古都あやかし徒然恋日記

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
39 / 73
布切れだって、自由になりたい

第38話

しおりを挟む
『ああ、この世は諸行無常とは、よう言ったもんやわ。ここに挟まれて出られなくなって二年……やっと見える人間が来たと思ったらこないに冷たいとはなあ……これやから最近の若いもんっちゅーのは……』

 何やらぶつぶつと言い始めた一反木綿は、盛大にしょげつつ、人差し指どうしをつんつんととつつき合いながら口を尖らせている。

「二年? 二年もここに挟まっていたっていうのか?」

『せや! お前さん、わしのこと可哀想と思わんのか? こんないたいけな付喪神が、こんなところに挟まってしもて動かれへんのやで?』

「っていうか、なんで挟まったわけ?」

 そこまで言って、人が来た気配がしたので、思わず一反木綿にしーっと人差し指を口の前に持って合図したのだが「大丈夫や。わしの声は人に聞こえへんやろ?」と言われてそれもそうだと、俺は気が抜けてしまった。

 人が去って行ったのを確認すると、一反木綿は本棚の上で器用に側臥位に寝そべって、肘をついて頭を乗せて俺を見つめた。正式には、目のようなものは布の一部に切れ目が入っている様子なので、見つめているのかは分からないのだが。

『よう聞いてくれた。実はな、今わしが挟まっとるんは、妖怪のことが陳述された本や』

「妖怪の本?」

 言われてみてみると、確かに〈妖怪見聞録〉と書かれている、なんとも古めかしい本で、分類番号なども貼られていない。

 誰かが持ち込んだ本が紛れてしまったのか、それとも誰かが設置したのかは分からないが、図書館の所蔵品ではなさそうであった。

『ほんでな、この本にわしのことがキュートに書かれとるかと、確認しようと思ったら、最後のほうに何やら変な呪符みたいなのが書かれとって、まんまと引っかかってしもたんや』

「つまりは、妖怪退散の札に引っかかったってこと? 仕掛け罠にかかった鹿みたいに?」

『鹿やないけどな。布やけどな。まあそんなところや』

 せやから助けてと一反木綿は細い切れ目の目をぱちくりとさせて、両手をこすり合わせて俺のことを拝んできた。

 乗り掛かった舟ということで、俺は誰も人がいないのを確認すると、本を棚から引っ張り出して、一反木綿が挟まってしまっているページを開いた。

 そこには、何やら謎めいた文字のような模様のようなものが描かれていて、ばっちり一反木綿の一部が密着してしまっていた。それを剥がそうとすると。

『いっ……いだだだだだだだ! あかん、あかん! 破けてまう!』

 世にも奇妙なガラガラだみ声が書庫に響いて、俺は驚いて脚立から落ちかけた。慌ててバランスを取りなおして、今度はもう少し丁寧に剥がそうとしたのだが、ちっとも剥がれない。一反木綿がギャーギャー言いながら痙攣したように、身体をぴくぴくとさせる。

『あ、あかんわこれ……お前さん、もう少し優しくできんの?』

「優しく剥がしてる……つもりだけど」

 爪の先でカリカリと引っ掻くと、どえらい声を出して一反木綿は全身をわなわなと震わせた。

 もう仕方がないので本を閉じて、俺は脚立を下りる。痛かったのか、白目を剥いてただの布になってしまったかのような一反木綿をずるずると引きずりながら、俺は探しものの本を探すと足早にカウンターへと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~

保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。 迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。 ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。 昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!? 夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。 ハートフルサイコダイブコメディです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...