薬師のニケと精霊の王

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
14 / 43
第2章 光の都

第11話 光の都

しおりを挟む
 数年ぶりに町から出たニケには、その風景は新鮮なものだった。

 野原の奥に続く青黒くそびえる山々。粉砂糖をかけられたように山肌には雪が積もり、山頂は雲を突き抜けている。

 煉瓦で舗装された道ではなく、大地を踏みしめながら歩く感覚――。

 森からはうっすらとした冷気が漂い、生き物たちがガサゴソと動いているのが時たま見えた。

 ニケが住んでいた町から、歩いて一日で、次の小さな町に着く。それからさらに四日歩くと、〈光の都みかりのみやこ〉と呼ばれる大きな町があった。

 町といっても、国と呼んでいないだけであって、国と同じ規模の自治権を持つ。

 大陸中には様々な都や町や小国家が点在しているが、それぞれ独自の自治権を持っているのは、精霊と人との関りがあるからだった。

 その土地の精霊と密着して生活し、その魔力の恩恵によって土地の環境や均衡を保っているため、国土をむやみやたらと広げるということはできない。

 侵略すれば、必ず精霊と人との争いが起こり、それによって周辺一帯の均衡が崩れてしまう。その影響がどこまであるかは、人にも精霊にも分からない。

 そのため、大国家と言われるような国は存在しておらず、それに当たる都が国と同程度かそれ以上の権力や支配力を持っていた。

 もちろん、そういった都には、巨大な力を持つ精霊や、優れた魔導士まどうしや王が居なくては成り立たない。

「その都は、光の魔導士が治めている場所だ。このあたり一帯で、一番大きな精霊樹せいれいじゅを持つと言われている」

 故郷の町から歩くこと丸五日。ニケは、歩きづめで夕方になると棒のようになってしまう足に、自作の湿布を張りながらその日も歩いていた。

 シオンは歩くのには慣れているようで、ニケの様子を見ながら歩調を合わせていた。

「光の、魔導士まどうし?」

「魔力に属性と言われる性格があるのは知っているな?」

 それにニケはうなずいた。それは、この世界では常識であり、魔力が無かったとしても、知らない人間はいない。

「火、水、風、土、金、木、光、闇だよね?」

「そうだ。そして、膨大な魔力を持ち、その魔力の応用である魔導まどうを扱える者を、魔導士まどうしと呼ぶが、この先の都は有名な光の魔導士がいる。守護精霊しゅごせいれいも木の性格だから、相性の良い二人によって、都は栄えているんだ……さあ、もうすぐ着くぞ」

 シオンが木々を分けてそして立ち止まった。その高い丘から、ニケがシオンの視線の先を見る。そこには中央にある巨大な木を中心にして円を描くように放射線状に広がった、緑と水にあふれた都が見えた。

「――あれが、光の都ルーメリアだ」

 *

「はい、ではこちらに並んでください。魔力がある方はこちらへ」

 ルーメリアの入り口に着くと、そこは緑に覆われた壁が高くそびえ立っていた。

 大きな都になると、外壁を造って侵入を防ぐ。この都の外壁は、うずたかく積まれた灰色の平石で、それを覆うように緑色の植物がびっしりと生えていた。

 入都前に魔力確認があり、一般の人と、魔力がある人に分けられた。

「シオン、私もこっちでいいの?」

 魔力がある人の列にシオンと一緒に並びながら、ニケは少し不安を覚えた。魔力の試験に合格しないと入れないと言われたら、ニケはたまったものじゃない。

「薬師《くすし》はどの都でもこっちだ。ニケは俺の弟子なんだから、心配しなくていい」

「そっか。あ、ちなみに、シオンって魔力は何の性格なの?」

 俺は、とシオンが答えようとしたところ「お次の二人、こっちへ」と言われてしまった。

「見てればわかるさ」

 シオンが口の端に笑顔を乗せた。

「では、水盆式の魔力確認しますね。えっとお名前はシオンさんと、ニケさん……お仕事は巡回薬師じゅんかいくすしと。あ、薬師くすしの方ですね」

 検査官は、二人をさっと上から下まで見た。

「この都では、魔導士ルシオラさまが光の性格なので、闇の魔力をお持ちの方とは相性が悪くて。なので、闇の魔力をお持ちの方は、滞在許可は出るのですが、魔力を使ってのお仕事や商売は禁止されています。なので、魔力確認にご協力ください」

 検査官に事務的に説明されると、シオンがまず呼ばれた。

 台の上に、魔法陣布まほうじんふとよばれる魔法陣が描かれた布が敷かれており、その陣の真ん中には水と魔法石が入ったコップが置かれている。

 一重の輪に描かれた魔法陣は、この水盆式の魔力確認のためのものだ。

 時計回りの十二時の方向から、光、風、火、金、闇、土、水、木という八つの魔力の性格を表す魔法文字が書かれている。

 ニケが辺りを見れば、その水盆式が置かれているテーブルが横にいくつも並べられていて、あちこちから魔力の反応が起こっていた。

 隣は風の性格の魔力を持つ人だったようで、コップからやんわりと風が巻き起こっている。

 その隣は金の性格で、コップからごとごとと音を立てて鉄くずのようなものが生成されていた。

 ニケはごくりと唾を飲み込んで、シオンの隣に並んで彼がコップに手をかざすのを見つめた。

 シオンの手が、コップの上に置かれる。

 さっと魔方陣布まほうじんふに描かれた魔法陣に光が走り、魔法石が反応する。

 ごぽごぽと音を立てて石が動き始めたかと思うと、コップの中に気泡が集まる。

 ――そして、次の瞬間。

 ごお、と音を立てて火柱がコップから噴き出した。

 検査官が、その勢いに三歩後ずさる。ニケは火柱が噴出した衝撃で、その場で尻餅をついた。

 天井まで届いた火柱は、シオンの手が触れたことによって、一瞬で消えた。そのあまりの威力に、一瞬その場が静まってしまった。

「もういいか?」

 固まってしまった検査官に向かってシオンがそう呟くと、「え、ああ。はいもちろん」と言って検査官はずり落ちた眼鏡を元に戻した。

 それは、圧倒的な魔力だった。

 薬師くすしというよりか、魔導士まどうしに近い水準の魔力。シオンはびっくりして尻餅をついたままのニケに向き直る。

「次はニケの番だ」

「え、私?」

 そうだと言われて、ニケは立ち上がるとおっかなびっくり水盆式の前に立って、検査官を一瞬だけ見つめてから、コップに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

王女、豹妃を狩る

遠野エン
ファンタジー
ベルハイム王国の王子マルセスは身分の差を超えて農家の娘ガルナと結婚を決意。王家からは驚きと反対の声が上がるが、マルセスはガルナの自由闊達な魅力に惹かれ押し切る。彼女は結婚式で大胆不敵な豹柄のドレスをまとい、周囲をあ然とさせる。 ガルナは王子の妻としての地位を得ると、侍女や家臣たちを手の平で転がすかのように振る舞い始める。王宮に新しい風を吹かせると豪語し、次第に無茶な要求をし出すようになる。 マルセスの妹・フュリア王女はガルナの存在に潜む危険を察知し、独自に調査を開始する。ガルナは常に豹柄の服を身にまとい人々の視線を引きつけ、畏怖の念を込めて“豹妃”というあだ名で囁かれるのだった。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...