古都あやかし徒然恋日記

神原オホカミ【書籍発売中】

文字の大きさ
上 下
37 / 73
そして少女は、葛餅の夢を見る

第36話

しおりを挟む
 とほほな気持ちは、極上の温かい作りたての葛餅によって、回復された。まさしく〈ホイミ〉である。沁みわたるような温かみのある味わいに、水瀬は言葉にならなくて、手をほっぺたに当てたまま、しばらく目を点にしていたくらいだ。

 今後、水瀬がうるさい時には葛餅か草餅を口に突っ込めば、回りまくる舌の速度を落とせるかもしれないという作戦を思いついた。しかしいかんせん、いつも葛餅や草餅を持ち歩くことは不可能で、結局水瀬を黙らせることはできないのだと、聡明なる我が脳みそは悟ったのであった。

「なにこれ、美味しい……」

 言葉にできなくて水瀬は黙々と葛餅を口へと運び、そしてその弾力に喜び、プルプルとさせては目を輝かせていた。

 俺もその横で葛のプリンを口に放り込んでおり、一口欲しいと目で訴えてきたので食べさせてやったら、もはや言葉にできないを通り越して、感動の域に達したようだった。

「河童ちゃんも食べるかしら……?」

「いいけど経費で買えよ、経費で」

「そうするわ。自分の分もちょっとばかし経費で……」

「それを人は横領と言うんだぞ」

 それをしれっと無視をして、水瀬は美味しすぎる葛餅に舌鼓を打ってたいそうご機嫌な様子だった。

 こんな顔をする水瀬は、学校ではまず見ることができない。いっつも仏頂面か、しかめ面が似合う彼女の、幸せそうに食べ物を口に運ぶ姿を独り占めできているのは、なんともオイシイ事なのやもしれない、としみじみ思ったのであった。

 河童と大仏様用という訳の分からない手土産の渡し先ではあるが、お土産用の葛餅を二十個購入し、帰宅をしてから窓辺にそれらを供えて、いつものように夕方になり、夜になっていった。

 水瀬は家族の一員だったかと思うが如く俺の家に馴染み、そして悪びれもせず俺のベッドをぶんどる。今日も楽しかったと言いながら、満足そうににやにや笑いつつ、ろくろ首と出会ったことを日記に書いていた。

 水瀬が寝落ちしたのを見てから、俺は読んでいた文庫本を閉じて、彼女に布団をかけてやる。胸元には、後生大事にしている、妖怪からもらったという四つ葉のクローバーのネックレスを下げ、すやすやと寝息を立てている姿は天使のようだった。

 開きっぱなしの日記を見ては悪いと思いつつも、閉じるのに手を伸ばすと、大分に細かくきれいな字で今日のことが書かれている。見れば、俺とのことや妖怪のことまで詳しく書いてあって、つい目が文字を追ってしまった。

『飛鳥と出会えてよかった。妖怪が見えなくても、今私の人生は一番満足で幸せな状態だもの』

 そんな一文を見つけてしまい、俺は慌てて日記を閉じた。照れくささとドツンデレの水瀬のギャップには驚かされるばかりだ。心臓がその日の夜は早鐘のように鳴り響いて、なかなか寝付けないまま、窓の外の月をぼんやりと見ながら過ごすことになった訳である。

 翌朝になって窓辺を見ると、すっかり葛餅はなくなっており、またもや大仏様からのおみくじがぺらりと一枚置かれてあって、一部に赤丸が付けられている。覗き込んで俺は絶句した。

〈恋愛 この人を逃すな〉

「まさか、冗談じゃない!」

 俺はわなわなと身体を震わせたのだが、何やら美味しいものを食べている夢を見ているのか、ふふふと水瀬が寝ながら笑っているのに気がついてそちらを見た。のんきなものである。

「まあ、いっか」

 俺はそのおみくじをほっぽりだすと、自身の布団へと戻って二度寝の態勢を整える。水瀬が寝言で「ありがとう」と言ったのを聞きながら、俺はにんまりしながら目をつぶった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...