5 / 43
第1章 嘘つきニケ
第2話 青年
しおりを挟む
二人の精霊の祝福をもらうと、ニケはいつの間にか心が温かくなって、泣きそうだった気持ちがおさまっていた。
精霊たちは万物の源、根源に近い存在と言われており、魔力を元に生き、人間にない力があった。
『ニケ落ち着いた? よかった、楽しいことお話しよう』
『悲しいことがあったら僕たちのところに来てね。僕たちはずっとニケの味方だよ』
「二人とも、ありがとう。なんかちょっと元気出た」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか気持ちが晴れてくる。今日言われた嫌みなんて、考えてみればいつもの事だったのに、とニケは思った。
〈嘘つきニケ〉は今に始まったわけではなくて、ニケが薬師のユタ師匠と共にこの町に住むようになった今からおよそ七年前にさかのぼる。
ニケは魔力がない。それは魔力の種類を見る水盆式において、何度やっても反応がなかったのが確かな証拠だった。
しかし、魔力がないのにも関わらず、ニケには精霊が見えた。魔力がなければ万物の根源である精霊は、絶対に見ることができない。
精霊が見える見えないは先天的な要素が大きく、魔力が強ければその姿をはっきり捉えることができるのだが、魔力が無い人にとっては、もはや、おとぎ話や作り話の世界のもののように感じられていた。
魔力が無いのに精霊の姿が見えるなんてことは、常識からすればあり得ないことで、だからニケは嘘つきとみんなから呼ばれていた。
ニケを拾ってくれた薬師のユタ師匠とは、「ニケ、精霊が見えることはみんなには内緒にしよう。私とニケだけの内緒の秘密だよ」と何度もゆびきりげんまんをした。
しかし、実際に見えているものを見えないと言ったり、見えないふりをして生活するのは難しい。
なぜなら、ニケが生活している薬所は、精霊関係の病に罹った人や病気の精霊が運ばれてくる専門の病院だからだ。
常日頃から見えているものを見えていないふりをするというのは、ニケにとって辛いことだった。
それでも、師匠はニケに「他の人に言ってはいけない」と何度も固く誓わせた。約束をニケは守った。しかし、精霊を完全に見ているニケがする行動はどこかちぐはぐで、一人で遊んでいたり、誰もいない壁に向かって話しかけていたりするのを度々目撃されるうちに、薬所の子どもたちはニケを気味悪がった。
そしてそのうちに、気味悪がられるのを通り越して、嘘つきと呼んだり、ちょっとしたいじめを繰り返したりするようになっていった。
そんなことがある度に、薬所を抜け出しては、こうしてチイとビイと話をするのがニケは好きだった。彼らといる時だけが心が穏やかで休まる。いつのまにかニケには人間の友達はいなくなってしまい、精霊の友達だけになってしまった。
いつもこうして遊んでいると、半年前には必ず迎えに来てくれた人物がいた。身寄りのないニケを旅先で拾い、足を悪くした晩年にこの町で構えた薬所で孤児の子どもや見習いの子たちと共に育ててくれた、ユタ師匠だ。
半年前に彼が亡くなって以来、ニケのもとに迎えに来て、「ニケ。家に帰ろう」と言って手を繋いで帰る人はいない。ニケの生まれつき白い髪の毛を、かわいいよと言って撫でてくれる大きくて優しい手はもうない。
*
「そこに誰かいるのか? 何をしている?」
とつじょ話しかけられて、ニケは驚いて悲鳴を上げた。抱え込んだ膝に乗せていたチイとビイを掴むと、抱きかかえて服の下にしまう。
いきなり掴まれて服の中に押し込まれたチイとビイはちょっと暴れたのだが、すぐにおとなしくなった。
「何って、えっと」
独り言だよと言おうとしたニケは口を開けたまま止まった。木の陰から出てきたのはすらりと背の高い、しかし体つきのしっかりとした青年だった。
見たこともないような民族衣装のような服を着て、男の人なのに見惚れてしまうほどにずいぶんときれいな顔立ちをしている。
吸い込まれるような金色の瞳をニケに向けて、そして背負っていた大きな箱を地面におろすと一息ついた。
「誰かとしゃべっていたのか? 誰もいないけど」
「えっと……」
「まさか精霊か?」
青年は木の幹によりかかると、腰に下げていた革の水筒から水を飲みながら、ニケの方を振り向いた。木漏れ日に、青年の耳から下げた真っ赤な大きな飾りのイヤリングがきらりと光る。何とも神秘的で、青年の方がまるで精霊のようだった。
「精霊が見えるの?」
ニケの質問に、青年が穏やかにほほえむ。
「どうだと思う?」
「どうって言われても」
ニケのシャツの中で、チイとビイがもぞもぞと動いた。
「わ、だめだよ動いちゃ。もし危ない人だったらどうするの!?」
小声でそう怒って、顔を出そうとする彼らを押し込もうと奮闘したのだが、結局首元からひょっこりと顔を出して二人は青年を見つめた。
青年の漆黒の長い黒髪が風に揺れる。ニケを見つめ、ふときれいな顔に優しそうな笑みを広げた。
「ほら、やっぱり精霊だ」
青年は立ち上がると近寄ってくる。ニケは怖くなって縮こまりながら、いつでも逃げられるように足に力を入れた。
青年はゆっくりと近づいてくると、固まるニケの前にかがみこんで、首元から顔を出すチイとビイを見つめた。
「木の精霊。このあたりに住んでいるのか」
きれいな姿だと彼がつぶやくと、チイとビイはニケの服の中から飛び出して青年の方へと羽ばたく。青年が驚いて出した腕に二人して飛び乗った。
精霊たちは万物の源、根源に近い存在と言われており、魔力を元に生き、人間にない力があった。
『ニケ落ち着いた? よかった、楽しいことお話しよう』
『悲しいことがあったら僕たちのところに来てね。僕たちはずっとニケの味方だよ』
「二人とも、ありがとう。なんかちょっと元気出た」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか気持ちが晴れてくる。今日言われた嫌みなんて、考えてみればいつもの事だったのに、とニケは思った。
〈嘘つきニケ〉は今に始まったわけではなくて、ニケが薬師のユタ師匠と共にこの町に住むようになった今からおよそ七年前にさかのぼる。
ニケは魔力がない。それは魔力の種類を見る水盆式において、何度やっても反応がなかったのが確かな証拠だった。
しかし、魔力がないのにも関わらず、ニケには精霊が見えた。魔力がなければ万物の根源である精霊は、絶対に見ることができない。
精霊が見える見えないは先天的な要素が大きく、魔力が強ければその姿をはっきり捉えることができるのだが、魔力が無い人にとっては、もはや、おとぎ話や作り話の世界のもののように感じられていた。
魔力が無いのに精霊の姿が見えるなんてことは、常識からすればあり得ないことで、だからニケは嘘つきとみんなから呼ばれていた。
ニケを拾ってくれた薬師のユタ師匠とは、「ニケ、精霊が見えることはみんなには内緒にしよう。私とニケだけの内緒の秘密だよ」と何度もゆびきりげんまんをした。
しかし、実際に見えているものを見えないと言ったり、見えないふりをして生活するのは難しい。
なぜなら、ニケが生活している薬所は、精霊関係の病に罹った人や病気の精霊が運ばれてくる専門の病院だからだ。
常日頃から見えているものを見えていないふりをするというのは、ニケにとって辛いことだった。
それでも、師匠はニケに「他の人に言ってはいけない」と何度も固く誓わせた。約束をニケは守った。しかし、精霊を完全に見ているニケがする行動はどこかちぐはぐで、一人で遊んでいたり、誰もいない壁に向かって話しかけていたりするのを度々目撃されるうちに、薬所の子どもたちはニケを気味悪がった。
そしてそのうちに、気味悪がられるのを通り越して、嘘つきと呼んだり、ちょっとしたいじめを繰り返したりするようになっていった。
そんなことがある度に、薬所を抜け出しては、こうしてチイとビイと話をするのがニケは好きだった。彼らといる時だけが心が穏やかで休まる。いつのまにかニケには人間の友達はいなくなってしまい、精霊の友達だけになってしまった。
いつもこうして遊んでいると、半年前には必ず迎えに来てくれた人物がいた。身寄りのないニケを旅先で拾い、足を悪くした晩年にこの町で構えた薬所で孤児の子どもや見習いの子たちと共に育ててくれた、ユタ師匠だ。
半年前に彼が亡くなって以来、ニケのもとに迎えに来て、「ニケ。家に帰ろう」と言って手を繋いで帰る人はいない。ニケの生まれつき白い髪の毛を、かわいいよと言って撫でてくれる大きくて優しい手はもうない。
*
「そこに誰かいるのか? 何をしている?」
とつじょ話しかけられて、ニケは驚いて悲鳴を上げた。抱え込んだ膝に乗せていたチイとビイを掴むと、抱きかかえて服の下にしまう。
いきなり掴まれて服の中に押し込まれたチイとビイはちょっと暴れたのだが、すぐにおとなしくなった。
「何って、えっと」
独り言だよと言おうとしたニケは口を開けたまま止まった。木の陰から出てきたのはすらりと背の高い、しかし体つきのしっかりとした青年だった。
見たこともないような民族衣装のような服を着て、男の人なのに見惚れてしまうほどにずいぶんときれいな顔立ちをしている。
吸い込まれるような金色の瞳をニケに向けて、そして背負っていた大きな箱を地面におろすと一息ついた。
「誰かとしゃべっていたのか? 誰もいないけど」
「えっと……」
「まさか精霊か?」
青年は木の幹によりかかると、腰に下げていた革の水筒から水を飲みながら、ニケの方を振り向いた。木漏れ日に、青年の耳から下げた真っ赤な大きな飾りのイヤリングがきらりと光る。何とも神秘的で、青年の方がまるで精霊のようだった。
「精霊が見えるの?」
ニケの質問に、青年が穏やかにほほえむ。
「どうだと思う?」
「どうって言われても」
ニケのシャツの中で、チイとビイがもぞもぞと動いた。
「わ、だめだよ動いちゃ。もし危ない人だったらどうするの!?」
小声でそう怒って、顔を出そうとする彼らを押し込もうと奮闘したのだが、結局首元からひょっこりと顔を出して二人は青年を見つめた。
青年の漆黒の長い黒髪が風に揺れる。ニケを見つめ、ふときれいな顔に優しそうな笑みを広げた。
「ほら、やっぱり精霊だ」
青年は立ち上がると近寄ってくる。ニケは怖くなって縮こまりながら、いつでも逃げられるように足に力を入れた。
青年はゆっくりと近づいてくると、固まるニケの前にかがみこんで、首元から顔を出すチイとビイを見つめた。
「木の精霊。このあたりに住んでいるのか」
きれいな姿だと彼がつぶやくと、チイとビイはニケの服の中から飛び出して青年の方へと羽ばたく。青年が驚いて出した腕に二人して飛び乗った。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説

書物革命
蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)
ファンタジー
『私は人間が、お前が嫌い。大嫌い。』
壺中の天(こちゅうのてん)こと人間界に居る志郎 豊(しろう ゆたか)は、路地で焼かれていた本を消火したおかげで、異性界へと来てしまった。
そしてその才を見込まれて焚書士(ふんしょし)として任命されてしまう。
"焚書"とは機密データや市民にとっては不利益な本を燃やし、焼却すること。
焼却と消火…漢字や意味は違えど豊はその役目を追う羽目になったのだ。
元の世界に戻るには焚書士の最大の敵、枢要の罪(すうようのざい)と呼ばれる書物と戦い、焼却しないといけない。
そして彼の相棒(パートナー)として豊に付いたのが、傷だらけの少女、反魂(はんごん)の書を司るリィナであった。
仲良くしようとする豊ではあるが彼女は言い放つ。
『私はお前が…人間が嫌い。だってお前も、私を焼くんだろ?焼いてもがく私を見て、笑うんだ。』
彼女の衝撃的な言葉に豊は言葉が出なかった。
たとえ人間の姿としても書物を"人間"として扱えば良いのか?
日々苦悶をしながらも豊は焚書士の道を行く。
完結【清】ご都合主義で生きてます。-空間を切り取り、思ったものを創り出す。これで異世界は楽勝です-
ジェルミ
ファンタジー
社畜の村野玲奈(むらの れな)は23歳で過労死をした。
第二の人生を女神代行に誘われ異世界に転移する。
スキルは剣豪、大魔導士を提案されるが、転移してみないと役に立つのか分からない。
迷っていると想像したことを実現できる『創生魔法』を提案される。
空間を切り取り収納できる『空間魔法』。
思ったものを創り出すことができ『創生魔法』。
少女は冒険者として覇道を歩むのか、それとも魔道具師としてひっそり生きるのか?
『創生魔法』で便利な物を創り富を得ていく少女の物語。
物語はまったり、のんびりと進みます。
※カクヨム様にも掲載中です。

【完結】転生したらもふもふだった。クマ獣人の王子は前世の婚約者を見つけだし今度こそ幸せになりたい。
金峯蓮華
ファンタジー
デーニッツ王国の王太子リオネルは魅了の魔法にかけられ、婚約者カナリアを断罪し処刑した。
デーニッツ王国はジンメル王国に攻め込まれ滅ぼされ、リオネルも亡くなってしまう。
天に上る前に神様と出会い、魅了が解けたリオネルは神様のお情けで転生することになった。
そして転生した先はクマ獣人の国、アウラー王国の王子。どこから見ても立派なもふもふの黒いクマだった。
リオネルはリオンハルトとして仲間達と魔獣退治をしながら婚約者のカナリアを探す。
しかし、仲間のツェツィーの姉、アマーリアがカナリアかもしれないと気になっている。
さて、カナリアは見つかるのか?
アマーリアはカナリアなのか?
緩い世界の緩いお話です。
独自の異世界の話です。
初めて次世代ファンタジーカップにエントリーします。
応援してもらえると嬉しいです。
よろしくお願いします。

田舎者の俺が貴族になるまで
satomi
ファンタジー
見た目は麗しの貴公子の公爵令息だが長期間田舎暮らしをしていたため、強い田舎訛りと悪い姿勢が板についてしまった。
このままでは王都で社交などとんでもない!公爵家の長男がこのままでは!
ということで、彼は努力をするのです。
わりと都合主義です。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ

伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。
【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。
だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。
互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。
ハッピーエンド
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/03/02……完結
2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位
2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位
2023/12/19……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる