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そして少女は、葛餅の夢を見る
第36話
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とほほな気持ちは、極上の温かい作りたての葛餅によって、回復された。まさしく〈ホイミ〉である。沁みわたるような温かみのある味わいに、水瀬は言葉にならなくて、手をほっぺたに当てたまま、しばらく目を点にしていたくらいだ。
今後、水瀬がうるさい時には葛餅か草餅を口に突っ込めば、回りまくる舌の速度を落とせるかもしれないという作戦を思いついた。しかしいかんせん、いつも葛餅や草餅を持ち歩くことは不可能で、結局水瀬を黙らせることはできないのだと、聡明なる我が脳みそは悟ったのであった。
「なにこれ、美味しい……」
言葉にできなくて水瀬は黙々と葛餅を口へと運び、そしてその弾力に喜び、プルプルとさせては目を輝かせていた。
俺もその横で葛のプリンを口に放り込んでおり、一口欲しいと目で訴えてきたので食べさせてやったら、もはや言葉にできないを通り越して、感動の域に達したようだった。
「河童ちゃんも食べるかしら……?」
「いいけど経費で買えよ、経費で」
「そうするわ。自分の分もちょっとばかし経費で……」
「それを人は横領と言うんだぞ」
それをしれっと無視をして、水瀬は美味しすぎる葛餅に舌鼓を打ってたいそうご機嫌な様子だった。
こんな顔をする水瀬は、学校ではまず見ることができない。いっつも仏頂面か、しかめ面が似合う彼女の、幸せそうに食べ物を口に運ぶ姿を独り占めできているのは、なんともオイシイ事なのやもしれない、としみじみ思ったのであった。
河童と大仏様用という訳の分からない手土産の渡し先ではあるが、お土産用の葛餅を二十個購入し、帰宅をしてから窓辺にそれらを供えて、いつものように夕方になり、夜になっていった。
水瀬は家族の一員だったかと思うが如く俺の家に馴染み、そして悪びれもせず俺のベッドをぶんどる。今日も楽しかったと言いながら、満足そうににやにや笑いつつ、ろくろ首と出会ったことを日記に書いていた。
水瀬が寝落ちしたのを見てから、俺は読んでいた文庫本を閉じて、彼女に布団をかけてやる。胸元には、後生大事にしている、妖怪からもらったという四つ葉のクローバーのネックレスを下げ、すやすやと寝息を立てている姿は天使のようだった。
開きっぱなしの日記を見ては悪いと思いつつも、閉じるのに手を伸ばすと、大分に細かくきれいな字で今日のことが書かれている。見れば、俺とのことや妖怪のことまで詳しく書いてあって、つい目が文字を追ってしまった。
『飛鳥と出会えてよかった。妖怪が見えなくても、今私の人生は一番満足で幸せな状態だもの』
そんな一文を見つけてしまい、俺は慌てて日記を閉じた。照れくささとドツンデレの水瀬のギャップには驚かされるばかりだ。心臓がその日の夜は早鐘のように鳴り響いて、なかなか寝付けないまま、窓の外の月をぼんやりと見ながら過ごすことになった訳である。
翌朝になって窓辺を見ると、すっかり葛餅はなくなっており、またもや大仏様からのおみくじがぺらりと一枚置かれてあって、一部に赤丸が付けられている。覗き込んで俺は絶句した。
〈恋愛 この人を逃すな〉
「まさか、冗談じゃない!」
俺はわなわなと身体を震わせたのだが、何やら美味しいものを食べている夢を見ているのか、ふふふと水瀬が寝ながら笑っているのに気がついてそちらを見た。のんきなものである。
「まあ、いっか」
俺はそのおみくじをほっぽりだすと、自身の布団へと戻って二度寝の態勢を整える。水瀬が寝言で「ありがとう」と言ったのを聞きながら、俺はにんまりしながら目をつぶった。
今後、水瀬がうるさい時には葛餅か草餅を口に突っ込めば、回りまくる舌の速度を落とせるかもしれないという作戦を思いついた。しかしいかんせん、いつも葛餅や草餅を持ち歩くことは不可能で、結局水瀬を黙らせることはできないのだと、聡明なる我が脳みそは悟ったのであった。
「なにこれ、美味しい……」
言葉にできなくて水瀬は黙々と葛餅を口へと運び、そしてその弾力に喜び、プルプルとさせては目を輝かせていた。
俺もその横で葛のプリンを口に放り込んでおり、一口欲しいと目で訴えてきたので食べさせてやったら、もはや言葉にできないを通り越して、感動の域に達したようだった。
「河童ちゃんも食べるかしら……?」
「いいけど経費で買えよ、経費で」
「そうするわ。自分の分もちょっとばかし経費で……」
「それを人は横領と言うんだぞ」
それをしれっと無視をして、水瀬は美味しすぎる葛餅に舌鼓を打ってたいそうご機嫌な様子だった。
こんな顔をする水瀬は、学校ではまず見ることができない。いっつも仏頂面か、しかめ面が似合う彼女の、幸せそうに食べ物を口に運ぶ姿を独り占めできているのは、なんともオイシイ事なのやもしれない、としみじみ思ったのであった。
河童と大仏様用という訳の分からない手土産の渡し先ではあるが、お土産用の葛餅を二十個購入し、帰宅をしてから窓辺にそれらを供えて、いつものように夕方になり、夜になっていった。
水瀬は家族の一員だったかと思うが如く俺の家に馴染み、そして悪びれもせず俺のベッドをぶんどる。今日も楽しかったと言いながら、満足そうににやにや笑いつつ、ろくろ首と出会ったことを日記に書いていた。
水瀬が寝落ちしたのを見てから、俺は読んでいた文庫本を閉じて、彼女に布団をかけてやる。胸元には、後生大事にしている、妖怪からもらったという四つ葉のクローバーのネックレスを下げ、すやすやと寝息を立てている姿は天使のようだった。
開きっぱなしの日記を見ては悪いと思いつつも、閉じるのに手を伸ばすと、大分に細かくきれいな字で今日のことが書かれている。見れば、俺とのことや妖怪のことまで詳しく書いてあって、つい目が文字を追ってしまった。
『飛鳥と出会えてよかった。妖怪が見えなくても、今私の人生は一番満足で幸せな状態だもの』
そんな一文を見つけてしまい、俺は慌てて日記を閉じた。照れくささとドツンデレの水瀬のギャップには驚かされるばかりだ。心臓がその日の夜は早鐘のように鳴り響いて、なかなか寝付けないまま、窓の外の月をぼんやりと見ながら過ごすことになった訳である。
翌朝になって窓辺を見ると、すっかり葛餅はなくなっており、またもや大仏様からのおみくじがぺらりと一枚置かれてあって、一部に赤丸が付けられている。覗き込んで俺は絶句した。
〈恋愛 この人を逃すな〉
「まさか、冗談じゃない!」
俺はわなわなと身体を震わせたのだが、何やら美味しいものを食べている夢を見ているのか、ふふふと水瀬が寝ながら笑っているのに気がついてそちらを見た。のんきなものである。
「まあ、いっか」
俺はそのおみくじをほっぽりだすと、自身の布団へと戻って二度寝の態勢を整える。水瀬が寝言で「ありがとう」と言ったのを聞きながら、俺はにんまりしながら目をつぶった。
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