59 / 73
白無垢姿は、クラシカルに
第58話
しおりを挟む
突き出されたのはなんと古都のガイドブックであり、いつの間に購入したのかと思ったのだが、すでに多くの場所をチェックしていた。水瀬得意の付箋があちこちに貼られているのを見て、俺はぞっとした。
まさか全箇所へと行くのをつき合わされるのではないだろうかと、肝を冷やしたのだが、それはおおよそ的中しているらしい。水瀬が「今回は」という一言を付け加えた時点で、俺は何やら盛大に連れまわされる覚悟というものを持たねばならないと察した。
学校の図書館で一反木綿が挟まっていた珍妙な書籍、〈奈良町妖怪見聞録〉と照らし合わせてスポットをチェックしているようで、ご丁寧に付箋にはガイドブックと妖怪本の相互ページがメモされている。
俺は眉根を寄せて、今回水瀬が行きたいと言い出したスポットを見たのだが、これまた大変有名な場所、関西の迎賓館の異名を持つホテルであった。
「ここにも妖怪が出るのかよ?」
「妖怪本には鬼の話が書いてあるけど、こっち。ティーラウンジ行ってみたいわ」
「そこに行くとなると経費で落とせないので、俺のおごりという認識でよろしいですか水瀬さん?」
「ええ、もちろんよ」
「俺の財布事情も今度は確かめてくれ!」
俺は自宅でできる在宅採点のアルバイトをしている。その時給は外で働く肉体労働と変わらないか、素早く済ませることができれば少々時給が良くなる計算である。ここの所出費が増えており、俺はぽりぽりと頭を掻きながら、まあいいかと渋々ながら承諾をした。
「あら、じゃあ私の実家にデート代が欲しいから仕送りを増やしてと言っておくわ。その代わり飛鳥は身支度を整えて、兵庫のうちの両親に挨拶に来る準備をしないといけないわね。ちなみに私は一人っ子で父は某病院の形成外科の部長で私のことを溺愛しているわけで、麻酔を打たれて心臓抜かれても悪く思わないでね」
「……俺のことは一言たりとも言わないでいい。というか言わないでくれ」
俺は人生で初めて、心の底から死への恐怖を味わったと言っても過言ではない。水瀬は淡々と語ったのだが、その目はとてつもなく冷静である。もうこの水瀬の父親というだけで身震いが止まらなくなりそうになり、怪談話やかき氷などいらないほどに俺は震えあがって寒くなった。
「あら、もうプロポーズしたって言っちゃったわ」
「なんてことしてくれるんだよ……! 返せ、俺の心臓!」
「母さんは喜んでいたし、写真を見せてって言っていたけれども、私は飛鳥の写真持っていないから。父さんはぶつぶつ言いながら果物ナイフ研いでいたけれど」
「俺、生きていける心地がしないんだけど。心臓ってスペア作れるんだっけ?」
大丈夫よと満面の笑顔で言われたところで説得力ゼロどころか、むしろ父親の果物ナイフの影がちらついてしまって俺は身震いした。
もしかして兵庫に行こうものなら俺の命は塵のように儚く散ってしまうか、魚のように三枚におろされるか、良くても海に捨てられてしまうのではと本気で考えた。
そしてあれが本当にプロポーズだったのかと思うと、なんて世の中世知辛いんだと思わずにはいられない。
こんな美少女に逆プロポーズされておいて贅沢だというのであれば、あんな超絶上から目線を通り越した神様目線のプロポーズの、どこが羨ましいのかを二、万文字の論文にして提出しろと言いたかった。
まさか全箇所へと行くのをつき合わされるのではないだろうかと、肝を冷やしたのだが、それはおおよそ的中しているらしい。水瀬が「今回は」という一言を付け加えた時点で、俺は何やら盛大に連れまわされる覚悟というものを持たねばならないと察した。
学校の図書館で一反木綿が挟まっていた珍妙な書籍、〈奈良町妖怪見聞録〉と照らし合わせてスポットをチェックしているようで、ご丁寧に付箋にはガイドブックと妖怪本の相互ページがメモされている。
俺は眉根を寄せて、今回水瀬が行きたいと言い出したスポットを見たのだが、これまた大変有名な場所、関西の迎賓館の異名を持つホテルであった。
「ここにも妖怪が出るのかよ?」
「妖怪本には鬼の話が書いてあるけど、こっち。ティーラウンジ行ってみたいわ」
「そこに行くとなると経費で落とせないので、俺のおごりという認識でよろしいですか水瀬さん?」
「ええ、もちろんよ」
「俺の財布事情も今度は確かめてくれ!」
俺は自宅でできる在宅採点のアルバイトをしている。その時給は外で働く肉体労働と変わらないか、素早く済ませることができれば少々時給が良くなる計算である。ここの所出費が増えており、俺はぽりぽりと頭を掻きながら、まあいいかと渋々ながら承諾をした。
「あら、じゃあ私の実家にデート代が欲しいから仕送りを増やしてと言っておくわ。その代わり飛鳥は身支度を整えて、兵庫のうちの両親に挨拶に来る準備をしないといけないわね。ちなみに私は一人っ子で父は某病院の形成外科の部長で私のことを溺愛しているわけで、麻酔を打たれて心臓抜かれても悪く思わないでね」
「……俺のことは一言たりとも言わないでいい。というか言わないでくれ」
俺は人生で初めて、心の底から死への恐怖を味わったと言っても過言ではない。水瀬は淡々と語ったのだが、その目はとてつもなく冷静である。もうこの水瀬の父親というだけで身震いが止まらなくなりそうになり、怪談話やかき氷などいらないほどに俺は震えあがって寒くなった。
「あら、もうプロポーズしたって言っちゃったわ」
「なんてことしてくれるんだよ……! 返せ、俺の心臓!」
「母さんは喜んでいたし、写真を見せてって言っていたけれども、私は飛鳥の写真持っていないから。父さんはぶつぶつ言いながら果物ナイフ研いでいたけれど」
「俺、生きていける心地がしないんだけど。心臓ってスペア作れるんだっけ?」
大丈夫よと満面の笑顔で言われたところで説得力ゼロどころか、むしろ父親の果物ナイフの影がちらついてしまって俺は身震いした。
もしかして兵庫に行こうものなら俺の命は塵のように儚く散ってしまうか、魚のように三枚におろされるか、良くても海に捨てられてしまうのではと本気で考えた。
そしてあれが本当にプロポーズだったのかと思うと、なんて世の中世知辛いんだと思わずにはいられない。
こんな美少女に逆プロポーズされておいて贅沢だというのであれば、あんな超絶上から目線を通り越した神様目線のプロポーズの、どこが羨ましいのかを二、万文字の論文にして提出しろと言いたかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる