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第3章 魔導競技大会
第28話 洞窟
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目が覚めたニケが体中の鈍痛に顔をしかめる。舌まで苦い味がして、起き上がったものの、けだるくてブリキ人形のように身体が軋んだ。
「起きたか……その様子だと、まだ残っているな。これを飲んで」
おはようもままならないニケに、シオンが温かい飲み物を手渡した。独特の香りがして、湯気が目にしみる。
「解毒の薬草入りだ。それを飲んで、しばらくすれば動けるだろう」
それにしても、とシオンはお茶をすするニケに眉毛を上げた。
「そこまで毒に強いとはな。念のため、通常の二倍入れてやっと効いた。身体が小さいから危険かとは思ったが」
「小さくてすみませんね」
ニケがふてくされてそう言うと、シオンはほほ笑んだ。
「ニケは根っからの薬師だな」
「昨日のは腹が立つけど、その言葉は嬉しい」
毒を以て毒を制すとはよく言うが、師匠のまねごとで、ニケはよく毒味していて、そのたびに小さいころにはよく熱を出したり、体調不良に陥っていたのだが、おかげで毒の味は身体が覚えていた。
身体もそれによって免疫がつき、ちょっとやそっとでは毒では死なない。世界中を旅する巡回薬師であれば、それくらいの耐性をつけている方が得だった。
「身体が動くようになったら、薬所へ行こう。昨日の精霊の様子を見て、明日には町を出る」
「え、もう?」
ニケはあまりにもあっさりとイグニスを出て行くので、驚いた。
「昨日の水の精霊もああ言っていたから、こちらにまで被害が来るのは時間の問題だ。早くに距離を置きたい」
それは、シオンの切実な願いだった。
翌日には荷物をまとめて、二人はまた元の度の姿になった。ずっと使わせてもらった小屋はきれいに掃除をし、ニケは買ってきた花を小さな瓶に入れて感謝の意味を込めて卓上に飾った。
とんでもない経験をした上に、マグナはかなり横暴だったが、ニケにとっては悪い町ではなかった。
自分の内側に潜んでいる魔力の恐ろしさを思い出すと、まだ時折肝を冷やしそうになる。それでも、それを薬師として生かすんだとシオンに言われた言葉を胸にしまってニケは頑張ろうと思うのだった。
これから入都する人々を背にして、シオンとニケは鉄の町を発った。
少し歩いてから振り返ると、ちょうど出っ張った手前の山に隠されて、すでにイグニスの町は見えにくくなっている。尖塔アーチ状のマグナが住んでいる重厚な建物群だけが、黒い影となって空にくっきりと姿が見えた。
「ところで、やっぱり消えないか?」
シオンがすこし眉根を寄せてニケに尋ねた。
「うーん、無理っぽそう……」
ニケが腕まくりをすると、そこにはマグナとウルムによってつけられた祝福がくっきりと刻まれていた。
燃え盛る炎を象ったような文様が、ニケのほそっこい白い腕に絡みついていた。
「面倒なものつけやがって、あいつ」
シオンはぶつくさと忌々しそうに吐き捨てた。シオンはマグナとは相性が悪いようだ。ニケはそれを見て笑ってしまった。
陽が高くなってきたときに一度休憩を挟み、それからまた街道を進んだ
「あんた達、この先の村に向かってるのかい?」
そう二人に尋ねてきたのは、街道沿いにあった店のふくよかな女の人で、二人をまじまじと見つめていた。
「あんたたち達、巡回薬師かい? それにしちゃ、ちょっと弱そうだけど。悪いことは言わないから、この先の村には行かないほうがいいよ」
どうして、とニケが目をぱちくりさせる。
「村長の息子が亡くなって、相続争いで親戚同士が抗争中だってさ。まあ、あと数週間すれば治まるって話だって、さっき逃げてきた商人が言ってたよ。先を急ぐのなら、森に入っちまうけど迂回して行く方が安全さ」
二人は仕方なく、元来た道を少し戻ると北へ抜ける山道へと入った。迂回できる道は数か所あるということで、ニケとシオンは、その中でも安全そうな道を確認すると森へと入る薄暗い道に逸れた。
何人か通っていった跡が残されていて、それをたよりに進んでいく。
急ぎの旅でもないのだが、留まるよりは先に進んでしまった方が、森のいざこざから離れられると考えていた。
さすがに森の中だけあって、深い木々が覆い茂って、人の通った痕跡をだいぶ消し去ってしまっていた。
道は獣道のようなもので、細く、木の根が這い、倒木もある。踏まれた跡を注意深く見分けなければ、すぐに迷い込んでしまいそうな雰囲気だった。
シオンは慎重に、痕跡や道を確認しながら進んだ。
「――風の流れが変わった」
シオンのつぶやきに、足元に気を取られていたニケが、くんくんと匂いを嗅ぎながら、雲の動きを目で追った。
さっきまでは晴れていたのだが、雲が多く、流れが速い。
西の方角を確認すると、先ほどまではなかった暗い色をした雲がゆっくりとこちらの方角まで足を伸ばしてきているのが見えた。
「急ごう」
その暗い雲に追いつかれないように、二人は今夜の寝場所を見つけなければならない。大きな木の洞でもいいし、岩がせっつき合っているような場所でもいい。二人は良い場所を探しながら進む。
手ごろな場所が無くて少し森の奥へと入り込みすぎてしまっていたが、ちょうどその時に、ニケは大きな岩の窪みを見つけた。
「シオン、こっち」
呼ばれてシオンが行くと、巨大な風化した岩の足元が大きく窪んでいた。二人でその中へ入ると、中は洞窟になっていて、足音がかなり響いた。
「ここなら問題なさそうだ」
二人は入り口から少し奥の方まで行って、何もいないかを確かめてから、そこで一夜を明かすことにした。
「起きたか……その様子だと、まだ残っているな。これを飲んで」
おはようもままならないニケに、シオンが温かい飲み物を手渡した。独特の香りがして、湯気が目にしみる。
「解毒の薬草入りだ。それを飲んで、しばらくすれば動けるだろう」
それにしても、とシオンはお茶をすするニケに眉毛を上げた。
「そこまで毒に強いとはな。念のため、通常の二倍入れてやっと効いた。身体が小さいから危険かとは思ったが」
「小さくてすみませんね」
ニケがふてくされてそう言うと、シオンはほほ笑んだ。
「ニケは根っからの薬師だな」
「昨日のは腹が立つけど、その言葉は嬉しい」
毒を以て毒を制すとはよく言うが、師匠のまねごとで、ニケはよく毒味していて、そのたびに小さいころにはよく熱を出したり、体調不良に陥っていたのだが、おかげで毒の味は身体が覚えていた。
身体もそれによって免疫がつき、ちょっとやそっとでは毒では死なない。世界中を旅する巡回薬師であれば、それくらいの耐性をつけている方が得だった。
「身体が動くようになったら、薬所へ行こう。昨日の精霊の様子を見て、明日には町を出る」
「え、もう?」
ニケはあまりにもあっさりとイグニスを出て行くので、驚いた。
「昨日の水の精霊もああ言っていたから、こちらにまで被害が来るのは時間の問題だ。早くに距離を置きたい」
それは、シオンの切実な願いだった。
翌日には荷物をまとめて、二人はまた元の度の姿になった。ずっと使わせてもらった小屋はきれいに掃除をし、ニケは買ってきた花を小さな瓶に入れて感謝の意味を込めて卓上に飾った。
とんでもない経験をした上に、マグナはかなり横暴だったが、ニケにとっては悪い町ではなかった。
自分の内側に潜んでいる魔力の恐ろしさを思い出すと、まだ時折肝を冷やしそうになる。それでも、それを薬師として生かすんだとシオンに言われた言葉を胸にしまってニケは頑張ろうと思うのだった。
これから入都する人々を背にして、シオンとニケは鉄の町を発った。
少し歩いてから振り返ると、ちょうど出っ張った手前の山に隠されて、すでにイグニスの町は見えにくくなっている。尖塔アーチ状のマグナが住んでいる重厚な建物群だけが、黒い影となって空にくっきりと姿が見えた。
「ところで、やっぱり消えないか?」
シオンがすこし眉根を寄せてニケに尋ねた。
「うーん、無理っぽそう……」
ニケが腕まくりをすると、そこにはマグナとウルムによってつけられた祝福がくっきりと刻まれていた。
燃え盛る炎を象ったような文様が、ニケのほそっこい白い腕に絡みついていた。
「面倒なものつけやがって、あいつ」
シオンはぶつくさと忌々しそうに吐き捨てた。シオンはマグナとは相性が悪いようだ。ニケはそれを見て笑ってしまった。
陽が高くなってきたときに一度休憩を挟み、それからまた街道を進んだ
「あんた達、この先の村に向かってるのかい?」
そう二人に尋ねてきたのは、街道沿いにあった店のふくよかな女の人で、二人をまじまじと見つめていた。
「あんたたち達、巡回薬師かい? それにしちゃ、ちょっと弱そうだけど。悪いことは言わないから、この先の村には行かないほうがいいよ」
どうして、とニケが目をぱちくりさせる。
「村長の息子が亡くなって、相続争いで親戚同士が抗争中だってさ。まあ、あと数週間すれば治まるって話だって、さっき逃げてきた商人が言ってたよ。先を急ぐのなら、森に入っちまうけど迂回して行く方が安全さ」
二人は仕方なく、元来た道を少し戻ると北へ抜ける山道へと入った。迂回できる道は数か所あるということで、ニケとシオンは、その中でも安全そうな道を確認すると森へと入る薄暗い道に逸れた。
何人か通っていった跡が残されていて、それをたよりに進んでいく。
急ぎの旅でもないのだが、留まるよりは先に進んでしまった方が、森のいざこざから離れられると考えていた。
さすがに森の中だけあって、深い木々が覆い茂って、人の通った痕跡をだいぶ消し去ってしまっていた。
道は獣道のようなもので、細く、木の根が這い、倒木もある。踏まれた跡を注意深く見分けなければ、すぐに迷い込んでしまいそうな雰囲気だった。
シオンは慎重に、痕跡や道を確認しながら進んだ。
「――風の流れが変わった」
シオンのつぶやきに、足元に気を取られていたニケが、くんくんと匂いを嗅ぎながら、雲の動きを目で追った。
さっきまでは晴れていたのだが、雲が多く、流れが速い。
西の方角を確認すると、先ほどまではなかった暗い色をした雲がゆっくりとこちらの方角まで足を伸ばしてきているのが見えた。
「急ごう」
その暗い雲に追いつかれないように、二人は今夜の寝場所を見つけなければならない。大きな木の洞でもいいし、岩がせっつき合っているような場所でもいい。二人は良い場所を探しながら進む。
手ごろな場所が無くて少し森の奥へと入り込みすぎてしまっていたが、ちょうどその時に、ニケは大きな岩の窪みを見つけた。
「シオン、こっち」
呼ばれてシオンが行くと、巨大な風化した岩の足元が大きく窪んでいた。二人でその中へ入ると、中は洞窟になっていて、足音がかなり響いた。
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