七つ國物語 ~參の國編~

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
16 / 67
第2章 土熊一族

第13話

しおりを挟む
 少ない食事をしながら、歩調を緩めることなく進み続ける日々が続いた。森の奥深くに入れば獸が獲れることもあり、特に野うさぎは二人の腹を満たすのには十分だった。

 野宿では夜の間に草を結んで輪っかを作っておくか、穴を掘って草をかぶせておく。朝になって仕掛けを見に行って、野うさぎがかかっていると柰雲も稀葉も喜んだ。

 時には猪や小鹿が獲れることもあり、そういう時は食べる分だけをいただいて、残りは山の獸に分けた。時間があれば干し肉にするのだが、あいにく急いでいるためできなかった。

 稀葉を森の中に放すと、獲物を獲ってくることもある。二人はそうやって着々と旅路を歩んだ。

 その日は、仕掛けておいた罠に野うさぎがかかっていた。

 うさぎの身体を岩や地面に叩きつけて殺したのち、身体を押しつぶして内臓を排出させる。柔らかい部分を稀葉に与え、自分は頭と手足を切り落として皮を剥いで肉を切り分けた。焚火を起こすと、適当な枝に肉を刺して焼いて食べる。

 皮は丁寧に水で洗い、歩いている間に稀葉の鞍に引っ掛けておいて乾かすと、人里に着いた時に金銭に交換するか宿代にした。人里の近くで余分に獲物が獲れれば、それを村に持ち込む。久々の肉だと言って、喜んでくれる方が多かった。

 候虎《こうこ》は珍しくないと思っていた柰雲は、多くの人が候虎を恐れていることを改めて知った。みんなが稀葉をおっかなびっくりと見ており、野生の候虎の凶暴さを語ってくる。

 候虎は、陸の生き物の頂点に近い。ほとんど敵がいない。共食いさえ厭わない凶暴さだが、数が極端に増えて人里を襲うことは無く知能が高い。

 陸の人が恐れる生き物を従え旅をする柰雲は、人々の目からは珍しく映ったようだ。旅をして初めて、自分が井の中の蛙だったと知ったのだった。

 村を出てから目的の地に順調に進めているのか、そうでないのかもわからない。情報が乏しく、目的地のことを誰も知らない。

 柰雲たちは「東の果て」というあいまいな場所を目指して進み、とうに三週間が経っていた。

 その日は朝から山の中を半日ほど歩いていた。

 岩かげの涼しい場所で一息をつこうとしたところで人の気配がした。柰雲は辺りを警戒する。稀葉がくんくん鼻を動かし、気配のする方向へ視線を向けた。稀葉の視線の先を追ってしばらく待っていると、森の奥から人が歩いてくるのが見える。

 稀葉は一瞬緊張するが、やみくもに人影に向かって襲い掛かることはしない。つまり、相手に敵意も殺意もないというのがわかる。

 だとしても、柰雲はいつでも大刀を抜けるように緊張しつつ、森からやって来る人影に目を凝らす。はじめはおぼろげだった人の姿が、くっきりとわかってくる。

 男のようだ。

 男は深くかぶった笠を上げてこちらを見るなり、不思議そうに目を丸くした。

 土と血を混ぜたものを塗った彼の顔を確認するなり、柰雲は手にかけていた大刀から手を外して警戒を解く。男は敵意がないということを伝えるように、両手を大きく振り始めた。

「やはり……!」

 柰雲も両手を上げて応えるように振ると、人影が徐々に近づいてくる。近くまで来るとにっこり笑った。遠目で見るよりもがっしりとした体つきの背の低い男は、全身に蓑を纏っている。

「よお、大丈夫か? 山で迷ったか?」

 男は柰雲と稀葉を交互に見てから、人の好い笑みを浮かべる。彼の声音に響くやさしさを感じて、柰雲はさらに警戒を解いた。

「向かっているところがあり、旅をしています。あなたは、土熊《つちぐま》の民ですね?」

「そうだ。あんたは?」

「わたしは候虎使いの柰雲と申します」

 自己紹介すると、男はへえと目を輝かせた。

「その獸はもしかして候虎かなと思ったけど。珍しい一族がいたもんだ。あんたずいぶん疲れているようだな。ここから先は人里まで半日、奥は山しかない。よかったら俺たちのねぐらに来るか? 麓の村へ行くより近いぞ」

「ありがたい」

 男は白い歯を見せて笑い、サジと名乗った。

「候虎使いの民が歩き回るなんて珍しいな。いつも村か谷山にこもって外には出ないだろう?」

 柰雲は旅に出た経緯を彼に話した。サジは複雑な顔をしたのだが、詳しいことはねぐらに着いてから聞くよと話を途中で切る。

 サジが「着いたぞ」と指を差したのは森の中だ。柰雲も目を凝らして見てもわからないほど巧みに、草の中に隠れた天幕が幾つもあった。

「あれが、俺たち土熊一族の住まいだ」

 気持ちのいい笑みをサジが柰雲に向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...