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第3章 魔導競技大会
第24話 イグニス
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ニケはあれほどの炎を出したというのに、全く疲れていないようで、すぐにいつもの調子になった。競技場を燃やしたその日においては、マグナの言う通り町中が大騒ぎになっていたために、ニケは外出できないまま過ごした。
二日目以降になると、マグナが騒ぐなと言ったらしく、しかも、すぐにウルムと共に競技場の修復に取り掛かったということで、騒ぎはだいぶ収まっていた。
幸い、ニケの炎で大きな怪我をしたという人はいないらしく、出場者の少年も軽いやけどで済んだということだった。
シオンが町と小屋とを行き来しながらそんな情報を手に入れて、夕方になると一着のフード付きのローブを持って帰ってきた。
「あいにく子ども用しかなくて」
すまなそうな顔をされて、ニケは喜んでいた気持ちが下火になった。ニケは十四歳の割には小さくて、他の子と並ぶとどうしても幼く見えてしまう。
シオンも他の大人より頭一つ分大きいかなりの長身のため、並ぶとその差は歴然としていた。
「ありがとう……大人用だと引きずっちゃうもんね」
シオンから受け取ったそれをかぶると、いい具合に髪の毛が隠れた。丈は子ども用なので短いが、歩きやすくて良かったのでニケはすぐに気に入った。
「これなら、明日からは町に出てもいい?」
「あんまり派手に動くなよ」
ニケはそれに笑顔で返事をする。さすがに、この狭い小屋に一日半もいると、気が滅入ってしまいそうだった。
翌日、出かける間際になって、シオンが念のためだと言ってニケの頭に布を巻きつけた。
「そんなに、目立つ?」
それにシオンは答えずに、ニケの頭にフードをかぶせると「行こう」と戸口を開けた。ニケは少々不安になったのだが、数日前に確実にシオンを困らせたのは自分だったので、大人しく後に続いた。
それに加えて、どさくさに紛れてシオンに抱きついてしまったことを、思い出すだけで恥ずかしかった。それを振り払って、ニケは歩き出す。
自分の足で歩きながら見るイグニスの町は、素晴らしいものだった。
固い岩山の地肌に馴染むように、それを活かして造られた壮大な建物群、岩肌をくりぬいて造られた住居区域があり、裾野に広がる城下町では、山から切り出してきた岩と鋳造した鉄とをうまく使って町自体が芸術作品とも呼べる雰囲気だった。
それは、ルーメリアとはまた違う壮大さで、金の精霊のウルムは精霊樹に宿る精霊ではなく、この辺一帯の鉱山に含まれる金属の脈に宿っていた。
町のあちこちには、鉄や銅で造られた置物が設置され、家々の基礎の部分は木ではなくて鉄があしらわれている。そこを伝って、金の精霊たちが出入りしているのだった。
「ねえ、シオン。マグナって、横暴だったけど、すごい人なのかもしれないね」
町の様子に感嘆しながらニケがそう言うと、シオンは深くうなずいた。
「あの精霊が根は善い奴だと言ったのだから、悪い人間ではない。そもそも、力に溺れる魔導士であれば、ここまで精霊と人とをうまく共存させて発展させることはできない」
マグナの言う、魔導士には魔導士なりのやりがいとは、こういうことなのだろうとニケは感心した。行きかう町の人々の目には活力があり、町は隅々まで賑やかだ。
世界に誇れる魔導士が治める町に住む人々の、優越感や矜持のようなものをニケは感じていた。それは決して悪い意味ではなく、人々がイグニスという国によって団結していることを示していた。
「魔導士に、興味が湧いたか?」
シオンがいたずらっぽく尋ねてきて、ニケは頭を振った。
「すごいなとは思うけど、じゃあそうなりたいかって言われたら、そうじゃないの」
確かに、この町は素晴らしかった。それはルーメリアも同じで、きちんとした力と才能がある人物が治めるということの重要さがここにあった。
「私にこれができるかって言われたら、たぶんできない。いくら魔力が強くたって、魔導士の素質があるからって、国を治める力はまた別の才能だと思う」
二人は薬草を扱っている店までゆっくりと歩きながら、駆け出していく子どもたちを横目に、前を歩いている放し飼いの飼い犬の後を追いかける形で向かっていた。
「人には得手不得手があるからな。あとは、環境も大きい。ニケが小さい時から巡回薬師の師匠と共に旅をしていて、ずっとその現場を知っていたのなら、そこから受ける影響は多大だ」
ずっと憧れで、片時も離れずに見てきた師匠。その師匠と同じ道を歩いている充実感に、ニケの胸が張り裂けそうなくらいに高鳴った。
(――少しでも近づきたい)
精霊を見るあの優しい瞳。晩年は魔力が減少して、鏡越しでしか診られないこともあったが、それでも確かに腕は一流だった。
師匠が救った人と精霊の数は、数えきれないくらいに多い。
治療をするその姿は神秘的で、人と精霊を繋ぐ役目を担っている師匠がニケにとっては誇らしく、師匠が父親代わりで良かったと思わない日はなかった。
「実践さえしていけば、ニケだってすぐに一人前になれる。すでに基礎は整っているんだからな。それは、師匠のおかげでもあり、ニケが勉強を怠らなかった努力の賜物だ。ニケ、自分が薬師であることに誇りを持て」
シオンはまっすぐ前を向いて、イグニスの町を眺めた。
「薬師は精霊と人とを繋ぎ止める、最後の砦だ」
だから、シオンも薬師になった。人と精霊の均衡を保つために。
「だから、早く〈竜の患い熱〉の治療法を探さないと」
シオンのつぶやきは、横をすり抜けて行く子どもたちの無邪気な笑い声にかき消されて、ニケには聞こえなかった。
二日目以降になると、マグナが騒ぐなと言ったらしく、しかも、すぐにウルムと共に競技場の修復に取り掛かったということで、騒ぎはだいぶ収まっていた。
幸い、ニケの炎で大きな怪我をしたという人はいないらしく、出場者の少年も軽いやけどで済んだということだった。
シオンが町と小屋とを行き来しながらそんな情報を手に入れて、夕方になると一着のフード付きのローブを持って帰ってきた。
「あいにく子ども用しかなくて」
すまなそうな顔をされて、ニケは喜んでいた気持ちが下火になった。ニケは十四歳の割には小さくて、他の子と並ぶとどうしても幼く見えてしまう。
シオンも他の大人より頭一つ分大きいかなりの長身のため、並ぶとその差は歴然としていた。
「ありがとう……大人用だと引きずっちゃうもんね」
シオンから受け取ったそれをかぶると、いい具合に髪の毛が隠れた。丈は子ども用なので短いが、歩きやすくて良かったのでニケはすぐに気に入った。
「これなら、明日からは町に出てもいい?」
「あんまり派手に動くなよ」
ニケはそれに笑顔で返事をする。さすがに、この狭い小屋に一日半もいると、気が滅入ってしまいそうだった。
翌日、出かける間際になって、シオンが念のためだと言ってニケの頭に布を巻きつけた。
「そんなに、目立つ?」
それにシオンは答えずに、ニケの頭にフードをかぶせると「行こう」と戸口を開けた。ニケは少々不安になったのだが、数日前に確実にシオンを困らせたのは自分だったので、大人しく後に続いた。
それに加えて、どさくさに紛れてシオンに抱きついてしまったことを、思い出すだけで恥ずかしかった。それを振り払って、ニケは歩き出す。
自分の足で歩きながら見るイグニスの町は、素晴らしいものだった。
固い岩山の地肌に馴染むように、それを活かして造られた壮大な建物群、岩肌をくりぬいて造られた住居区域があり、裾野に広がる城下町では、山から切り出してきた岩と鋳造した鉄とをうまく使って町自体が芸術作品とも呼べる雰囲気だった。
それは、ルーメリアとはまた違う壮大さで、金の精霊のウルムは精霊樹に宿る精霊ではなく、この辺一帯の鉱山に含まれる金属の脈に宿っていた。
町のあちこちには、鉄や銅で造られた置物が設置され、家々の基礎の部分は木ではなくて鉄があしらわれている。そこを伝って、金の精霊たちが出入りしているのだった。
「ねえ、シオン。マグナって、横暴だったけど、すごい人なのかもしれないね」
町の様子に感嘆しながらニケがそう言うと、シオンは深くうなずいた。
「あの精霊が根は善い奴だと言ったのだから、悪い人間ではない。そもそも、力に溺れる魔導士であれば、ここまで精霊と人とをうまく共存させて発展させることはできない」
マグナの言う、魔導士には魔導士なりのやりがいとは、こういうことなのだろうとニケは感心した。行きかう町の人々の目には活力があり、町は隅々まで賑やかだ。
世界に誇れる魔導士が治める町に住む人々の、優越感や矜持のようなものをニケは感じていた。それは決して悪い意味ではなく、人々がイグニスという国によって団結していることを示していた。
「魔導士に、興味が湧いたか?」
シオンがいたずらっぽく尋ねてきて、ニケは頭を振った。
「すごいなとは思うけど、じゃあそうなりたいかって言われたら、そうじゃないの」
確かに、この町は素晴らしかった。それはルーメリアも同じで、きちんとした力と才能がある人物が治めるということの重要さがここにあった。
「私にこれができるかって言われたら、たぶんできない。いくら魔力が強くたって、魔導士の素質があるからって、国を治める力はまた別の才能だと思う」
二人は薬草を扱っている店までゆっくりと歩きながら、駆け出していく子どもたちを横目に、前を歩いている放し飼いの飼い犬の後を追いかける形で向かっていた。
「人には得手不得手があるからな。あとは、環境も大きい。ニケが小さい時から巡回薬師の師匠と共に旅をしていて、ずっとその現場を知っていたのなら、そこから受ける影響は多大だ」
ずっと憧れで、片時も離れずに見てきた師匠。その師匠と同じ道を歩いている充実感に、ニケの胸が張り裂けそうなくらいに高鳴った。
(――少しでも近づきたい)
精霊を見るあの優しい瞳。晩年は魔力が減少して、鏡越しでしか診られないこともあったが、それでも確かに腕は一流だった。
師匠が救った人と精霊の数は、数えきれないくらいに多い。
治療をするその姿は神秘的で、人と精霊を繋ぐ役目を担っている師匠がニケにとっては誇らしく、師匠が父親代わりで良かったと思わない日はなかった。
「実践さえしていけば、ニケだってすぐに一人前になれる。すでに基礎は整っているんだからな。それは、師匠のおかげでもあり、ニケが勉強を怠らなかった努力の賜物だ。ニケ、自分が薬師であることに誇りを持て」
シオンはまっすぐ前を向いて、イグニスの町を眺めた。
「薬師は精霊と人とを繋ぎ止める、最後の砦だ」
だから、シオンも薬師になった。人と精霊の均衡を保つために。
「だから、早く〈竜の患い熱〉の治療法を探さないと」
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