上 下
6 / 67
第1章 東へ

第3話

しおりを挟む
 夜の宴は、盛大に開かれることとなった。伝聞師らは、參ノ國の大陸中を走り回り、各一族や世界の動向を教えて回る。彼らは、多くの村々で歓迎される立場にあった。

 柰雲たち一族も歓迎することは当然のことだと考えている。それに、どんなに貧しく苦しくとも客人は丁寧にもてなすのが基本だ。

 しかし、久々の来客に浮かれていた気持ちが、伝聞師の一言で地に落ちた。

「大変言いにくいことですけれど……ハシリ一族が、もうすぐそこまで来ています」

 伝聞師の初老の男は、宴の席で困ったような顔をしながら話し始めた。宴の盛り上がりが、一瞬で静まる。伝聞師は参ったなと頭を掻いた。

「こんなにもてなしてもらっておいて申し訳ないが、言わないのも氣が引けますからね。それに、私が今伝えれば、できる対策もございましょう」

 伝聞師は複雑に眉をゆがめて、手に持った酒の杯をいったん卓に戻した。大王が渋い表情で瞬きし、立派な髭に隠れた口元を動かす。

 柰雲は部屋の隅で食べ物をもそもそと口に運びながら、彼らの聲に耳を澄ませていた。

「伝聞師どの。そこまでとは、どのくらい近くまで来ているのでしょう?」

「二つ向こうの村は、すでに制圧されています」

 放たれた言葉に、その場にいた全員が騒めき息をのんだ。

「そんな近くに……」

 速玖而はやくじが苦々しく奥歯を噛む。さすがにそれには大王も驚いたようで、いつになく真剣な表情で腕組みをした。

 ハシリ一族とは、広大な參ノ國の大陸の、北の果ての山脈の向こう側で生活をしている山岳民族だ。身体が大きく、彫りの深い顔立ちが特徴の狩猟戦闘民族でもある。

 彼らは数年前に起こった大飢饉によって、生活基盤が立ちゆかなくなったらしい。すると、故郷を捨て南下してきたのだ。

 しかし、ただ南下してきたのではない。

 大陸の中央の平原に広がる肥沃な土地を求め、軍事力と武器によって大陸を支配し始めたのだった。

 並外れた強靭な肉体を持つハシリ一族は、平地を治める農耕民族たちを次々に襲撃すると、あっという間に領地を奪っていった。その勢いは凄まじく、この数年で大陸の三分の一はハシリ一族に支配されたという。

「氣ををつけなければ、白壽はくじゅの稻も侵されて、毒稲どくいねとなってしまうでしょう。種籾たねもみは保存してありますか?」

 もちろんと頷くが、大王の声は先ほどよりも数段低く苦渋がにじみ出ていた。

 ――毒稲どくいね

 それは、平地の民が一番恐れている物だ。

 ここよりさらに西では、ハシリ一族が北から持ってきた寒稻かんとうという繁殖力の強い稲穂が平地の白壽の稻と交配していった。

 しかし、二つの稲穂の相性は悪く、交わっていくうちに変異を繰り返し、いつの間にか毒稲となってしまう。

 毒稲になった白壽の稻と寒稻かんとうの交配種は、人も家畜も食べることができない。誤って食べた馬や牛は泡を吹いてのたうち回って死ぬ。

 毒稲は、目を見張るほど紅い実を成す。

 鮮烈な紅の稲穂を見て「あれは大地に流れた先祖たちが流した恨みの血を吸って育ったのだ」と人々は一様にささやいた。

 毒稲は寒稻と同様、恐ろしい繁殖力を持っていた。

 種が一粒でも白壽の稻と交配しようものなら、たちまちその畑一面が不気味な紅い穂をつけると言われている。それ故に、白壽の稻の種籾を蔵に押しとどめて、近隣のどの村でも大事に保管してある。

 さらに問題なのは、毒稲に侵された田畑に白壽の稻は植えることができず、一度焼き払っても毒が残ることだ。

 毒の残る土には、ハシリ一族の持っている、ジャロ芋が細々と育つだけだという。

「もちろん、種籾は蔵に保管してある。だがしかし、そこまで彼らが来ているということは、この畑もよもや……」

「そうなってはなりません、父上! 侵略者たちは、直ちに元の土地へ追い返すべきです。攻め込んでくるようでしたら、こちらも応戦しましょう!」

 速玖而はやくじが顔を真っ赤にして大王に直訴した。周りも神妙な面持ちで肯定する。それに大王は答えず、押し黙った。

「……戰は、ならぬ」

 沈黙を破ったのは、しゃがれているがよく通る聲だ。

 聲の主である大巫女を、場の全員が見つめる。村一番の老婆である大巫女の瞳は空よりも広く、海よりも深い叡智をたたえていた。

「戰はならぬぞ。大地に我が一族の血を吸わせてはならぬ。それこそ、毒稲の温床になるであろう」

 大巫女の一言に、またもや重たい沈黙が流れた。どうすればいいと呟きはしなかったが、それは誰もが思った事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

死神は世界を回る ~異世界の裁判官~

アンジェロ岩井
ファンタジー
魔界と人界とが合流を行うようになり、早くも百年の月日が経った。 その間に魔界から魔物や魔族が人界に現れて悪事を行うようになり、それらの事件を抑えるために魔界から魔界執行官が派遣されるようになった。同時に魔界で悪事を行う人間を執行するために人界執行官も制定された。 三代目の魔界執行官に任命されたのはコクラン・ネロスと呼ばれる男だった。 二代目の人界執行官に任命されたのはルイス・ペンシルバニアという男だった。 どこか寡黙なコクランに対し、明るく無邪気なルイスという対照的なコンビであったが、コクランにはある秘密が隠されていた……。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

和と妖怪と異世界転移

れーずん
ファンタジー
花宮美月の幼馴染みである和泉桜子は、一年前に行方不明になっていた。 彼女の帰りを今も待ち続けている美月。 そんなとき、神社の前で狐の耳を生やした不思議な少女に出会う。 セーラー服を身にまとった少女は美月に意味深な忠告をすると、鳥居の向こうへ消えていった。 少女を追って鳥居をくぐった美月だったが、気が付くとそこは深い森の奥であり、おまけに奇妙な怪物達も現れて――。 【追記】 後日、紅希と葵の過去話を書きたいなと思っておりますので、もし興味ある方いらっしゃったらまた覗いてやってくれると嬉しいです。

Messiah~底辺召喚士の異世界物語~

小泉 マキ
ファンタジー
いつの時代も人類が世界を滅ぼす。 それとも世界が滅びる運命にあるのか。 時は現代。 今日も学校へ通い、好きなアニメを見て、勉強をして、『青春』を満喫している少女が一人。 しかし、突如として日常は崩れ去った。 最強少女が運命に立ち向かう異世界物語をどうぞお楽しみください。 ※初投稿で、頭脳明晰でも無く、拙い文章で、更に王道ですが、異世界物としては多分他に無い設定や展開だと思います。 睡眠の傍らにでも置いてください。 批判も指摘も甘んじて受け入れる所存です。 是非とも一言頂けると嬉しいです。 画像はフリー素材ですが、不都合ございましたら削除します。 よろしくお願い致します。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...