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第1章 東へ
第7話
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夜も明ける頃。
胸騒ぎがして柰雲は目を覚ました。稀葉《まれは》はすでに起きていて、耳をまっすぐ立てている。なにかを感じ取っているらしく、しきりに尖った耳が動いていた。
「……稀葉?」
柰雲が身を起こすと、それを阻止するように稀葉ががんと見つめてくる。稀葉の身体に緊張が伺える。柰雲は彼女の忠告とも受け取れる行動を信じ、いったん身を元に戻した。
――次の瞬間。
火薬の弾ける強烈な音と共に、雄たけびが聞こえてきた。とっさに大刀を握りしめると立ち上がる。
「……屋敷の方からか?」
金属がぶつかり合う音と悲鳴が聞こえてきていた。くん、と鼻を動かすと、なにかが燃えるような臭いが鼻孔の奥に届く。
「まずい、敵……ハシリ一族か!」
柰雲が飛び出して行こうとするのを、稀葉が威嚇して制止した。柰雲は凶暴な牙を見せつける稀葉に飛びつく。
「だめだ、稀葉。通してくれ。行かないと……!」
稀葉はさらに牙を剥いて、ぐるぐると喉の奥を鳴らす。明らかに行くなと忠告していた。にらみあいながら一歩を踏み出して行こうとすると、稀葉が吠える。人などすぐに殺せる牙で、屋敷に行こうとする柰雲に齧りつこうとした。
「稀葉、みんなが危ない!」
すると、仕切りの隣から別の候虎の首がぐいと伸びてきて、柰雲を隅へ押しやった。
「なっ――!」
なにをするんだと言う間もなく、尻餅をついた柰雲に稀葉がさっさと藁をかけた。身をよじらせながら出ようとした時、騒々しい足音が聞こえてきて一瞬で動きを止める。
飼葉深くに身を投じると、さらに稀葉と隣の候虎《こうこ》が柰雲を葉の下に隠す。そうしていると、数人が厩舎に入ってきたのが近づいてくる足音でわかった。
柰雲は藁の中でじっと動かないようにして、聞き耳を立てる。
「なんだ、馬は居ないのか、この村は……この黑い獸たちはなんだ?」
「ああ、こりゃあ候虎《こうこ》じゃないか! 北じゃ珍しいが、こっちでは森や山にいる獸だ。知能が高くて気高く、人の手におえない……すげぇな、こいつらはずいぶん立派だ。そう言えば、この村は候虎使いの村だったな」
どうやらやってきたのは二人の男のようで、のんきにそんな会話をしながら厩舎を見ている。少し癖のある言葉の使い方からして、北の民族であることは間違いなかった。
彼らが手前に繋がれた候虎に触れようとしたところを、真っ黑な獸がものすごい勢いで吠えて威嚇した。耳をつんざくような声と恐ろしい牙に、男たちは悲鳴を上げて一目散に後ろへ下がったようだ。
「そういや、候虎はものすごい凶暴だって言われてたな。下手に手を出したら食い殺されちまう。多分本気出したら、こいつらすぐにこんなの壊しちまうぞ。ここには候虎以外なにもいなさそうだし、阿流弖臥《あるてが》さまに報告しよう」
ああ、と男たちはびくびくしながら厩舎を去って行った。柰雲は背中に冷や汗をびっしりかいたまま、動けずにただただじっとしていた。しばらくそうしていたのだが、だいぶ時間が経ってから、稀葉が飼葉をかき分けて鼻づらで触れた。
「もう、大丈夫なのか……?」
稀葉は頬を舐めてくる。緊張の糸が一気に解けて、柰雲は飼葉から身体を出して空気を吸い込み、藁に背中から倒れ込んだ。
「あれはきっと、ハシリ一族だ。どうしよう……どうしたらいいんだ、わたしは」
柰雲はきょとんとした稀葉の碧い瞳を見つめながら、じっと思考を巡らせた。
胸騒ぎがして柰雲は目を覚ました。稀葉《まれは》はすでに起きていて、耳をまっすぐ立てている。なにかを感じ取っているらしく、しきりに尖った耳が動いていた。
「……稀葉?」
柰雲が身を起こすと、それを阻止するように稀葉ががんと見つめてくる。稀葉の身体に緊張が伺える。柰雲は彼女の忠告とも受け取れる行動を信じ、いったん身を元に戻した。
――次の瞬間。
火薬の弾ける強烈な音と共に、雄たけびが聞こえてきた。とっさに大刀を握りしめると立ち上がる。
「……屋敷の方からか?」
金属がぶつかり合う音と悲鳴が聞こえてきていた。くん、と鼻を動かすと、なにかが燃えるような臭いが鼻孔の奥に届く。
「まずい、敵……ハシリ一族か!」
柰雲が飛び出して行こうとするのを、稀葉が威嚇して制止した。柰雲は凶暴な牙を見せつける稀葉に飛びつく。
「だめだ、稀葉。通してくれ。行かないと……!」
稀葉はさらに牙を剥いて、ぐるぐると喉の奥を鳴らす。明らかに行くなと忠告していた。にらみあいながら一歩を踏み出して行こうとすると、稀葉が吠える。人などすぐに殺せる牙で、屋敷に行こうとする柰雲に齧りつこうとした。
「稀葉、みんなが危ない!」
すると、仕切りの隣から別の候虎の首がぐいと伸びてきて、柰雲を隅へ押しやった。
「なっ――!」
なにをするんだと言う間もなく、尻餅をついた柰雲に稀葉がさっさと藁をかけた。身をよじらせながら出ようとした時、騒々しい足音が聞こえてきて一瞬で動きを止める。
飼葉深くに身を投じると、さらに稀葉と隣の候虎《こうこ》が柰雲を葉の下に隠す。そうしていると、数人が厩舎に入ってきたのが近づいてくる足音でわかった。
柰雲は藁の中でじっと動かないようにして、聞き耳を立てる。
「なんだ、馬は居ないのか、この村は……この黑い獸たちはなんだ?」
「ああ、こりゃあ候虎《こうこ》じゃないか! 北じゃ珍しいが、こっちでは森や山にいる獸だ。知能が高くて気高く、人の手におえない……すげぇな、こいつらはずいぶん立派だ。そう言えば、この村は候虎使いの村だったな」
どうやらやってきたのは二人の男のようで、のんきにそんな会話をしながら厩舎を見ている。少し癖のある言葉の使い方からして、北の民族であることは間違いなかった。
彼らが手前に繋がれた候虎に触れようとしたところを、真っ黑な獸がものすごい勢いで吠えて威嚇した。耳をつんざくような声と恐ろしい牙に、男たちは悲鳴を上げて一目散に後ろへ下がったようだ。
「そういや、候虎はものすごい凶暴だって言われてたな。下手に手を出したら食い殺されちまう。多分本気出したら、こいつらすぐにこんなの壊しちまうぞ。ここには候虎以外なにもいなさそうだし、阿流弖臥《あるてが》さまに報告しよう」
ああ、と男たちはびくびくしながら厩舎を去って行った。柰雲は背中に冷や汗をびっしりかいたまま、動けずにただただじっとしていた。しばらくそうしていたのだが、だいぶ時間が経ってから、稀葉が飼葉をかき分けて鼻づらで触れた。
「もう、大丈夫なのか……?」
稀葉は頬を舐めてくる。緊張の糸が一気に解けて、柰雲は飼葉から身体を出して空気を吸い込み、藁に背中から倒れ込んだ。
「あれはきっと、ハシリ一族だ。どうしよう……どうしたらいいんだ、わたしは」
柰雲はきょとんとした稀葉の碧い瞳を見つめながら、じっと思考を巡らせた。
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