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第1章 嘘つきニケ
第5話 巡回薬師
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薬師には、街などに定住してそこに薬所という診療所を建てて生活をする者と、旅をしながらあちこちで珍しい薬の原料を集めたり、治療法を伝承する巡回薬師と呼ばれる者の二種類に分かれる。
どちらも専門知識が必要なのだが、自分の魔力と相性の良い土地に住んで治療をするよりも、巡回薬師として生活する方が格段に難しく、魔力も相当量必要になってくる。
おまけに、旅に備えて腕っぷしも強くなければならないので、巡回薬師ができる者は限られる。
薬師の憧れでもある巡回薬師は、相当な情報を持って町に来てくれるので、多くの町では歓迎される存在だった。
そしてやはり、ニケの憧れも巡回薬師になることだ。世界中を旅しながら精霊と人を治療していたユタ師匠は、ニケの憧れでもあり、巡回薬師は世の中の薬師の羨望と尊敬を集める。
よりたくさんの病気を治すには、巡回薬師になるのが一番だった。
(――まさか、シオンが巡回薬師だったなんて)
ニケは自分が作った夕食をみんなが囲む中で、シオンが巡回薬師だったから精霊が見えたのだと納得した。子どもたちはみんな、夕飯を全部作ったニケの存在などすっかりと忘れたようで、料理よりもシオンに夢中で、次々に質問をしている。
シオンは今夜ここに泊まるそうで、しばらくはこの町に滞在するからその間に色々と教えてくれるという。
巡回薬師の情報は、お金になるくらい高価なものもあるし、もちろんお金をもらう者もいる。
シオンは、そんな高価な情報も惜しみなく教えていて、子どもたちの質問に一つ一つ丁寧に答えながら、ゆっくりと食事をしていた。
ニケも本当は話をしたかったのだが、シオンの隣にべったりくっついているビビのせいで、それはできない。もし、ニケが話しかけようものなら、とたんに胸ぐらを掴まれて放り出されること間違いなかった。
黙々と食事をとりながら、話だけは聞き逃すまいと耳を傾ける。どれも聞いたことのないような話が多く、シオンは穏やかだった。ニケはテーブルの一番端っこで、黙々と食事をした。
食べ終わると、診察室へと戻り、踏みつぶされた白い花を拾い上げた。ニケはそれを握りしめると、しばらく目をつぶったままそうしていた。ニケの代わりにつぶされた花は、まるでニケそのもののようだった。
*
夜になると、みんな一緒の部屋で寝る。年長者と、試験に合格した一人前の子どもだけは、部屋が与えられていたが、もちろんニケは半人前なので、小さい子たちと一緒に寝ていた。
就寝前に、数を数えていると何人か足りないのでニケが探しに行くと、師匠の部屋の明かりがついていて中から子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
恐る恐る開いている扉の隙間から覗くと、シオンがベッドに腰掛けていて、その隣や膝の上に子どもたちが群がっていた。ニケは慌ててノックもせずにドアを開けて入ってしまった。
「あっと……ノックごめんなさい。えっと、みんなダメだよ、もう寝なくちゃ」
「えー、もっとお話聞きたい」
「ニケあっち行けよ!」
ビビがニケを邪険にするものだから、その態度が小さい子どもたちにまで伝染していて、子どもたちはニケのいうことを聞かない。
「みんなが寝ないと、他の子だって起きちゃうから…ね、お願い」
「やだー! シオン様のお話聞きたい!」
小さい子たちがうるさくするとロンやビビに怒られるのはニケだ。困ってしまったニケを救ったのはシオンの声だった。
「みんな、今日はもうこれで終わりだ。明日また話そう。ゆっくり寝ないと、薬のことを覚えられない」
淡々と話すシオンだが、子どもたちは彼のいうことならすぐ聞いた。はーいと元気に挨拶すると、駆け出して部屋を出ていく。
「あっ、ちょっと挨拶してから出て行って!」
おやすみなさい、ありがとうシオン様という声を廊下から放つと、子どもたちはニケにあっかんべーをして笑いながら部屋に戻ってしまった。
「もう…あの子たち……」
ニケがため息を吐いて、部屋から出て行こうとする。
「――ニケ」
名前を呼ばれて、なぜかニケは心臓を掴まれたような気持になった。見れば、立ち上がったシオンが、真っ直ぐにニケを見ていた。
その深い叡智を宿したような瞳に、今は何もかもを見透かされそうになって、ニケは下を向いた。
苦しい気持ち、助けて欲しい気持ち、羨ましい気持ち。そして、何よりも自分のこんな姿――みんなに疎まれている自分を、シオンに見られたくなかった。胸の中がぐるぐるとして、気持ちが悪くなってきた。
近寄ってくるシオンの姿を見ることができずに、とっさにニケは左手で作った拳を右手で押さえて額の前で合わせると、少し前屈みになる。師匠に拾われたニケが唯一覚えている、ニケの故郷の挨拶の仕方だった。
「巡回薬師様とは知らず、昼間は無礼をお許しください。お疲れでしょうから今夜は」
「ニケ」
さきほどよりもはっきりと強く名前を呼ばれて、ニケの肩が震えた。震えて逃だしそうになるのはなぜだろうか。ニケは下唇を噛む。シオンが近づいて来て、下を向いた視界に彼の足が見えた。ニケは大きく息を吐くと、さらに頭を下げた。
「ごめんなさい。私はあなたとは話せない」
それだけ言うと、ニケは彼を見ようともせずに、一目散に部屋から逃げ出した。シオンは追いかけてこなかった。ニケは廊下を走り抜けると、自分の寝床へと戻った。
いつの間にか目には涙が溜まっていて、それをごしごしと袖で拭き取ると、子どもたちを寝かせた。全員を寝かしつけた後、ニケは一人窓辺に座り外を眺めていた。
窓から見える、少し先にある師匠の部屋を見る。まだ、ぼんやりと明かりがついている。
「シオン」
名前をつぶやいたところで、何も変わることはない。明日だって、また同じ明日が来るのだ。
どちらも専門知識が必要なのだが、自分の魔力と相性の良い土地に住んで治療をするよりも、巡回薬師として生活する方が格段に難しく、魔力も相当量必要になってくる。
おまけに、旅に備えて腕っぷしも強くなければならないので、巡回薬師ができる者は限られる。
薬師の憧れでもある巡回薬師は、相当な情報を持って町に来てくれるので、多くの町では歓迎される存在だった。
そしてやはり、ニケの憧れも巡回薬師になることだ。世界中を旅しながら精霊と人を治療していたユタ師匠は、ニケの憧れでもあり、巡回薬師は世の中の薬師の羨望と尊敬を集める。
よりたくさんの病気を治すには、巡回薬師になるのが一番だった。
(――まさか、シオンが巡回薬師だったなんて)
ニケは自分が作った夕食をみんなが囲む中で、シオンが巡回薬師だったから精霊が見えたのだと納得した。子どもたちはみんな、夕飯を全部作ったニケの存在などすっかりと忘れたようで、料理よりもシオンに夢中で、次々に質問をしている。
シオンは今夜ここに泊まるそうで、しばらくはこの町に滞在するからその間に色々と教えてくれるという。
巡回薬師の情報は、お金になるくらい高価なものもあるし、もちろんお金をもらう者もいる。
シオンは、そんな高価な情報も惜しみなく教えていて、子どもたちの質問に一つ一つ丁寧に答えながら、ゆっくりと食事をしていた。
ニケも本当は話をしたかったのだが、シオンの隣にべったりくっついているビビのせいで、それはできない。もし、ニケが話しかけようものなら、とたんに胸ぐらを掴まれて放り出されること間違いなかった。
黙々と食事をとりながら、話だけは聞き逃すまいと耳を傾ける。どれも聞いたことのないような話が多く、シオンは穏やかだった。ニケはテーブルの一番端っこで、黙々と食事をした。
食べ終わると、診察室へと戻り、踏みつぶされた白い花を拾い上げた。ニケはそれを握りしめると、しばらく目をつぶったままそうしていた。ニケの代わりにつぶされた花は、まるでニケそのもののようだった。
*
夜になると、みんな一緒の部屋で寝る。年長者と、試験に合格した一人前の子どもだけは、部屋が与えられていたが、もちろんニケは半人前なので、小さい子たちと一緒に寝ていた。
就寝前に、数を数えていると何人か足りないのでニケが探しに行くと、師匠の部屋の明かりがついていて中から子どもたちの笑い声が聞こえてきた。
恐る恐る開いている扉の隙間から覗くと、シオンがベッドに腰掛けていて、その隣や膝の上に子どもたちが群がっていた。ニケは慌ててノックもせずにドアを開けて入ってしまった。
「あっと……ノックごめんなさい。えっと、みんなダメだよ、もう寝なくちゃ」
「えー、もっとお話聞きたい」
「ニケあっち行けよ!」
ビビがニケを邪険にするものだから、その態度が小さい子どもたちにまで伝染していて、子どもたちはニケのいうことを聞かない。
「みんなが寝ないと、他の子だって起きちゃうから…ね、お願い」
「やだー! シオン様のお話聞きたい!」
小さい子たちがうるさくするとロンやビビに怒られるのはニケだ。困ってしまったニケを救ったのはシオンの声だった。
「みんな、今日はもうこれで終わりだ。明日また話そう。ゆっくり寝ないと、薬のことを覚えられない」
淡々と話すシオンだが、子どもたちは彼のいうことならすぐ聞いた。はーいと元気に挨拶すると、駆け出して部屋を出ていく。
「あっ、ちょっと挨拶してから出て行って!」
おやすみなさい、ありがとうシオン様という声を廊下から放つと、子どもたちはニケにあっかんべーをして笑いながら部屋に戻ってしまった。
「もう…あの子たち……」
ニケがため息を吐いて、部屋から出て行こうとする。
「――ニケ」
名前を呼ばれて、なぜかニケは心臓を掴まれたような気持になった。見れば、立ち上がったシオンが、真っ直ぐにニケを見ていた。
その深い叡智を宿したような瞳に、今は何もかもを見透かされそうになって、ニケは下を向いた。
苦しい気持ち、助けて欲しい気持ち、羨ましい気持ち。そして、何よりも自分のこんな姿――みんなに疎まれている自分を、シオンに見られたくなかった。胸の中がぐるぐるとして、気持ちが悪くなってきた。
近寄ってくるシオンの姿を見ることができずに、とっさにニケは左手で作った拳を右手で押さえて額の前で合わせると、少し前屈みになる。師匠に拾われたニケが唯一覚えている、ニケの故郷の挨拶の仕方だった。
「巡回薬師様とは知らず、昼間は無礼をお許しください。お疲れでしょうから今夜は」
「ニケ」
さきほどよりもはっきりと強く名前を呼ばれて、ニケの肩が震えた。震えて逃だしそうになるのはなぜだろうか。ニケは下唇を噛む。シオンが近づいて来て、下を向いた視界に彼の足が見えた。ニケは大きく息を吐くと、さらに頭を下げた。
「ごめんなさい。私はあなたとは話せない」
それだけ言うと、ニケは彼を見ようともせずに、一目散に部屋から逃げ出した。シオンは追いかけてこなかった。ニケは廊下を走り抜けると、自分の寝床へと戻った。
いつの間にか目には涙が溜まっていて、それをごしごしと袖で拭き取ると、子どもたちを寝かせた。全員を寝かしつけた後、ニケは一人窓辺に座り外を眺めていた。
窓から見える、少し先にある師匠の部屋を見る。まだ、ぼんやりと明かりがついている。
「シオン」
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