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そして少女は、葛餅の夢を見る
第35話
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歩いて少し行ったところに、葛を扱う老舗のお店がある。この観光地付近に住んでいる者として、お土産として喜ばれるようなものが、すぐさま手に入るところにあるというのは、とても楽でほんの少しばかり優越感でもある。
どこ行くのと聞いてくる水瀬は、ウキウキしている様子が伺える。秘密と言っておこうかと思ったのだが、秘密にするとろくなことにならなそうだったので素直に葛餅と答えた。
「葛……ああ、確かに有名だったわね」
「そうそう。美味しいんだよ。食べたことないだろ?」
「無いわ。楽しみ」
たいそう嬉しそうにしていると、それはそれは全く普通のなんともない美少女に見えるのが何かと憎らしく思う。
口を開けば憎まれ口、俺に対しては尊ぶことの欠片も無しではあるが、口さえつぐんで大人しくしていれば、やっぱり水瀬は噂されるだけあって、可愛らしく美人であった。
そんなことを考えていると、何やら首の長い女性が向こうから覗き込んできていた。俺がろくろ首みたいだなと思っていたら、まさかの本物のろくろ首で肝を冷やした。
水瀬に伝えようか迷ったところ、首がすすすと伸びてきて、たいそうにこやかにお辞儀をされたものだから、つられてお辞儀をしてしまったこの礼儀正しさは拍手を送ってもらいたいものである。
「ん、どうしたの飛鳥?」
「ろくろ首がお辞儀してきたから……」
「え、ろくろ首? どこ?」
水瀬が途端に妖怪ギークになってしまい、目をきょろきょろとさせながら辺りを必死で見た。一秒前までの美少女の姿が全く見当たらない。およよである。
「水瀬の目の前。めっちゃお前のこと見てるぞ」
かまをかけてみたら、さすがにそれには驚いたのか、俺の腕にひしっとしがみ付いてきた。水瀬は妖怪を好きな気持ちはあるが、恐れる気持ちももちろん同時にあるのだった。
「嘘ごめん、十メートル先くらい。顔は、すぐそこだけど」
水瀬は俺の腕を、ちみっちゃくつねって抗議をした。
「ろくろ首は、なんか俺に用事?」
俺たちの様子をうかがって待っていてくれたろくろ首は、穏やかに笑顔を見せた。今までのどの妖怪よりも温和な感じがして、見た目はちょっとばかし不気味ではあるが、あまり怖さというものは感じなかった。
『はい。ええと、大仏様からの伝言なんですが……』
「嫌な予感しかないんだけど」
俺は複雑な顔をしながらろくろ首を見つめると、ふふふと優しそうな女性の首が笑う。何とおしとやかでお上品で、優しさをダダ洩れさせていることだろうか、このろくろ首は。民子と弥生に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいとすら思った。
『葛餅、僕も食べたい! だそうです』
「大仏様は、もはや食いしん坊万歳スイーツ男子かよ!」
『また窓際に置いてほしいそうです。個数は十だそうで』
「……わかったからもはや俺の願いを叶えてほしい……なんで大仏様にパシリにされなきゃならないんだ……」
ふふふとろくろ首は首を身体まで戻すと、手を振ってにこやかに路地の奥へと入って行ってすぐさま見えなくなった。
どこ行くのと聞いてくる水瀬は、ウキウキしている様子が伺える。秘密と言っておこうかと思ったのだが、秘密にするとろくなことにならなそうだったので素直に葛餅と答えた。
「葛……ああ、確かに有名だったわね」
「そうそう。美味しいんだよ。食べたことないだろ?」
「無いわ。楽しみ」
たいそう嬉しそうにしていると、それはそれは全く普通のなんともない美少女に見えるのが何かと憎らしく思う。
口を開けば憎まれ口、俺に対しては尊ぶことの欠片も無しではあるが、口さえつぐんで大人しくしていれば、やっぱり水瀬は噂されるだけあって、可愛らしく美人であった。
そんなことを考えていると、何やら首の長い女性が向こうから覗き込んできていた。俺がろくろ首みたいだなと思っていたら、まさかの本物のろくろ首で肝を冷やした。
水瀬に伝えようか迷ったところ、首がすすすと伸びてきて、たいそうにこやかにお辞儀をされたものだから、つられてお辞儀をしてしまったこの礼儀正しさは拍手を送ってもらいたいものである。
「ん、どうしたの飛鳥?」
「ろくろ首がお辞儀してきたから……」
「え、ろくろ首? どこ?」
水瀬が途端に妖怪ギークになってしまい、目をきょろきょろとさせながら辺りを必死で見た。一秒前までの美少女の姿が全く見当たらない。およよである。
「水瀬の目の前。めっちゃお前のこと見てるぞ」
かまをかけてみたら、さすがにそれには驚いたのか、俺の腕にひしっとしがみ付いてきた。水瀬は妖怪を好きな気持ちはあるが、恐れる気持ちももちろん同時にあるのだった。
「嘘ごめん、十メートル先くらい。顔は、すぐそこだけど」
水瀬は俺の腕を、ちみっちゃくつねって抗議をした。
「ろくろ首は、なんか俺に用事?」
俺たちの様子をうかがって待っていてくれたろくろ首は、穏やかに笑顔を見せた。今までのどの妖怪よりも温和な感じがして、見た目はちょっとばかし不気味ではあるが、あまり怖さというものは感じなかった。
『はい。ええと、大仏様からの伝言なんですが……』
「嫌な予感しかないんだけど」
俺は複雑な顔をしながらろくろ首を見つめると、ふふふと優しそうな女性の首が笑う。何とおしとやかでお上品で、優しさをダダ洩れさせていることだろうか、このろくろ首は。民子と弥生に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいとすら思った。
『葛餅、僕も食べたい! だそうです』
「大仏様は、もはや食いしん坊万歳スイーツ男子かよ!」
『また窓際に置いてほしいそうです。個数は十だそうで』
「……わかったからもはや俺の願いを叶えてほしい……なんで大仏様にパシリにされなきゃならないんだ……」
ふふふとろくろ首は首を身体まで戻すと、手を振ってにこやかに路地の奥へと入って行ってすぐさま見えなくなった。
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