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第3章 魔導競技大会
第25話 伝聞師
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イグニスで旅の足を止めてから、一週間をとうに過ぎた。
雨の日は無理に出かけることをせず、二人で狭い小屋で勉強と復習をし、晴れていれば足りなくなった薬草を調達したり、道中で採取した高く売れる薬草などを換金したりした。
ニケが故郷の町を出てほんの数週間しか経っていないのだが、その成長は目覚ましいものがあった。時たまシオンの肝を冷やすような間違いを平気な顔をして言うのだが、その時たま以外はかなり成長していた。
――これなら、一人前になるまでもう少しだ。
シオンもニケの才覚には一目置いた。精霊学、薬草学、精霊疫学と言った基礎知識は勿論ニケの頭に叩き込まれている。他にも、巡回薬師である師匠と旅をしていたことが功を奏して、応用力にも長けていた。
実践さえ積んでいけば、間違いなく薬師になれるとシオンは心の底から感じていた。
夜になると日記をつける習慣があるニケは、それを書きながら寝てしまうこともあり、それをシオンが起こしたのは一度や二度ではない。
その日の夜は、揺り動かしても起きないニケをシオンが抱きかかえてソファに運ぶと、布団をかけた時に目をうっすらとニケは開けた。
「精霊の匂い……」
ニケは寝ぼけまなこでつぶやいてシオンを見上げた。
「やっぱり、シオンって木の精霊と同じ匂いがする。なんでだろう?」
「薬草の匂いが身体にでもしみ込んでいるんだろう。さあ、早く寝て。明日も情報集めだ」
おやすみ、と目を閉じると、ニケはそのまま深い眠りについた。シオンはその横顔をしばらく見つめてから、ランプの明かりを消した。
翌日、小屋を下った先の左手にある時計広場へ二人が向かうと、そこはいつもと違う空気感で賑わっていた。
人だかりができていたので近寄って見てみると、中肉中背のいかにも旅人風情の男が大げさな身振り手振りで話をしている――伝聞師だ。
その男のくるくる変わる表情を見ながら、シオンは数秒間固まった。
「……ハミル?」
「あれ、そのきれいな顔に、北部地方の民族衣装。やっぱりシオンだ!」
一人芝居を終えて、大量の拍手喝采と共に目の前に置いた帽子に入りきらないほどの札束や小銭を溢れかえらせて、ハミルはシオンに手を振った。
思わず気が緩んでしまうような人懐っこい笑みを顔にたたえて、地面に散らばった小銭を拾い集め始める。ニケもそれを手伝った。
「シオンもこの町に来ていたんだね。あれ、その子は? もしかして娘?」
「どう見ても違うだろう。一緒に旅をしている、薬師の見習いだ」
相変わらずの軽口にシオンは眉根を寄せながらも、それほど嫌そうな顔をしていない。
ハミルがあいさつ代わりに伸ばした手にニケが触れると、その手を引っ張られて手の甲に口づけされた。
「わっ!」
驚いて手を引っ込めると、そのニケの反応に、はははと気持ちの良い笑い声をハミルは響かせた。
「この辺りではこうやって挨拶するんだよ」
「ごめんなさい、慣れて無くて」
ニケがしどろもどろになっていると、シオンがニケの頭に手を乗せる。すると、不思議と気持ちが落ち着いた。
「君の故郷の挨拶は、どうやるんだい?」
ハミルがそう尋ねてきたので、ニケは額の前で左手のこぶしを握り、右手でそれを包むようにして、少し頭を下げた。
「その仕草だと、ここよりかなり北東の方だね。とても珍しい挨拶だから、少数民族の生まれかな? それは驚かせてすまない」
ハミルはニケに同じように挨拶を返してから、お金をすべて拾い上げて、残りがないかを確認すると立ち上がる。
「せっかくだし、ちょっとお茶しようよ。二人とも時間あるでしょ?」
ハミルの笑顔につられて、ニケとシオンは近くにあった店に入った。
さすがにフードを取らないとおかしいだろうと思ったニケは、行く前にはダダをこねたのだが、今日は頭に布を巻いて来て大正解だとシオンに感謝した。
その布のおかげで、ニケの白髪《はくはつ》が全く目立たず、さらに言えば、長身のシオンの美しい顔にばかりみな目が行くので、小さいニケに気づくものの方が圧倒的に少なかった。
「相変わらずの美男子っぷりで」
ハミルまでシオンをからかうが、シオンは冗談じゃないと顔をしかめた。飲み物を三つ頼むと、店の奥の目立たない席へと向かった。
「いや、一仕事終えた後はどうも疲れちゃってね、最近はげっそりしちゃうよ」
温かいお茶に、いくつもの砂糖を入れながらハミルがかき混ぜて口へと運んだ。
「あんな大声で身振り手振りをすれば、伝聞師じゃなくとも疲れるだろう」
「慣れているんだけどね、初日はやっぱり気合が入り過ぎちゃって、すーぐこれだよ」
初日ということは、ハミルは今日イグニスに入ってきたところということだった。
伝聞師という職業は、国や村々を回遊魚のように回り、その地で起こっている出来事を芝居がかった演技で人々を集めて伝える。
いわば、一人芝居小屋のようなものだが、重大な事件やいち早い情報を伝える役割も担っているため、大変に重宝される存在だった。
伝聞師同士が持つ情報網は一国のもつ情報網を遥かに凌ぐとされ、彼らが束になって何かを伝えようとすれば、数日とかからずそれを大陸中の隅々にまで広めることができるとさえ言われている。
そんな伝聞師のハミルが、甘いお茶に舌をとろけさせながら、顔を曇らせた。
「そういえば、ここから数日行った先の森で、人と精霊が衝突しそうだ。つい、数日前の知らせだよ」
そのハミルの落ち着いた声に、シオンは渋い顔をして、ニケは声を喉で詰まらせた。
「全く、嫌な話だ」
ハミルは心底あきれたように、肩を落とした。
雨の日は無理に出かけることをせず、二人で狭い小屋で勉強と復習をし、晴れていれば足りなくなった薬草を調達したり、道中で採取した高く売れる薬草などを換金したりした。
ニケが故郷の町を出てほんの数週間しか経っていないのだが、その成長は目覚ましいものがあった。時たまシオンの肝を冷やすような間違いを平気な顔をして言うのだが、その時たま以外はかなり成長していた。
――これなら、一人前になるまでもう少しだ。
シオンもニケの才覚には一目置いた。精霊学、薬草学、精霊疫学と言った基礎知識は勿論ニケの頭に叩き込まれている。他にも、巡回薬師である師匠と旅をしていたことが功を奏して、応用力にも長けていた。
実践さえ積んでいけば、間違いなく薬師になれるとシオンは心の底から感じていた。
夜になると日記をつける習慣があるニケは、それを書きながら寝てしまうこともあり、それをシオンが起こしたのは一度や二度ではない。
その日の夜は、揺り動かしても起きないニケをシオンが抱きかかえてソファに運ぶと、布団をかけた時に目をうっすらとニケは開けた。
「精霊の匂い……」
ニケは寝ぼけまなこでつぶやいてシオンを見上げた。
「やっぱり、シオンって木の精霊と同じ匂いがする。なんでだろう?」
「薬草の匂いが身体にでもしみ込んでいるんだろう。さあ、早く寝て。明日も情報集めだ」
おやすみ、と目を閉じると、ニケはそのまま深い眠りについた。シオンはその横顔をしばらく見つめてから、ランプの明かりを消した。
翌日、小屋を下った先の左手にある時計広場へ二人が向かうと、そこはいつもと違う空気感で賑わっていた。
人だかりができていたので近寄って見てみると、中肉中背のいかにも旅人風情の男が大げさな身振り手振りで話をしている――伝聞師だ。
その男のくるくる変わる表情を見ながら、シオンは数秒間固まった。
「……ハミル?」
「あれ、そのきれいな顔に、北部地方の民族衣装。やっぱりシオンだ!」
一人芝居を終えて、大量の拍手喝采と共に目の前に置いた帽子に入りきらないほどの札束や小銭を溢れかえらせて、ハミルはシオンに手を振った。
思わず気が緩んでしまうような人懐っこい笑みを顔にたたえて、地面に散らばった小銭を拾い集め始める。ニケもそれを手伝った。
「シオンもこの町に来ていたんだね。あれ、その子は? もしかして娘?」
「どう見ても違うだろう。一緒に旅をしている、薬師の見習いだ」
相変わらずの軽口にシオンは眉根を寄せながらも、それほど嫌そうな顔をしていない。
ハミルがあいさつ代わりに伸ばした手にニケが触れると、その手を引っ張られて手の甲に口づけされた。
「わっ!」
驚いて手を引っ込めると、そのニケの反応に、はははと気持ちの良い笑い声をハミルは響かせた。
「この辺りではこうやって挨拶するんだよ」
「ごめんなさい、慣れて無くて」
ニケがしどろもどろになっていると、シオンがニケの頭に手を乗せる。すると、不思議と気持ちが落ち着いた。
「君の故郷の挨拶は、どうやるんだい?」
ハミルがそう尋ねてきたので、ニケは額の前で左手のこぶしを握り、右手でそれを包むようにして、少し頭を下げた。
「その仕草だと、ここよりかなり北東の方だね。とても珍しい挨拶だから、少数民族の生まれかな? それは驚かせてすまない」
ハミルはニケに同じように挨拶を返してから、お金をすべて拾い上げて、残りがないかを確認すると立ち上がる。
「せっかくだし、ちょっとお茶しようよ。二人とも時間あるでしょ?」
ハミルの笑顔につられて、ニケとシオンは近くにあった店に入った。
さすがにフードを取らないとおかしいだろうと思ったニケは、行く前にはダダをこねたのだが、今日は頭に布を巻いて来て大正解だとシオンに感謝した。
その布のおかげで、ニケの白髪《はくはつ》が全く目立たず、さらに言えば、長身のシオンの美しい顔にばかりみな目が行くので、小さいニケに気づくものの方が圧倒的に少なかった。
「相変わらずの美男子っぷりで」
ハミルまでシオンをからかうが、シオンは冗談じゃないと顔をしかめた。飲み物を三つ頼むと、店の奥の目立たない席へと向かった。
「いや、一仕事終えた後はどうも疲れちゃってね、最近はげっそりしちゃうよ」
温かいお茶に、いくつもの砂糖を入れながらハミルがかき混ぜて口へと運んだ。
「あんな大声で身振り手振りをすれば、伝聞師じゃなくとも疲れるだろう」
「慣れているんだけどね、初日はやっぱり気合が入り過ぎちゃって、すーぐこれだよ」
初日ということは、ハミルは今日イグニスに入ってきたところということだった。
伝聞師という職業は、国や村々を回遊魚のように回り、その地で起こっている出来事を芝居がかった演技で人々を集めて伝える。
いわば、一人芝居小屋のようなものだが、重大な事件やいち早い情報を伝える役割も担っているため、大変に重宝される存在だった。
伝聞師同士が持つ情報網は一国のもつ情報網を遥かに凌ぐとされ、彼らが束になって何かを伝えようとすれば、数日とかからずそれを大陸中の隅々にまで広めることができるとさえ言われている。
そんな伝聞師のハミルが、甘いお茶に舌をとろけさせながら、顔を曇らせた。
「そういえば、ここから数日行った先の森で、人と精霊が衝突しそうだ。つい、数日前の知らせだよ」
そのハミルの落ち着いた声に、シオンは渋い顔をして、ニケは声を喉で詰まらせた。
「全く、嫌な話だ」
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