60 / 74
白無垢姿は、クラシカルに
第58話
しおりを挟む
突き出されたのはなんと古都のガイドブックであり、いつの間に購入したのかと思ったのだが、すでに多くの場所をチェックしていた。水瀬得意の付箋があちこちに貼られているのを見て、俺はぞっとした。
まさか全箇所へと行くのをつき合わされるのではないだろうかと、肝を冷やしたのだが、それはおおよそ的中しているらしい。水瀬が「今回は」という一言を付け加えた時点で、俺は何やら盛大に連れまわされる覚悟というものを持たねばならないと察した。
学校の図書館で一反木綿が挟まっていた珍妙な書籍、〈奈良町妖怪見聞録〉と照らし合わせてスポットをチェックしているようで、ご丁寧に付箋にはガイドブックと妖怪本の相互ページがメモされている。
俺は眉根を寄せて、今回水瀬が行きたいと言い出したスポットを見たのだが、これまた大変有名な場所、関西の迎賓館の異名を持つホテルであった。
「ここにも妖怪が出るのかよ?」
「妖怪本には鬼の話が書いてあるけど、こっち。ティーラウンジ行ってみたいわ」
「そこに行くとなると経費で落とせないので、俺のおごりという認識でよろしいですか水瀬さん?」
「ええ、もちろんよ」
「俺の財布事情も今度は確かめてくれ!」
俺は自宅でできる在宅採点のアルバイトをしている。その時給は外で働く肉体労働と変わらないか、素早く済ませることができれば少々時給が良くなる計算である。ここの所出費が増えており、俺はぽりぽりと頭を掻きながら、まあいいかと渋々ながら承諾をした。
「あら、じゃあ私の実家にデート代が欲しいから仕送りを増やしてと言っておくわ。その代わり飛鳥は身支度を整えて、兵庫のうちの両親に挨拶に来る準備をしないといけないわね。ちなみに私は一人っ子で父は某病院の形成外科の部長で私のことを溺愛しているわけで、麻酔を打たれて心臓抜かれても悪く思わないでね」
「……俺のことは一言たりとも言わないでいい。というか言わないでくれ」
俺は人生で初めて、心の底から死への恐怖を味わったと言っても過言ではない。水瀬は淡々と語ったのだが、その目はとてつもなく冷静である。もうこの水瀬の父親というだけで身震いが止まらなくなりそうになり、怪談話やかき氷などいらないほどに俺は震えあがって寒くなった。
「あら、もうプロポーズしたって言っちゃったわ」
「なんてことしてくれるんだよ……! 返せ、俺の心臓!」
「母さんは喜んでいたし、写真を見せてって言っていたけれども、私は飛鳥の写真持っていないから。父さんはぶつぶつ言いながら果物ナイフ研いでいたけれど」
「俺、生きていける心地がしないんだけど。心臓ってスペア作れるんだっけ?」
大丈夫よと満面の笑顔で言われたところで説得力ゼロどころか、むしろ父親の果物ナイフの影がちらついてしまって俺は身震いした。
もしかして兵庫に行こうものなら俺の命は塵のように儚く散ってしまうか、魚のように三枚におろされるか、良くても海に捨てられてしまうのではと本気で考えた。
そしてあれが本当にプロポーズだったのかと思うと、なんて世の中世知辛いんだと思わずにはいられない。
こんな美少女に逆プロポーズされておいて贅沢だというのであれば、あんな超絶上から目線を通り越した神様目線のプロポーズの、どこが羨ましいのかを二、万文字の論文にして提出しろと言いたかった。
まさか全箇所へと行くのをつき合わされるのではないだろうかと、肝を冷やしたのだが、それはおおよそ的中しているらしい。水瀬が「今回は」という一言を付け加えた時点で、俺は何やら盛大に連れまわされる覚悟というものを持たねばならないと察した。
学校の図書館で一反木綿が挟まっていた珍妙な書籍、〈奈良町妖怪見聞録〉と照らし合わせてスポットをチェックしているようで、ご丁寧に付箋にはガイドブックと妖怪本の相互ページがメモされている。
俺は眉根を寄せて、今回水瀬が行きたいと言い出したスポットを見たのだが、これまた大変有名な場所、関西の迎賓館の異名を持つホテルであった。
「ここにも妖怪が出るのかよ?」
「妖怪本には鬼の話が書いてあるけど、こっち。ティーラウンジ行ってみたいわ」
「そこに行くとなると経費で落とせないので、俺のおごりという認識でよろしいですか水瀬さん?」
「ええ、もちろんよ」
「俺の財布事情も今度は確かめてくれ!」
俺は自宅でできる在宅採点のアルバイトをしている。その時給は外で働く肉体労働と変わらないか、素早く済ませることができれば少々時給が良くなる計算である。ここの所出費が増えており、俺はぽりぽりと頭を掻きながら、まあいいかと渋々ながら承諾をした。
「あら、じゃあ私の実家にデート代が欲しいから仕送りを増やしてと言っておくわ。その代わり飛鳥は身支度を整えて、兵庫のうちの両親に挨拶に来る準備をしないといけないわね。ちなみに私は一人っ子で父は某病院の形成外科の部長で私のことを溺愛しているわけで、麻酔を打たれて心臓抜かれても悪く思わないでね」
「……俺のことは一言たりとも言わないでいい。というか言わないでくれ」
俺は人生で初めて、心の底から死への恐怖を味わったと言っても過言ではない。水瀬は淡々と語ったのだが、その目はとてつもなく冷静である。もうこの水瀬の父親というだけで身震いが止まらなくなりそうになり、怪談話やかき氷などいらないほどに俺は震えあがって寒くなった。
「あら、もうプロポーズしたって言っちゃったわ」
「なんてことしてくれるんだよ……! 返せ、俺の心臓!」
「母さんは喜んでいたし、写真を見せてって言っていたけれども、私は飛鳥の写真持っていないから。父さんはぶつぶつ言いながら果物ナイフ研いでいたけれど」
「俺、生きていける心地がしないんだけど。心臓ってスペア作れるんだっけ?」
大丈夫よと満面の笑顔で言われたところで説得力ゼロどころか、むしろ父親の果物ナイフの影がちらついてしまって俺は身震いした。
もしかして兵庫に行こうものなら俺の命は塵のように儚く散ってしまうか、魚のように三枚におろされるか、良くても海に捨てられてしまうのではと本気で考えた。
そしてあれが本当にプロポーズだったのかと思うと、なんて世の中世知辛いんだと思わずにはいられない。
こんな美少女に逆プロポーズされておいて贅沢だというのであれば、あんな超絶上から目線を通り越した神様目線のプロポーズの、どこが羨ましいのかを二、万文字の論文にして提出しろと言いたかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を
水ノ灯(ともしび)
キャラ文芸
とある街にある裏社会の何でも屋『友幸商事』
暗殺から組織の壊滅まで、あなたのご依頼叶えます。
リーダーというよりオカン気質の“幸介”
まったり口調で落ち着いた“友弥”
やかましさNO.1でも仕事は確実な“ヨウ”
マイペースな遊び人の問題児“涼”
笑いあり、熱い絆あり、時に喧嘩ありの賑やか四人組。
さらに癖のある街の住人達も続々登場!
個性的な仲間と織り成す裏社会アクションエンターテイメント!
毎週 水 日の17:00更新
illustration:匡(たすく)さん
Twitter:@sakuxptx0116
まる男の青春
大林和正
キャラ文芸
ほぼ1話完結となってるシリーズモノです
どれから読んでも大丈夫です
1973年生まれのまる男は小学校1年の頃から、ある理由でプロも通うボクシングジムで学校以外、ボクシング漬けだった。そして、中学校、友達に誘われて野球部に入る。運動神経は怪物だけど、常識のだいぶずれた少年と少し奥手な仲間たちの物語である
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
不死議な雑多屋さん
葉野亜依
キャラ文芸
新しいモノから古いモノまで様々なモノで溢れかえっている店『雑多屋』。
記憶喪失の花夜は、雑多屋の店主代理・御空と出会い、雑多屋で働くこととなる。
戸惑いつつも馴染もうとする花夜だが、商品も客も不思議なモノたちばかりで――。
果たして、花夜の正体と御空の秘密とは!?
記憶喪失の少女と雑多屋の青年と不思議なモノたちのふしぎなお話。
農業大好き令嬢は付喪神様と一緒に虐げられスローライフを謳歌していたい
桜香えるる
キャラ文芸
名門卯家の次女・愛蘭(あいらん)は義母や義姉に令嬢としての立場を奪われ、身一つで屋敷から掘っ立て小屋に追いやられ、幼くして自給自足生活を強いられることになる。だがそこで出会った「付喪神」という存在から農業を学んだことで、愛蘭の価値観は転換した。「ああ、農業って良いわあ!」自分が努力しただけ立派に野菜は実り、美味しく食することが出来る。その素晴らしさに心酔した愛蘭は、彼女を苦しめたい家族の意図とは裏腹に付喪神と一緒に自由気ままな農業ライフを楽しんでいた。令嬢としての社交や婚姻の責務から解放された今の生活に満足しているから、是非ともこのままずっと放っておいてほしい――そう願う愛蘭だったが、東宮殿下に付喪神を召喚する場面を見られてしまったことで彼に目をつけられてしまう。っていえいえ、宮中になんて行きたくありませんよ! 私は一生農業に生きていきますからね!
怪しい二人 夢見る文豪と文学少女
暇神
キャラ文芸
この町には、都市伝説が有る。
「あるはずのない電話番号」に電話をかけると、オカルト絡みの事件ならなんでも解決できる探偵たちが現れて、どんな悩み事も解決してくれるというものだ。
今日もまた、「あるはずのない電話番号」には、変な依頼が舞い込んでくる……
ちょっと陰気で売れない小説家と、年齢不詳の自称文学少女が送る、ちょっぴり怖くて、でも、最後には笑える物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる