上 下
38 / 74
そして少女は、葛餅の夢を見る

第36話

しおりを挟む
 とほほな気持ちは、極上の温かい作りたての葛餅によって、回復された。まさしく〈ホイミ〉である。沁みわたるような温かみのある味わいに、水瀬は言葉にならなくて、手をほっぺたに当てたまま、しばらく目を点にしていたくらいだ。

 今後、水瀬がうるさい時には葛餅か草餅を口に突っ込めば、回りまくる舌の速度を落とせるかもしれないという作戦を思いついた。しかしいかんせん、いつも葛餅や草餅を持ち歩くことは不可能で、結局水瀬を黙らせることはできないのだと、聡明なる我が脳みそは悟ったのであった。

「なにこれ、美味しい……」

 言葉にできなくて水瀬は黙々と葛餅を口へと運び、そしてその弾力に喜び、プルプルとさせては目を輝かせていた。

 俺もその横で葛のプリンを口に放り込んでおり、一口欲しいと目で訴えてきたので食べさせてやったら、もはや言葉にできないを通り越して、感動の域に達したようだった。

「河童ちゃんも食べるかしら……?」

「いいけど経費で買えよ、経費で」

「そうするわ。自分の分もちょっとばかし経費で……」

「それを人は横領と言うんだぞ」

 それをしれっと無視をして、水瀬は美味しすぎる葛餅に舌鼓を打ってたいそうご機嫌な様子だった。

 こんな顔をする水瀬は、学校ではまず見ることができない。いっつも仏頂面か、しかめ面が似合う彼女の、幸せそうに食べ物を口に運ぶ姿を独り占めできているのは、なんともオイシイ事なのやもしれない、としみじみ思ったのであった。

 河童と大仏様用という訳の分からない手土産の渡し先ではあるが、お土産用の葛餅を二十個購入し、帰宅をしてから窓辺にそれらを供えて、いつものように夕方になり、夜になっていった。

 水瀬は家族の一員だったかと思うが如く俺の家に馴染み、そして悪びれもせず俺のベッドをぶんどる。今日も楽しかったと言いながら、満足そうににやにや笑いつつ、ろくろ首と出会ったことを日記に書いていた。

 水瀬が寝落ちしたのを見てから、俺は読んでいた文庫本を閉じて、彼女に布団をかけてやる。胸元には、後生大事にしている、妖怪からもらったという四つ葉のクローバーのネックレスを下げ、すやすやと寝息を立てている姿は天使のようだった。

 開きっぱなしの日記を見ては悪いと思いつつも、閉じるのに手を伸ばすと、大分に細かくきれいな字で今日のことが書かれている。見れば、俺とのことや妖怪のことまで詳しく書いてあって、つい目が文字を追ってしまった。

『飛鳥と出会えてよかった。妖怪が見えなくても、今私の人生は一番満足で幸せな状態だもの』

 そんな一文を見つけてしまい、俺は慌てて日記を閉じた。照れくささとドツンデレの水瀬のギャップには驚かされるばかりだ。心臓がその日の夜は早鐘のように鳴り響いて、なかなか寝付けないまま、窓の外の月をぼんやりと見ながら過ごすことになった訳である。

 翌朝になって窓辺を見ると、すっかり葛餅はなくなっており、またもや大仏様からのおみくじがぺらりと一枚置かれてあって、一部に赤丸が付けられている。覗き込んで俺は絶句した。

〈恋愛 この人を逃すな〉

「まさか、冗談じゃない!」

 俺はわなわなと身体を震わせたのだが、何やら美味しいものを食べている夢を見ているのか、ふふふと水瀬が寝ながら笑っているのに気がついてそちらを見た。のんきなものである。

「まあ、いっか」

 俺はそのおみくじをほっぽりだすと、自身の布団へと戻って二度寝の態勢を整える。水瀬が寝言で「ありがとう」と言ったのを聞きながら、俺はにんまりしながら目をつぶった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

召喚巫女の憂鬱

リコピン
恋愛
成人式の日、突如異世界に召喚されてしまった澄子(とうこ)は、訳もわからぬままに世界の瘴気を祓うための巫女にされてしまう。 ―汝、世界を愛せよ 巫女へと囁き続けられる声。 ―私は、私の世界を愛していた 元の世界へ帰れない澄子は、やがて異世界を憎むようになる。しかし、かつて彼女を救った男の存在に、その世界の全てを憎みきることは出来ない。 成りたくないのに巫女にされ、やりたくないのに世界を浄化してしまう澄子の心は、今日も晴れないまま。 彼女は知らない。この世界が、R18乙女ゲームの世界であることを― ※召喚先が18禁乙女ゲームの世界なのでR15指定にしていますが、ラブエッチ的な表現はありません。 ※娼館や女性に暴力を働く表現が出てきます。ご注意下さい。 ※シリアス展開で、重い暗い表現も出てきます。作者的にはハッピーエンドです。

秘伝賜ります

紫南
キャラ文芸
『陰陽道』と『武道』を極めた先祖を持つ大学生の高耶《タカヤ》は その先祖の教えを受け『陰陽武道』を継承している。 失いつつある武道のそれぞれの奥義、秘伝を預かり 継承者が見つかるまで一族で受け継ぎ守っていくのが使命だ。 その過程で、陰陽道も極めてしまった先祖のせいで妖絡みの問題も解決しているのだが…… ◆◇◆◇◆ 《おヌシ! まさか、オレが負けたと思っておるのか!? 陰陽武道は最強! 勝ったに決まっとるだろ!》 (ならどうしたよ。あ、まさかまたぼっちが嫌でとかじゃねぇよな? わざわざ霊界の門まで開けてやったのに、そんな理由で帰って来ねえよな?) 《ぐぅっ》……これが日常? ◆◇◆ 現代では恐らく最強! けれど地味で平凡な生活がしたい青年の非日常をご覧あれ! 【毎週水曜日0時頃投稿予定】

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

後宮にて、あなたを想う

じじ
キャラ文芸
真国の皇后として後宮に迎え入れられた蔡怜。美しく優しげな容姿と穏やかな物言いで、一見人当たりよく見える彼女だが、実は後宮なんて面倒なところに来たくなかった、という邪魔くさがり屋。 家柄のせいでら渋々嫁がざるを得なかった蔡怜が少しでも、自分の生活を穏やかに暮らすため、嫌々ながらも後宮のトラブルを解決します!

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。  ※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。    一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。

処理中です...