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第1章 東へ
第2話
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(――なにか……)
いつもと違う様子が村の方からしてきていた。柰雲は早足に村へ戻る。すると、畑の合間を歩いていた村人たち数人に聲をかけられた。
「柰雲皇子、大王さまがお呼びでしたぞ。もう他のご兄妹方は戻られています」
「わかった。ありがとう。急ぐよ」
柰雲は鯨面を施した目元を緩ませると、老爺達に手を挙げてから屋敷へ向かう。その後ろ姿を老爺達は複雑そうに見ていた。
「柰雲さまは可哀想じゃ…年々、お顔に呪の翳が見えますわい……これじゃ、速玖而さまが大王になってくださった方がいい」
老爺達は口々にそう言いながら、仕事に戻っていく。柰雲は村の中を抜けて大王である父の屋敷に帰った。
村の中でも一際大きく、立派な濠と柵に囲まれた巨大な屋敷に着くと、使用人が慌てて出てきた。
「柰雲皇子、大王さまがお呼びです」
「さっき聞いたから戻った。ありがとう」
差し出された足を拭く桶と布を受け取り、すぐさま汚れを淸めると屋敷の中心へ歩いた。母屋にはすでに領主である父母、兄妹、親族が集まっている。
入室した柰雲に、中にいた皆が一斉に視線を向けてくる。兄弟たちの迷惑そうな空気を無視して柰雲が一礼すると、上座に坐る大王……父親が頷いた。
「全員揃ったようだ――」
柰雲の父は立派な髭が生えた口元を動かす。
歳を重ねているが、眼光は野生の鷹を思わせる鋭さがあった。父親の隣には村の大巫女が並んで坐る。そして、さらに大巫女の隣には見たことのない人物が腰かけていた。
「先ほど、我が一族の元に伝聞師どのが立ち寄ってくださった。お疲れであるから、今からお休みいただく。夜は宴を催す。みな、遅れないようにな」
父親は穏やかな聲で全員を見渡した。上座に坐っている伝聞師は、よく陽に焼けた肌にやや茶色みがかった瞳で、勢ぞろいした一族全員を見つめた。
「ぜひ夜の宴では、この大陸で起こっていることを彼に聞こう。準備を怠るなよ」
長兄の速玖而がさっそうと指揮を執り始め、みんなが宴の準備に取りかかる。「柰雲」と聲をかけられたので振り返ると、長兄の速玖而が困ったような顔をしてこちらに向かって歩いてくる。
「お前ももう十七なのだから、早く跡取りの儀を受けろ。本来はお前がやらなくてはならないのに……」
それに柰雲は視線を泳がせてから、頭を下げた。
「わたしには向いておりません。大王の役目を兄さんに譲りたいのです」
「できるなら俺だってそうする。村人たちのほとんどが賛成だが、大巫女さまが首を縦に振らぬ。彼女はなにを考えているのやら……こんなぐうたらに、村の長が務まるものか。大巫女さまがいるうちはまだお前は擁護されるが、亡くなれば私が位を譲り受けるからな」
「どうぞ、お好きになさってください」
柰雲はさらに深く頭を下げてから口を開いた。
「鶏を持ってきます」
「ああ。頼んだ」
みんなが困った顔で柰雲の去って行く後ろ姿を見送る中、大巫女だけがゆっくりと穏やかな瞳で彼を見つめていた。
いつもと違う様子が村の方からしてきていた。柰雲は早足に村へ戻る。すると、畑の合間を歩いていた村人たち数人に聲をかけられた。
「柰雲皇子、大王さまがお呼びでしたぞ。もう他のご兄妹方は戻られています」
「わかった。ありがとう。急ぐよ」
柰雲は鯨面を施した目元を緩ませると、老爺達に手を挙げてから屋敷へ向かう。その後ろ姿を老爺達は複雑そうに見ていた。
「柰雲さまは可哀想じゃ…年々、お顔に呪の翳が見えますわい……これじゃ、速玖而さまが大王になってくださった方がいい」
老爺達は口々にそう言いながら、仕事に戻っていく。柰雲は村の中を抜けて大王である父の屋敷に帰った。
村の中でも一際大きく、立派な濠と柵に囲まれた巨大な屋敷に着くと、使用人が慌てて出てきた。
「柰雲皇子、大王さまがお呼びです」
「さっき聞いたから戻った。ありがとう」
差し出された足を拭く桶と布を受け取り、すぐさま汚れを淸めると屋敷の中心へ歩いた。母屋にはすでに領主である父母、兄妹、親族が集まっている。
入室した柰雲に、中にいた皆が一斉に視線を向けてくる。兄弟たちの迷惑そうな空気を無視して柰雲が一礼すると、上座に坐る大王……父親が頷いた。
「全員揃ったようだ――」
柰雲の父は立派な髭が生えた口元を動かす。
歳を重ねているが、眼光は野生の鷹を思わせる鋭さがあった。父親の隣には村の大巫女が並んで坐る。そして、さらに大巫女の隣には見たことのない人物が腰かけていた。
「先ほど、我が一族の元に伝聞師どのが立ち寄ってくださった。お疲れであるから、今からお休みいただく。夜は宴を催す。みな、遅れないようにな」
父親は穏やかな聲で全員を見渡した。上座に坐っている伝聞師は、よく陽に焼けた肌にやや茶色みがかった瞳で、勢ぞろいした一族全員を見つめた。
「ぜひ夜の宴では、この大陸で起こっていることを彼に聞こう。準備を怠るなよ」
長兄の速玖而がさっそうと指揮を執り始め、みんなが宴の準備に取りかかる。「柰雲」と聲をかけられたので振り返ると、長兄の速玖而が困ったような顔をしてこちらに向かって歩いてくる。
「お前ももう十七なのだから、早く跡取りの儀を受けろ。本来はお前がやらなくてはならないのに……」
それに柰雲は視線を泳がせてから、頭を下げた。
「わたしには向いておりません。大王の役目を兄さんに譲りたいのです」
「できるなら俺だってそうする。村人たちのほとんどが賛成だが、大巫女さまが首を縦に振らぬ。彼女はなにを考えているのやら……こんなぐうたらに、村の長が務まるものか。大巫女さまがいるうちはまだお前は擁護されるが、亡くなれば私が位を譲り受けるからな」
「どうぞ、お好きになさってください」
柰雲はさらに深く頭を下げてから口を開いた。
「鶏を持ってきます」
「ああ。頼んだ」
みんなが困った顔で柰雲の去って行く後ろ姿を見送る中、大巫女だけがゆっくりと穏やかな瞳で彼を見つめていた。
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