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大仏様だって、甘えたい
第26話
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明け方に網戸をがたがたとされたので、俺が飛び起きて窓辺を見ると、群れからはぐれた鹿ではなく、キュートな花柄のシャワーキャップを被った、忌々しい河童であった。
時計を見れば、時刻はまだ朝の五時。朝焼けさえまだの、空には星さえ輝いている時間だというのに、河童は興奮した様子でそこに立っていた。
『よお飛鳥。ついに美少女とご自宅でお泊りデートか? お前も隅に置けない男になったなあ』
「おい河童。お前今何時だと思ってやがる。俺は昨晩、この妖怪オタクの水瀬の詰問に夜通し答えなくてはならず、きりきり痛む胃をいたわっていたがために眠れず、先ほど尊い眠りについたばかりだというのに……」
『けけけけ。そうそう、大仏さんが呼んではったから、知らせに来てやった』
俺は目をこすりながら、網戸に向かって話しかける。起き上がるのさえ面倒で、布団の上に寝そべったまま、腕で目を隠しながら続けた。
「……大仏さん?」
『せや。東大寺の大仏さんや。拝観料持って行き。そこのお嬢さんも一緒に、いつものようにおデートしはったらええ』
「水瀬と一緒なのは嫌なんだが、大仏様から呼び出し? というか、大仏様から? なんで神様から……何の話だ?」
『行けばわかるさかい、今日行き。大仏さん待っとるやて』
「河童よ、嘘だったらしばき倒すからな、覚えておけよ。俺の安眠を奪った罪は重い」
『嘘やないって。ほんまやったら、草餅買《こ》うてくれる?』
「……それが目的か!」
『なあなあ。買うてくれるやろ?』
「ああもういい。十でも二十でも買ってやるから、のどに詰まらせて死んじまえ」
けけけけと奇妙な笑い声を発しながら、「ほなな、大仏池で待っとるからな」と憎々しい河童は去って行った。
また眠ろうとしたのだが、話し声に起きた水瀬がベッドの上から、俺の顔をじっと覗いているのに気がついたのは腕を外した後だ。思わず妖怪でも出たかと思って、一瞬俺のとてつもなく繊細な心臓が止まるかと思った。
「……! びっくりしたな。妖怪かと思って心臓止まるかと思った……脅かすのやめてくれよ」
「……河童」
「はい?」
「河童来てたんでしょ?」
そうだけど、と答えると、水瀬はベッドから起き上がって、布団の上から俺にがっちりとまたがった。いわゆる、馬乗りという状態である。
今こそ我が純情たる心臓が止まるかと思ったのだが、次の一言に一瞬にして生き延びることが可能になった。
「今度河童が来て私のことを起こさなかったら、この家にいられなくしてやるからね」
「うわあ……もう本当に、俺ばっか貧乏くじすぎる」
「わかった?」
「わかったからどいて! 純情な男子の上にまたがるとはとんだお転婆娘だな!」
「あら、刺激的でしょ? っていうか、飛鳥眼鏡取ると……まあいいわ」
そんな刺激いらんわと答えると、満足したのか水瀬は元の俺のベッドへと戻って行った。なんで河童が来てたのかを聞かれ、東大寺の大仏様に呼び出しをくらったことを告げて去って行ったと話すと、草餅二十個買って行くわよと言われた。
一緒に来るのか、宿命のこのやろう。
ついて来なくてもいいんだぞという言葉の一片も受け入れてもらえる様子はなく、結局はまた夏休みなのに毎日のように水瀬と顔を突き合わせて、奈良町をぷうらぷうらするという日々を送っている。
なんだかんだ我が人生は充実しているのではないかと思ってしまった、自分の短絡的思考を振り払って、俺はまたもや浅い眠りについた。
時計を見れば、時刻はまだ朝の五時。朝焼けさえまだの、空には星さえ輝いている時間だというのに、河童は興奮した様子でそこに立っていた。
『よお飛鳥。ついに美少女とご自宅でお泊りデートか? お前も隅に置けない男になったなあ』
「おい河童。お前今何時だと思ってやがる。俺は昨晩、この妖怪オタクの水瀬の詰問に夜通し答えなくてはならず、きりきり痛む胃をいたわっていたがために眠れず、先ほど尊い眠りについたばかりだというのに……」
『けけけけ。そうそう、大仏さんが呼んではったから、知らせに来てやった』
俺は目をこすりながら、網戸に向かって話しかける。起き上がるのさえ面倒で、布団の上に寝そべったまま、腕で目を隠しながら続けた。
「……大仏さん?」
『せや。東大寺の大仏さんや。拝観料持って行き。そこのお嬢さんも一緒に、いつものようにおデートしはったらええ』
「水瀬と一緒なのは嫌なんだが、大仏様から呼び出し? というか、大仏様から? なんで神様から……何の話だ?」
『行けばわかるさかい、今日行き。大仏さん待っとるやて』
「河童よ、嘘だったらしばき倒すからな、覚えておけよ。俺の安眠を奪った罪は重い」
『嘘やないって。ほんまやったら、草餅買《こ》うてくれる?』
「……それが目的か!」
『なあなあ。買うてくれるやろ?』
「ああもういい。十でも二十でも買ってやるから、のどに詰まらせて死んじまえ」
けけけけと奇妙な笑い声を発しながら、「ほなな、大仏池で待っとるからな」と憎々しい河童は去って行った。
また眠ろうとしたのだが、話し声に起きた水瀬がベッドの上から、俺の顔をじっと覗いているのに気がついたのは腕を外した後だ。思わず妖怪でも出たかと思って、一瞬俺のとてつもなく繊細な心臓が止まるかと思った。
「……! びっくりしたな。妖怪かと思って心臓止まるかと思った……脅かすのやめてくれよ」
「……河童」
「はい?」
「河童来てたんでしょ?」
そうだけど、と答えると、水瀬はベッドから起き上がって、布団の上から俺にがっちりとまたがった。いわゆる、馬乗りという状態である。
今こそ我が純情たる心臓が止まるかと思ったのだが、次の一言に一瞬にして生き延びることが可能になった。
「今度河童が来て私のことを起こさなかったら、この家にいられなくしてやるからね」
「うわあ……もう本当に、俺ばっか貧乏くじすぎる」
「わかった?」
「わかったからどいて! 純情な男子の上にまたがるとはとんだお転婆娘だな!」
「あら、刺激的でしょ? っていうか、飛鳥眼鏡取ると……まあいいわ」
そんな刺激いらんわと答えると、満足したのか水瀬は元の俺のベッドへと戻って行った。なんで河童が来てたのかを聞かれ、東大寺の大仏様に呼び出しをくらったことを告げて去って行ったと話すと、草餅二十個買って行くわよと言われた。
一緒に来るのか、宿命のこのやろう。
ついて来なくてもいいんだぞという言葉の一片も受け入れてもらえる様子はなく、結局はまた夏休みなのに毎日のように水瀬と顔を突き合わせて、奈良町をぷうらぷうらするという日々を送っている。
なんだかんだ我が人生は充実しているのではないかと思ってしまった、自分の短絡的思考を振り払って、俺はまたもや浅い眠りについた。
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