27 / 43
第3章 魔導競技大会
第24話 イグニス
しおりを挟む
ニケはあれほどの炎を出したというのに、全く疲れていないようで、すぐにいつもの調子になった。競技場を燃やしたその日においては、マグナの言う通り町中が大騒ぎになっていたために、ニケは外出できないまま過ごした。
二日目以降になると、マグナが騒ぐなと言ったらしく、しかも、すぐにウルムと共に競技場の修復に取り掛かったということで、騒ぎはだいぶ収まっていた。
幸い、ニケの炎で大きな怪我をしたという人はいないらしく、出場者の少年も軽いやけどで済んだということだった。
シオンが町と小屋とを行き来しながらそんな情報を手に入れて、夕方になると一着のフード付きのローブを持って帰ってきた。
「あいにく子ども用しかなくて」
すまなそうな顔をされて、ニケは喜んでいた気持ちが下火になった。ニケは十四歳の割には小さくて、他の子と並ぶとどうしても幼く見えてしまう。
シオンも他の大人より頭一つ分大きいかなりの長身のため、並ぶとその差は歴然としていた。
「ありがとう……大人用だと引きずっちゃうもんね」
シオンから受け取ったそれをかぶると、いい具合に髪の毛が隠れた。丈は子ども用なので短いが、歩きやすくて良かったのでニケはすぐに気に入った。
「これなら、明日からは町に出てもいい?」
「あんまり派手に動くなよ」
ニケはそれに笑顔で返事をする。さすがに、この狭い小屋に一日半もいると、気が滅入ってしまいそうだった。
翌日、出かける間際になって、シオンが念のためだと言ってニケの頭に布を巻きつけた。
「そんなに、目立つ?」
それにシオンは答えずに、ニケの頭にフードをかぶせると「行こう」と戸口を開けた。ニケは少々不安になったのだが、数日前に確実にシオンを困らせたのは自分だったので、大人しく後に続いた。
それに加えて、どさくさに紛れてシオンに抱きついてしまったことを、思い出すだけで恥ずかしかった。それを振り払って、ニケは歩き出す。
自分の足で歩きながら見るイグニスの町は、素晴らしいものだった。
固い岩山の地肌に馴染むように、それを活かして造られた壮大な建物群、岩肌をくりぬいて造られた住居区域があり、裾野に広がる城下町では、山から切り出してきた岩と鋳造した鉄とをうまく使って町自体が芸術作品とも呼べる雰囲気だった。
それは、ルーメリアとはまた違う壮大さで、金の精霊のウルムは精霊樹に宿る精霊ではなく、この辺一帯の鉱山に含まれる金属の脈に宿っていた。
町のあちこちには、鉄や銅で造られた置物が設置され、家々の基礎の部分は木ではなくて鉄があしらわれている。そこを伝って、金の精霊たちが出入りしているのだった。
「ねえ、シオン。マグナって、横暴だったけど、すごい人なのかもしれないね」
町の様子に感嘆しながらニケがそう言うと、シオンは深くうなずいた。
「あの精霊が根は善い奴だと言ったのだから、悪い人間ではない。そもそも、力に溺れる魔導士であれば、ここまで精霊と人とをうまく共存させて発展させることはできない」
マグナの言う、魔導士には魔導士なりのやりがいとは、こういうことなのだろうとニケは感心した。行きかう町の人々の目には活力があり、町は隅々まで賑やかだ。
世界に誇れる魔導士が治める町に住む人々の、優越感や矜持のようなものをニケは感じていた。それは決して悪い意味ではなく、人々がイグニスという国によって団結していることを示していた。
「魔導士に、興味が湧いたか?」
シオンがいたずらっぽく尋ねてきて、ニケは頭を振った。
「すごいなとは思うけど、じゃあそうなりたいかって言われたら、そうじゃないの」
確かに、この町は素晴らしかった。それはルーメリアも同じで、きちんとした力と才能がある人物が治めるということの重要さがここにあった。
「私にこれができるかって言われたら、たぶんできない。いくら魔力が強くたって、魔導士の素質があるからって、国を治める力はまた別の才能だと思う」
二人は薬草を扱っている店までゆっくりと歩きながら、駆け出していく子どもたちを横目に、前を歩いている放し飼いの飼い犬の後を追いかける形で向かっていた。
「人には得手不得手があるからな。あとは、環境も大きい。ニケが小さい時から巡回薬師の師匠と共に旅をしていて、ずっとその現場を知っていたのなら、そこから受ける影響は多大だ」
ずっと憧れで、片時も離れずに見てきた師匠。その師匠と同じ道を歩いている充実感に、ニケの胸が張り裂けそうなくらいに高鳴った。
(――少しでも近づきたい)
精霊を見るあの優しい瞳。晩年は魔力が減少して、鏡越しでしか診られないこともあったが、それでも確かに腕は一流だった。
師匠が救った人と精霊の数は、数えきれないくらいに多い。
治療をするその姿は神秘的で、人と精霊を繋ぐ役目を担っている師匠がニケにとっては誇らしく、師匠が父親代わりで良かったと思わない日はなかった。
「実践さえしていけば、ニケだってすぐに一人前になれる。すでに基礎は整っているんだからな。それは、師匠のおかげでもあり、ニケが勉強を怠らなかった努力の賜物だ。ニケ、自分が薬師であることに誇りを持て」
シオンはまっすぐ前を向いて、イグニスの町を眺めた。
「薬師は精霊と人とを繋ぎ止める、最後の砦だ」
だから、シオンも薬師になった。人と精霊の均衡を保つために。
「だから、早く〈竜の患い熱〉の治療法を探さないと」
シオンのつぶやきは、横をすり抜けて行く子どもたちの無邪気な笑い声にかき消されて、ニケには聞こえなかった。
二日目以降になると、マグナが騒ぐなと言ったらしく、しかも、すぐにウルムと共に競技場の修復に取り掛かったということで、騒ぎはだいぶ収まっていた。
幸い、ニケの炎で大きな怪我をしたという人はいないらしく、出場者の少年も軽いやけどで済んだということだった。
シオンが町と小屋とを行き来しながらそんな情報を手に入れて、夕方になると一着のフード付きのローブを持って帰ってきた。
「あいにく子ども用しかなくて」
すまなそうな顔をされて、ニケは喜んでいた気持ちが下火になった。ニケは十四歳の割には小さくて、他の子と並ぶとどうしても幼く見えてしまう。
シオンも他の大人より頭一つ分大きいかなりの長身のため、並ぶとその差は歴然としていた。
「ありがとう……大人用だと引きずっちゃうもんね」
シオンから受け取ったそれをかぶると、いい具合に髪の毛が隠れた。丈は子ども用なので短いが、歩きやすくて良かったのでニケはすぐに気に入った。
「これなら、明日からは町に出てもいい?」
「あんまり派手に動くなよ」
ニケはそれに笑顔で返事をする。さすがに、この狭い小屋に一日半もいると、気が滅入ってしまいそうだった。
翌日、出かける間際になって、シオンが念のためだと言ってニケの頭に布を巻きつけた。
「そんなに、目立つ?」
それにシオンは答えずに、ニケの頭にフードをかぶせると「行こう」と戸口を開けた。ニケは少々不安になったのだが、数日前に確実にシオンを困らせたのは自分だったので、大人しく後に続いた。
それに加えて、どさくさに紛れてシオンに抱きついてしまったことを、思い出すだけで恥ずかしかった。それを振り払って、ニケは歩き出す。
自分の足で歩きながら見るイグニスの町は、素晴らしいものだった。
固い岩山の地肌に馴染むように、それを活かして造られた壮大な建物群、岩肌をくりぬいて造られた住居区域があり、裾野に広がる城下町では、山から切り出してきた岩と鋳造した鉄とをうまく使って町自体が芸術作品とも呼べる雰囲気だった。
それは、ルーメリアとはまた違う壮大さで、金の精霊のウルムは精霊樹に宿る精霊ではなく、この辺一帯の鉱山に含まれる金属の脈に宿っていた。
町のあちこちには、鉄や銅で造られた置物が設置され、家々の基礎の部分は木ではなくて鉄があしらわれている。そこを伝って、金の精霊たちが出入りしているのだった。
「ねえ、シオン。マグナって、横暴だったけど、すごい人なのかもしれないね」
町の様子に感嘆しながらニケがそう言うと、シオンは深くうなずいた。
「あの精霊が根は善い奴だと言ったのだから、悪い人間ではない。そもそも、力に溺れる魔導士であれば、ここまで精霊と人とをうまく共存させて発展させることはできない」
マグナの言う、魔導士には魔導士なりのやりがいとは、こういうことなのだろうとニケは感心した。行きかう町の人々の目には活力があり、町は隅々まで賑やかだ。
世界に誇れる魔導士が治める町に住む人々の、優越感や矜持のようなものをニケは感じていた。それは決して悪い意味ではなく、人々がイグニスという国によって団結していることを示していた。
「魔導士に、興味が湧いたか?」
シオンがいたずらっぽく尋ねてきて、ニケは頭を振った。
「すごいなとは思うけど、じゃあそうなりたいかって言われたら、そうじゃないの」
確かに、この町は素晴らしかった。それはルーメリアも同じで、きちんとした力と才能がある人物が治めるということの重要さがここにあった。
「私にこれができるかって言われたら、たぶんできない。いくら魔力が強くたって、魔導士の素質があるからって、国を治める力はまた別の才能だと思う」
二人は薬草を扱っている店までゆっくりと歩きながら、駆け出していく子どもたちを横目に、前を歩いている放し飼いの飼い犬の後を追いかける形で向かっていた。
「人には得手不得手があるからな。あとは、環境も大きい。ニケが小さい時から巡回薬師の師匠と共に旅をしていて、ずっとその現場を知っていたのなら、そこから受ける影響は多大だ」
ずっと憧れで、片時も離れずに見てきた師匠。その師匠と同じ道を歩いている充実感に、ニケの胸が張り裂けそうなくらいに高鳴った。
(――少しでも近づきたい)
精霊を見るあの優しい瞳。晩年は魔力が減少して、鏡越しでしか診られないこともあったが、それでも確かに腕は一流だった。
師匠が救った人と精霊の数は、数えきれないくらいに多い。
治療をするその姿は神秘的で、人と精霊を繋ぐ役目を担っている師匠がニケにとっては誇らしく、師匠が父親代わりで良かったと思わない日はなかった。
「実践さえしていけば、ニケだってすぐに一人前になれる。すでに基礎は整っているんだからな。それは、師匠のおかげでもあり、ニケが勉強を怠らなかった努力の賜物だ。ニケ、自分が薬師であることに誇りを持て」
シオンはまっすぐ前を向いて、イグニスの町を眺めた。
「薬師は精霊と人とを繋ぎ止める、最後の砦だ」
だから、シオンも薬師になった。人と精霊の均衡を保つために。
「だから、早く〈竜の患い熱〉の治療法を探さないと」
シオンのつぶやきは、横をすり抜けて行く子どもたちの無邪気な笑い声にかき消されて、ニケには聞こえなかった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

王女、豹妃を狩る
遠野エン
ファンタジー
ベルハイム王国の王子マルセスは身分の差を超えて農家の娘ガルナと結婚を決意。王家からは驚きと反対の声が上がるが、マルセスはガルナの自由闊達な魅力に惹かれ押し切る。彼女は結婚式で大胆不敵な豹柄のドレスをまとい、周囲をあ然とさせる。
ガルナは王子の妻としての地位を得ると、侍女や家臣たちを手の平で転がすかのように振る舞い始める。王宮に新しい風を吹かせると豪語し、次第に無茶な要求をし出すようになる。
マルセスの妹・フュリア王女はガルナの存在に潜む危険を察知し、独自に調査を開始する。ガルナは常に豹柄の服を身にまとい人々の視線を引きつけ、畏怖の念を込めて“豹妃”というあだ名で囁かれるのだった。
完結【清】ご都合主義で生きてます。-空間を切り取り、思ったものを創り出す。これで異世界は楽勝です-
ジェルミ
ファンタジー
社畜の村野玲奈(むらの れな)は23歳で過労死をした。
第二の人生を女神代行に誘われ異世界に転移する。
スキルは剣豪、大魔導士を提案されるが、転移してみないと役に立つのか分からない。
迷っていると想像したことを実現できる『創生魔法』を提案される。
空間を切り取り収納できる『空間魔法』。
思ったものを創り出すことができ『創生魔法』。
少女は冒険者として覇道を歩むのか、それとも魔道具師としてひっそり生きるのか?
『創生魔法』で便利な物を創り富を得ていく少女の物語。
物語はまったり、のんびりと進みます。
※カクヨム様にも掲載中です。

【完結】転生したらもふもふだった。クマ獣人の王子は前世の婚約者を見つけだし今度こそ幸せになりたい。
金峯蓮華
ファンタジー
デーニッツ王国の王太子リオネルは魅了の魔法にかけられ、婚約者カナリアを断罪し処刑した。
デーニッツ王国はジンメル王国に攻め込まれ滅ぼされ、リオネルも亡くなってしまう。
天に上る前に神様と出会い、魅了が解けたリオネルは神様のお情けで転生することになった。
そして転生した先はクマ獣人の国、アウラー王国の王子。どこから見ても立派なもふもふの黒いクマだった。
リオネルはリオンハルトとして仲間達と魔獣退治をしながら婚約者のカナリアを探す。
しかし、仲間のツェツィーの姉、アマーリアがカナリアかもしれないと気になっている。
さて、カナリアは見つかるのか?
アマーリアはカナリアなのか?
緩い世界の緩いお話です。
独自の異世界の話です。
初めて次世代ファンタジーカップにエントリーします。
応援してもらえると嬉しいです。
よろしくお願いします。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。
【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。
だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。
互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。
ハッピーエンド
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/03/02……完結
2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位
2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位
2023/12/19……連載開始
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる