと見つめ、凶悪な笑みを口の端に乗せる。

「ちょいと、あの青年の後を追いな。高く売れそうだから逃がしちゃ勿体ない」

 領主の付き人たちが、是と言って慌てて出ていった。領主はにんまりとした笑みを口元に乗せ、柰雲が売れた時の料金を頭の中で計算する。

「こんなおいしい商売、やめられるわけないね。儲けしかないんだよ、こっちには」

 領主はふふふと笑って、葉巻をさらにくゆらせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

処理中です...