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気弱な天狗の、恋の治療
第41話
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一反木綿を二年も挟んでいた奇妙な本〈妖怪見聞録〉の話をすると、水瀬は思い切り食いついてきた。そして予想の斜め上をいくことを言い出したものだから、俺はびっくり仰天して、心臓が夏の青空の彼方まで飛んで行ってしまうかと思った。
てっきり、その本に満足してしばらくは大人しくしてくれるかと思いきや、水瀬の妖怪好奇心センサーに触れてしまったらしい。そこに載っている妖怪たちが居そうなところに行って、直々に調べたいと言い出したのであった。
俺は断固拒否すると言い張ったのだが、例の如くあーだこーだと散々に言われて耳タコではなくて身体中にタコができかねた。慌ててないがしろに返事をしていたら、実家にまでくっついて来て説得しにかかってきたものだから、俺の精神的ダメージのでかさは想像に難くない。
結果、俺から「どこに行きたいんだよ」という言葉が引き出されることになり、それに水瀬が満足そうに頷いたので、思わず腹が立ってその小さな鼻をひっつまんでやったのであった。ざまあみろである。
すっ飛んできた張り手を見事に避けて、地団太を踏む水瀬に意地悪な笑みを俺が投げかけていると、降参したのか水瀬は〈妖怪見聞録〉を取り出して付箋のついたページを黄門さまの印籠の如くに見せびらかした。
BGMに厳かなあの曲が流れているかのような錯覚に陥ったのだが、その場合、俺が悪者の立ち位置になってしまうことに気がついて、速やかに妄想を吹き飛ばした。
「天狗よ、天狗! 山伏の信仰があるし、この県は山ばっかあるんだからきっといるはずよ」
「ほほう、根拠のない自信というやつだな。俺は残念ながら、天狗など見たこともないぞ」
それほど残念がるでもなく、見たこともないから却下だと言いたかった俺の脇を、びゅんと白い布が豪速球と同等の速さで通り抜けた。かと思うと俺の首にぐるりと勝手に巻き付いてくる。それはどこからか現れた布の付喪神、一反木綿である。
「きゃー!」
水瀬が思い切り悲鳴を上げて、それは恐怖ではなく歓喜の声であったのだが、水瀬のその反応に道行く人々が何事だと言わんばかりにこちらをじろじろと見つめる。
挙句の果てに俺の方をねめつけて、とうとう訝しむ視線を投げかけてきており、さしずめ美少女に何かやらかした怪しい男と認定されそうになった。俺は驚いて違う違うと慌ててジェスチャーをしたのだが、余計に怪しまれるばかりである。
眼鏡でどうでもいい服を着たぼさぼさ髪の青年は、どう見ても美少女を誘拐している悪人なのだ、この場合は。
「水瀬、いきなり悲鳴を上げるな!」
「だって、だって、一反木綿が!」
俺はその美少女の口を手で塞ぐと、ずるずると実家の庭先まで引きずって行き、そしてから解放した。
「あのなあ、誤解をうけるようなことするなよ。これじゃ俺がお前を誘拐したみたいに……ああもう、聞いてくれ、人の話を!」
もはや水瀬は一反木綿に夢中になっており、首に巻き付いた布の端くれをいとおしそうに撫でまわしてなんとも言えない顔をしていた。
そんな顔で見つめられて撫でられたら、おそらく世の中の男子は吹っ飛びかねないわけで、もれなくおっさん型一反木綿も、すでにでれでれと鼻の下を伸ばしていた。
てっきり、その本に満足してしばらくは大人しくしてくれるかと思いきや、水瀬の妖怪好奇心センサーに触れてしまったらしい。そこに載っている妖怪たちが居そうなところに行って、直々に調べたいと言い出したのであった。
俺は断固拒否すると言い張ったのだが、例の如くあーだこーだと散々に言われて耳タコではなくて身体中にタコができかねた。慌ててないがしろに返事をしていたら、実家にまでくっついて来て説得しにかかってきたものだから、俺の精神的ダメージのでかさは想像に難くない。
結果、俺から「どこに行きたいんだよ」という言葉が引き出されることになり、それに水瀬が満足そうに頷いたので、思わず腹が立ってその小さな鼻をひっつまんでやったのであった。ざまあみろである。
すっ飛んできた張り手を見事に避けて、地団太を踏む水瀬に意地悪な笑みを俺が投げかけていると、降参したのか水瀬は〈妖怪見聞録〉を取り出して付箋のついたページを黄門さまの印籠の如くに見せびらかした。
BGMに厳かなあの曲が流れているかのような錯覚に陥ったのだが、その場合、俺が悪者の立ち位置になってしまうことに気がついて、速やかに妄想を吹き飛ばした。
「天狗よ、天狗! 山伏の信仰があるし、この県は山ばっかあるんだからきっといるはずよ」
「ほほう、根拠のない自信というやつだな。俺は残念ながら、天狗など見たこともないぞ」
それほど残念がるでもなく、見たこともないから却下だと言いたかった俺の脇を、びゅんと白い布が豪速球と同等の速さで通り抜けた。かと思うと俺の首にぐるりと勝手に巻き付いてくる。それはどこからか現れた布の付喪神、一反木綿である。
「きゃー!」
水瀬が思い切り悲鳴を上げて、それは恐怖ではなく歓喜の声であったのだが、水瀬のその反応に道行く人々が何事だと言わんばかりにこちらをじろじろと見つめる。
挙句の果てに俺の方をねめつけて、とうとう訝しむ視線を投げかけてきており、さしずめ美少女に何かやらかした怪しい男と認定されそうになった。俺は驚いて違う違うと慌ててジェスチャーをしたのだが、余計に怪しまれるばかりである。
眼鏡でどうでもいい服を着たぼさぼさ髪の青年は、どう見ても美少女を誘拐している悪人なのだ、この場合は。
「水瀬、いきなり悲鳴を上げるな!」
「だって、だって、一反木綿が!」
俺はその美少女の口を手で塞ぐと、ずるずると実家の庭先まで引きずって行き、そしてから解放した。
「あのなあ、誤解をうけるようなことするなよ。これじゃ俺がお前を誘拐したみたいに……ああもう、聞いてくれ、人の話を!」
もはや水瀬は一反木綿に夢中になっており、首に巻き付いた布の端くれをいとおしそうに撫でまわしてなんとも言えない顔をしていた。
そんな顔で見つめられて撫でられたら、おそらく世の中の男子は吹っ飛びかねないわけで、もれなくおっさん型一反木綿も、すでにでれでれと鼻の下を伸ばしていた。
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