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第二章
第33話
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人形のようにじっと動かなくなっていた夕が、ふと動いた。ミサンガを持って、それを美空へと渡す。
「美空くん、僕に結んで」
「受け取ってくれますか?」
「当り前だよ」
夕は美空に手首を伸ばした。その白く手血管が浮き出る手は、以前よりも痩せたように見えた。冷たく心地良い手を思い出しながら、細い腕にミサンガを巻く。
「結ぶときは、お願いをするんです。切れた時に、そのお願いが叶います」
ドキドキしながらそう告げて、そして二回目の結び目を結ぶ前に夕を見つめる。真っ黒な瞳は、じっとミサンガに注がれていた。
「うん、いいよ」
美空は呼吸を夕に合わせると、ぎゅっとそれをきつく結んだ。当分切れない太い作りにしてある。夕と共にいつも一緒にいて、死んでしまう自分の代わりに願いを見届けてくれますようにと、美空は願った。
「美空くんのは、僕に結ばせて」
「お願いします……」
手を差し伸べると、同じ色の、水色とオレンジでできたミサンガが手首に巻かれる。妙にドキドキと胸が高鳴った。ミサンガを結ぶ夕の左手に同じものが巻き付いていて、美空はそれを見て切なさと愛おしさが込み上げてきた。
なんて重たいミサンガなのだろうと、我ながら苦笑いしか出てこない。でも、それでも、一緒のものをつけられる喜びに美空の胸がぎゅっとなる。
「結ぶよ、いい?」
「はい」
夕がミサンガの結び目をぎゅっと締める。
「――好きです先輩」
ほろりと漏れ出た美空の言葉に、夕がほほ笑む。嬉しそうな、悲しそうな顔を見て、美空は涙が出た。夕はもう一重結び目を作る。それが結ばれる瞬間に、美空は目をつぶった。涙がポタッと頬についたのを感じた。
「先輩がいつまでも、好きな人と一緒に居られますように……」
つぶやいてから深呼吸をして、涙を引っ込める。ゆっくりと気持ちを整えて目を開けると、夕がうつむいていた。
どうしたのかと美空が手を伸ばそうとした時、夕が顔を上げた。一瞬目の端に映ったその表情には、見たことのない苦悶が浮かんでいたような気がしたのだが、確かめることができないままに、ぎゅっと抱きしめられた。
「せんぱ……苦しい」
「うん。ごめん。でも、もう少し、こうさせて……」
夕の声はかすれていて、美空は心が騒めいたが、夕の落ち着いた鼓動を感じているうちにその騒めきは薄れて行った。
苦しいくらいに気持ちが押し寄せてきていた。これを好きと呼ばないのなら、これが恋じゃないのなら、この胸を締めつけるような痛みの正体は何なのだろう。
恋が、こんなに苦しいなんて知らなかった。美空は胸の痛みに今一度視界が滲んだが、深い呼吸を繰り返してから、涙を引っ込めて夕の鎖骨に顔をうずめる。慕わしい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ありがとう、美空くん」
美空は、夕がミサンガに何をお願いしたのかは聞かなかった。ただただ、夕には幸せでいてほしかった。そして、それが美空の願いだ。
「私が死んじゃっても、先輩は私の神様でいてくださいね」
もちろんだよ、と夕はきつくきつく美空を抱きしめる。二人の体温が混ざって一つになるころには、風が止んで、喧噪がまるで風の吐息に代わっていた。
「美空くん、僕に結んで」
「受け取ってくれますか?」
「当り前だよ」
夕は美空に手首を伸ばした。その白く手血管が浮き出る手は、以前よりも痩せたように見えた。冷たく心地良い手を思い出しながら、細い腕にミサンガを巻く。
「結ぶときは、お願いをするんです。切れた時に、そのお願いが叶います」
ドキドキしながらそう告げて、そして二回目の結び目を結ぶ前に夕を見つめる。真っ黒な瞳は、じっとミサンガに注がれていた。
「うん、いいよ」
美空は呼吸を夕に合わせると、ぎゅっとそれをきつく結んだ。当分切れない太い作りにしてある。夕と共にいつも一緒にいて、死んでしまう自分の代わりに願いを見届けてくれますようにと、美空は願った。
「美空くんのは、僕に結ばせて」
「お願いします……」
手を差し伸べると、同じ色の、水色とオレンジでできたミサンガが手首に巻かれる。妙にドキドキと胸が高鳴った。ミサンガを結ぶ夕の左手に同じものが巻き付いていて、美空はそれを見て切なさと愛おしさが込み上げてきた。
なんて重たいミサンガなのだろうと、我ながら苦笑いしか出てこない。でも、それでも、一緒のものをつけられる喜びに美空の胸がぎゅっとなる。
「結ぶよ、いい?」
「はい」
夕がミサンガの結び目をぎゅっと締める。
「――好きです先輩」
ほろりと漏れ出た美空の言葉に、夕がほほ笑む。嬉しそうな、悲しそうな顔を見て、美空は涙が出た。夕はもう一重結び目を作る。それが結ばれる瞬間に、美空は目をつぶった。涙がポタッと頬についたのを感じた。
「先輩がいつまでも、好きな人と一緒に居られますように……」
つぶやいてから深呼吸をして、涙を引っ込める。ゆっくりと気持ちを整えて目を開けると、夕がうつむいていた。
どうしたのかと美空が手を伸ばそうとした時、夕が顔を上げた。一瞬目の端に映ったその表情には、見たことのない苦悶が浮かんでいたような気がしたのだが、確かめることができないままに、ぎゅっと抱きしめられた。
「せんぱ……苦しい」
「うん。ごめん。でも、もう少し、こうさせて……」
夕の声はかすれていて、美空は心が騒めいたが、夕の落ち着いた鼓動を感じているうちにその騒めきは薄れて行った。
苦しいくらいに気持ちが押し寄せてきていた。これを好きと呼ばないのなら、これが恋じゃないのなら、この胸を締めつけるような痛みの正体は何なのだろう。
恋が、こんなに苦しいなんて知らなかった。美空は胸の痛みに今一度視界が滲んだが、深い呼吸を繰り返してから、涙を引っ込めて夕の鎖骨に顔をうずめる。慕わしい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ありがとう、美空くん」
美空は、夕がミサンガに何をお願いしたのかは聞かなかった。ただただ、夕には幸せでいてほしかった。そして、それが美空の願いだ。
「私が死んじゃっても、先輩は私の神様でいてくださいね」
もちろんだよ、と夕はきつくきつく美空を抱きしめる。二人の体温が混ざって一つになるころには、風が止んで、喧噪がまるで風の吐息に代わっていた。
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