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第1章 嘘つきニケ
第9話 置手紙
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なんでいきなりこんなことになったのだろう。ニケは混乱する頭を整理するため、診察室へと入った。
夕方までいた精霊が、回復した時に散らした背中の花が地面に散らばったままになっていて、他の人には見えないであろうそれを、ニケは片付けた。
まだ美しいその花を手に持つと、月明かりの差し込む窓辺に持っていって透かしてみた。
「きれい……」
手に持つとしっかりしているのに、月明かりに透かすと、ベールのように反対側がやんわりと透けて見えた。
ニケはしばらくそれを眺めて、この間踏みつぶされた白い花を思い出した。
「これは、踏まれなくてよかった」
そう言って花を拾い集め、まとめているとシオンがやってきた。
「ニケ、ちょっと部屋に来れるか?」
「え? なんで?」
シオンは、いいからおいでと言った後に、ニケが集めた花を見て近寄ってきた。その一つを手に取ると、ニケの耳の横に挿した。
「その花はしばらく枯れない。祝福の一つだ、持っておくといい。他の花は、薬所の周りに散らばせておけば、魔除けになる」
撒いてきたら、部屋に来るようにと言われてニケは言われた通りに薬所《やくしょ》の周りにその花を撒いて、それからシオンの部屋へと向かった。
「失礼します。あの……」
ノックをして恐る恐る扉の隙間から顔だけを覗かせると、シオンは師匠が使っていた椅子に腰掛けて、机に置かれた何かを見ていた。
「ニケ、こっちに来て」
何だろうと訝しむように入ってシオンに近寄ると、師匠の勉強机の上には、ユタ師匠直筆の指南書が置いてあった。
「あ、これお師匠の!」
ニケが笑顔でそれに飛びつくと、シオンがニケの頬に手を触れた。びっくりしてニケが見ると、まるで人形みたいにきれいなシオンが、ニケを見つめていた。
「やっと笑った、ニケ。俺と初めて話したときは、笑顔だったのに。ずっとここに来てから話してくれなかったな」
「あ、その…ごめんなさい……」
いいさ、とシオンは手記に視線を戻すと、それを開いた。
ニケもそれを覗き込む。すると、そこに一通の手紙が挟まっていた。シオンがそれを開いてニケに見せる。
「師匠の字……何これ?」
ニケが手紙を開けて眉根を寄せた時、コンコンと扉がノックされて、シオンがどうぞと言うとロンが入ってきた。
二人がそろうと、シオンはニケに向き直った。
「ニケ、この手紙に書かれていることに、身に覚えはあるか?」
今にも泣きそうなニケに、シオンがたずねた。それに、ニケは大きく首を横に振る。
「そんなの、初めて見た」
「これを見つけたのはロンで、ロンも知らないそうだ」
言われてロンも静かに首を横に振った。
「『ニケに診察を行わせた巡回薬師が現れたら、ニケを必ず託すように。必ず。』ロンはこれを見て、俺に知らせてきたんだ」
シオンも、不可解だと思いながら、その手紙を見た。まるで、必ずそういった人物が現れると、確信しているかのような手紙だった。長く、深い沈黙が三人を包む。
「ロンからは初め、ビビを修行に連れて行くようにお願いされた。だけど、この手紙を見つけたロンが、ビビじゃなくてニケを連れて行ってほしいって」
「私を……?」
「師匠の言いつけは守らないとでしょ、ニケ。師匠が書き留めてまで伝えている重要なことなんだから、ニケはシオン様と一緒に行くべきなんだ」
ロンの言っていることも、シオンの言っていることも、そして手紙に書かれていることも、すべて、ニケには突拍子もないこと過ぎて、現実感が無かった。
「一緒に来るか、ニケ。ニケの師匠も、こう言っていることだ。何か、意味があると思うんだが……俺の元で修業するのが嫌じゃなければ。どうする?」
魔力が無いのに精霊が見えること、このニケの謎に迫るには、一緒に連れて行くのがいいとシオン自身も思っていた。
これだけ精霊が見えてなおかつ話せ、薬師としての知識もあるのだから、ニケは決して足手まといにはならないとシオンは感じていた。
「でも……」
ニケはどうしていいのか分からなくてうつむいた。行きたい気持ちはあるが、不安を感じていた。
「行きたくなければいい。だけどニケ。ここに居たら、ずっとこのままなのは君自身が分かっているはずだ。この手紙が書かれた理由も、分からないままになってしまう」
シオンがつぶやく声は確信的で、そしてそれは真実だった。
町にいたところで、ニケが探したいと思っている竜は絶対に現れない。魔力も少なく、痩せ細った土地。精霊たちも小さく、人間の方がだいぶ力が強いこの町に、精霊の長である竜が現れるなど、天地がひっくり返ってもあり得なかった。
「そんな急には決められない……」
シオンは、ふと目を細めた。
「俺は明日この町を発つ」
「そんな!」
あまりにも早い。ニケには、行くか行かないかを決める時間があと数時間しかない。
「ここで迷うようなら、巡回薬師になって世界中の精霊と人を救うという夢が、遠くなるだけだ」
シオンは厳しいが、まっすぐにニケを見てそう伝えた。ただの夢物語で終えるのか、一歩を踏み出すのかを決めるのは、ニケだった。
ニケはもう一度、師匠の手紙に視線を落とす。直筆で書かれたその懐かしい文字。
シオンを見れば、ただただ信じているとでも言わんばかりに、まっすぐにニケを見ていた。その瞳に、迷いは一切ない。
「私、行く。シオンと一緒に行く」
「よく言った。忘れ物がないようにしておけ」
ロンは不安と悲しみが混じった複雑な顔をしたが、シオンはまるで木漏れ日のように優しくほほ笑んだ。
ニケは、深呼吸をすると、シオンの前で片膝をつき、そして額の前で握り拳を合わせた。
「どこまでもお供します。どうか、私を立派な薬師にしてください」
シオンはその拳に優しく触れると、「わかった」と優しい声でつぶやいた。
夕方までいた精霊が、回復した時に散らした背中の花が地面に散らばったままになっていて、他の人には見えないであろうそれを、ニケは片付けた。
まだ美しいその花を手に持つと、月明かりの差し込む窓辺に持っていって透かしてみた。
「きれい……」
手に持つとしっかりしているのに、月明かりに透かすと、ベールのように反対側がやんわりと透けて見えた。
ニケはしばらくそれを眺めて、この間踏みつぶされた白い花を思い出した。
「これは、踏まれなくてよかった」
そう言って花を拾い集め、まとめているとシオンがやってきた。
「ニケ、ちょっと部屋に来れるか?」
「え? なんで?」
シオンは、いいからおいでと言った後に、ニケが集めた花を見て近寄ってきた。その一つを手に取ると、ニケの耳の横に挿した。
「その花はしばらく枯れない。祝福の一つだ、持っておくといい。他の花は、薬所の周りに散らばせておけば、魔除けになる」
撒いてきたら、部屋に来るようにと言われてニケは言われた通りに薬所《やくしょ》の周りにその花を撒いて、それからシオンの部屋へと向かった。
「失礼します。あの……」
ノックをして恐る恐る扉の隙間から顔だけを覗かせると、シオンは師匠が使っていた椅子に腰掛けて、机に置かれた何かを見ていた。
「ニケ、こっちに来て」
何だろうと訝しむように入ってシオンに近寄ると、師匠の勉強机の上には、ユタ師匠直筆の指南書が置いてあった。
「あ、これお師匠の!」
ニケが笑顔でそれに飛びつくと、シオンがニケの頬に手を触れた。びっくりしてニケが見ると、まるで人形みたいにきれいなシオンが、ニケを見つめていた。
「やっと笑った、ニケ。俺と初めて話したときは、笑顔だったのに。ずっとここに来てから話してくれなかったな」
「あ、その…ごめんなさい……」
いいさ、とシオンは手記に視線を戻すと、それを開いた。
ニケもそれを覗き込む。すると、そこに一通の手紙が挟まっていた。シオンがそれを開いてニケに見せる。
「師匠の字……何これ?」
ニケが手紙を開けて眉根を寄せた時、コンコンと扉がノックされて、シオンがどうぞと言うとロンが入ってきた。
二人がそろうと、シオンはニケに向き直った。
「ニケ、この手紙に書かれていることに、身に覚えはあるか?」
今にも泣きそうなニケに、シオンがたずねた。それに、ニケは大きく首を横に振る。
「そんなの、初めて見た」
「これを見つけたのはロンで、ロンも知らないそうだ」
言われてロンも静かに首を横に振った。
「『ニケに診察を行わせた巡回薬師が現れたら、ニケを必ず託すように。必ず。』ロンはこれを見て、俺に知らせてきたんだ」
シオンも、不可解だと思いながら、その手紙を見た。まるで、必ずそういった人物が現れると、確信しているかのような手紙だった。長く、深い沈黙が三人を包む。
「ロンからは初め、ビビを修行に連れて行くようにお願いされた。だけど、この手紙を見つけたロンが、ビビじゃなくてニケを連れて行ってほしいって」
「私を……?」
「師匠の言いつけは守らないとでしょ、ニケ。師匠が書き留めてまで伝えている重要なことなんだから、ニケはシオン様と一緒に行くべきなんだ」
ロンの言っていることも、シオンの言っていることも、そして手紙に書かれていることも、すべて、ニケには突拍子もないこと過ぎて、現実感が無かった。
「一緒に来るか、ニケ。ニケの師匠も、こう言っていることだ。何か、意味があると思うんだが……俺の元で修業するのが嫌じゃなければ。どうする?」
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シオンは、ふと目を細めた。
「俺は明日この町を発つ」
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「ここで迷うようなら、巡回薬師になって世界中の精霊と人を救うという夢が、遠くなるだけだ」
シオンは厳しいが、まっすぐにニケを見てそう伝えた。ただの夢物語で終えるのか、一歩を踏み出すのかを決めるのは、ニケだった。
ニケはもう一度、師匠の手紙に視線を落とす。直筆で書かれたその懐かしい文字。
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ロンは不安と悲しみが混じった複雑な顔をしたが、シオンはまるで木漏れ日のように優しくほほ笑んだ。
ニケは、深呼吸をすると、シオンの前で片膝をつき、そして額の前で握り拳を合わせた。
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