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第4章 精霊狩り
第35話 精霊の怒り
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精霊樹から、なんともいえない雰囲気が立ち上ってきていることに気がついているのは、ニケとウァールだけのようだった。
フォッサ王はじっくりと品定めするようにニケを見ており、騎馬兵たちは気配を消してはいるものの、面白いものを見るような目で見ていた。
「おいチビ。いいとこ見せとかないと、本当に牢屋行きだぞ」
ウァールが半分笑いながらそう言って、ニケは冗談じゃないと身体をこわばらせた。
「今までいろいろな奴がこの精霊樹の前に来た。だがな、弾かれ者はやっぱりその程度なんだ。見えるだけ、聞こえるだけの奴が多かった。もう、王はそんな奴らにはうんざりしているんだ。王には精霊が見えないからな、あんまり怒らせるなよ」
「そんなこと言われたって」
ニケは、精霊樹を見上げた。険しい顔をした老人の顔が、じっとりとニケとウァールを見下ろしている。他の人には見えていないその守護精霊の顔を見て、ニケは立ちすくんでしまった。
「どうしたのだ、お嬢さん」
フォッサ王が、色のない唇を動かす。顔は灰色で、落ちくぼんだ眼窩からは、疲れがにじみ出ていた。しかしその眼光は獣を思わせるほどに鋭い。
「王様、ちょっと休んだ方が」
「私の心配ならよい。それよりも早く、精霊と交渉しなさい」
ニケは言われて、息を大きく吸った。ウァールは、面白そうにニケを見ている。性格悪いなと思いながら、ニケは精霊に向き直った。
守護精霊は、半透明の緑色の目を瞼の裏側から出すと、ニケをとらえた。
それを合図に、精霊樹の前にニケはひざまずくと、額の前で両手のこぶしを握ってお辞儀をする。
「薬師見習のニケです。今日は、あなたにお話があってきました」
『立ち去れ、人間よ』
「不快な思いをさせているのは知っています」
『では、なぜ来た……おや、そなた、祝福がついているな』
守護精霊が、ふと驚いた顔をして、枝の手を伸ばしてきた。ニケは立ち上がると、伸ばされた手に触れる。ウァールは、にやりと笑った。
守護精霊が、ニケの祝福を確認するかのように、伸ばしてきた枝の腕で、やんわりとニケに触れた。
ニケは、その木の腕にしがみつく。
「ごめんなさい……こんなことして……私、あなたたちに絶対力を貸すから」
ニケの気持ちが伝わったのか、守護精霊は、ニケを包み込んだ。精霊が見えない王や家臣たちからすれば、大きな木がとつじょ、枝を伸ばしたり動き出したように見えている。驚愕のまま、王はその様子を見ていた。
「ごめんなさい。でも私、あなたたちにお願いがあるの」
ニケが切り出した言葉に、ウァールもフォッサ王も、ゆっくりと笑顔になった。これなら交渉できる、うまくできるとその場にいる誰もが思った時。
「――逃げて、お願い。この人たちは、精霊を、殺しているから」
ニケの言葉に、ウァールが盛大に舌打ちをしてニケを繋いでおいた縄をひったくった。
そして、守護精霊が怒り始めるのが、同時だった。
「この、小娘が!」
ウァールが縄を手繰り寄せて、ニケを手元に引っ張った。
「逃げて、早く! お願いだから!」
引っ張られて口をふさがれても、ニケはなお暴れながら守護精霊にそう叫び続けた。
「フォッサ王、どうします?」
「逸材だ。城へ連れて帰る」
木々が揺らめき始め、ざわざわと不穏な空気が森中に広がっていた。
今まで大人しくしていた馬たちが暴れだし、兵士たちが慌てて落ち着くようになだめている。それでも、馬たちはしきりに何かを気にして、耳をぴくぴくと動かしながら興奮して息を吐き、震えていた。
「守護精霊に、精霊殺しを知られたのはまずい。このままじゃ……どうしてくれるんだよ、チビ!」
ウァールが怒りで顔を真っ赤にして、ニケの胸倉をつかんだ。
「やっぱりだめなものはだめだもん! 私には、精霊を傷つけるなんてできない!」
ニケがそう言い返すと、ウァールは忌々しそうに突き飛ばした。ニケは尻餅をついて地面に倒れ込む。
「くそっ」
森がざわめき、風もないのに枝がざわざわと揺れた。このままでは、森に閉じ込められてしまうのではないかと、誰もが恐怖を感じていた。
――その時。
「ニケ?」
森からひょっこりと顔を出した、場違いなほどに美しい青年に、その場の全員が視線を向けた。
「シオン、来ちゃだめ」
「なに言ってるんだ。やっと見つけたと思ったら、なんでこんな変なことに巻き込まれて……悪いけど俺の弟子なんだ、縄を解いてくれ」
シオンは眉根を寄せて森の中から出てくると、ニケに迷わず向かった。ウァールがとっさに、ニケの手に巻いた縄を引っ張って彼女を立ち上がらせると、そのまま後ろから拘束した。
「あんたが師匠なら、こいつの魔力がどれほどか分かっているだろ?」
ウァールがニケの首元に小さな毒針をかざした。シオンが立ち止まる。
「その毒針でその子を殺したら、どれほどの逸材が死ぬかあんただって分かるはずだ」
「はは、ずいぶん余裕だな。おい、その男を捕らえてくれ。このチビの師匠なら、相当な魔力のはずだ」
それにシオンはつまらなそうな顔をする。
「俺のはいかさまだ」
「それは後で確かめてやるよ」
シオンはとっさに精霊樹に触れる。守護精霊が、今どういう状況なのかを瞬時にシオンに伝えた。
「……なるほど精霊を殺したのか」
シオンが心底いやなものを見る目つきで、ウァールを見つめた。
「そうだ。フォッサの国民のために必要な犠牲だ」
「だからといって、精霊の命だって、無理やり奪っていいものじゃないはずだ」
それに、ウァールは笑った。
「なに、チビもお前も偽善ぶったこと言ってんだよ。これだから薬師は嫌いだ」
ウァールはニケを拘束したまま、フォッサ王に向き直る。
「フォッサ王、こいつもおそらく使える人材です。捕えましょう」
それに、王は深くうなずいた。
フォッサ王はじっくりと品定めするようにニケを見ており、騎馬兵たちは気配を消してはいるものの、面白いものを見るような目で見ていた。
「おいチビ。いいとこ見せとかないと、本当に牢屋行きだぞ」
ウァールが半分笑いながらそう言って、ニケは冗談じゃないと身体をこわばらせた。
「今までいろいろな奴がこの精霊樹の前に来た。だがな、弾かれ者はやっぱりその程度なんだ。見えるだけ、聞こえるだけの奴が多かった。もう、王はそんな奴らにはうんざりしているんだ。王には精霊が見えないからな、あんまり怒らせるなよ」
「そんなこと言われたって」
ニケは、精霊樹を見上げた。険しい顔をした老人の顔が、じっとりとニケとウァールを見下ろしている。他の人には見えていないその守護精霊の顔を見て、ニケは立ちすくんでしまった。
「どうしたのだ、お嬢さん」
フォッサ王が、色のない唇を動かす。顔は灰色で、落ちくぼんだ眼窩からは、疲れがにじみ出ていた。しかしその眼光は獣を思わせるほどに鋭い。
「王様、ちょっと休んだ方が」
「私の心配ならよい。それよりも早く、精霊と交渉しなさい」
ニケは言われて、息を大きく吸った。ウァールは、面白そうにニケを見ている。性格悪いなと思いながら、ニケは精霊に向き直った。
守護精霊は、半透明の緑色の目を瞼の裏側から出すと、ニケをとらえた。
それを合図に、精霊樹の前にニケはひざまずくと、額の前で両手のこぶしを握ってお辞儀をする。
「薬師見習のニケです。今日は、あなたにお話があってきました」
『立ち去れ、人間よ』
「不快な思いをさせているのは知っています」
『では、なぜ来た……おや、そなた、祝福がついているな』
守護精霊が、ふと驚いた顔をして、枝の手を伸ばしてきた。ニケは立ち上がると、伸ばされた手に触れる。ウァールは、にやりと笑った。
守護精霊が、ニケの祝福を確認するかのように、伸ばしてきた枝の腕で、やんわりとニケに触れた。
ニケは、その木の腕にしがみつく。
「ごめんなさい……こんなことして……私、あなたたちに絶対力を貸すから」
ニケの気持ちが伝わったのか、守護精霊は、ニケを包み込んだ。精霊が見えない王や家臣たちからすれば、大きな木がとつじょ、枝を伸ばしたり動き出したように見えている。驚愕のまま、王はその様子を見ていた。
「ごめんなさい。でも私、あなたたちにお願いがあるの」
ニケが切り出した言葉に、ウァールもフォッサ王も、ゆっくりと笑顔になった。これなら交渉できる、うまくできるとその場にいる誰もが思った時。
「――逃げて、お願い。この人たちは、精霊を、殺しているから」
ニケの言葉に、ウァールが盛大に舌打ちをしてニケを繋いでおいた縄をひったくった。
そして、守護精霊が怒り始めるのが、同時だった。
「この、小娘が!」
ウァールが縄を手繰り寄せて、ニケを手元に引っ張った。
「逃げて、早く! お願いだから!」
引っ張られて口をふさがれても、ニケはなお暴れながら守護精霊にそう叫び続けた。
「フォッサ王、どうします?」
「逸材だ。城へ連れて帰る」
木々が揺らめき始め、ざわざわと不穏な空気が森中に広がっていた。
今まで大人しくしていた馬たちが暴れだし、兵士たちが慌てて落ち着くようになだめている。それでも、馬たちはしきりに何かを気にして、耳をぴくぴくと動かしながら興奮して息を吐き、震えていた。
「守護精霊に、精霊殺しを知られたのはまずい。このままじゃ……どうしてくれるんだよ、チビ!」
ウァールが怒りで顔を真っ赤にして、ニケの胸倉をつかんだ。
「やっぱりだめなものはだめだもん! 私には、精霊を傷つけるなんてできない!」
ニケがそう言い返すと、ウァールは忌々しそうに突き飛ばした。ニケは尻餅をついて地面に倒れ込む。
「くそっ」
森がざわめき、風もないのに枝がざわざわと揺れた。このままでは、森に閉じ込められてしまうのではないかと、誰もが恐怖を感じていた。
――その時。
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「シオン、来ちゃだめ」
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「あんたが師匠なら、こいつの魔力がどれほどか分かっているだろ?」
ウァールがニケの首元に小さな毒針をかざした。シオンが立ち止まる。
「その毒針でその子を殺したら、どれほどの逸材が死ぬかあんただって分かるはずだ」
「はは、ずいぶん余裕だな。おい、その男を捕らえてくれ。このチビの師匠なら、相当な魔力のはずだ」
それにシオンはつまらなそうな顔をする。
「俺のはいかさまだ」
「それは後で確かめてやるよ」
シオンはとっさに精霊樹に触れる。守護精霊が、今どういう状況なのかを瞬時にシオンに伝えた。
「……なるほど精霊を殺したのか」
シオンが心底いやなものを見る目つきで、ウァールを見つめた。
「そうだ。フォッサの国民のために必要な犠牲だ」
「だからといって、精霊の命だって、無理やり奪っていいものじゃないはずだ」
それに、ウァールは笑った。
「なに、チビもお前も偽善ぶったこと言ってんだよ。これだから薬師は嫌いだ」
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