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虎の屏風には、ご用心
第23話
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そこには漢詩がきれいに書かれていた。
「……読めない」
「ふぉっふぉっふぉ。まあ、要約すれば、奈良の町を歩いていた妖虎を、この屏風の中に封じたということだ。どこぞの高僧の書と絵かは分からないが、なかなか立派なもんだ」
水瀬はふむふむとそれを眺めつつ、そしてすらすらと漢文を読んでしまい、俺のど肝を抜いた。そのあとに、自慢げに俺を見上げてきやがったその鼻先が、あまりにも憎らしくてつまんでやる。すかさず、思い切りの良い張り手が、頬にすっ飛んできて、くっきりと俺の頬に赤い痕を残した。
二度と何もやってやらないぞ俺は心と腹の奥底から、東大寺の大仏様に向かって全身全霊の祈りを捧げるに至ったのは、こういうことだった。毎日一時間でも祈ってやると、心に固く決めた。
「いますよ、妖怪。しかもオネェっぽいし、ドジなのか知らないけど、水瀬に襲い掛かろうとして、見えない壁みたいなのにぶつかって、脳震盪おこして今は伸びてますけど……家に持ち帰らないほうがいいと思いますよ」
「ふむ。では、〈妖研〉の部屋に置いておこう」
「はいいい?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「ふぉっふぉっふぉ。〈妖研〉らしくて良いではないか」
「いや、こんなオネェな妖怪置いておかれても」
困ると言いかけた俺を脇へと突き飛ばして水瀬が教授の前に飛び出して、目をキラキラと輝かせると「いいんですか!?」と喜んでいた。
「もちろん。その方が、なにかと良いだろう」
「良くな――」
「教授、ありがとうございます! 飛鳥、すぐに運ぶわよ。持ち上げられるわよね?」
その前に突き飛ばしたことに対する謝罪を申し込みたかったのだが、水瀬の中で俺は空気のようなものだからきっと、突き飛ばしていることを認識さえしていないだろうと考えた。
これ以上面倒くさい口論になるのもややこしいので、俺は承諾して教授の部屋から屏風を運び出して、〈妖研〉まで持って行く羽目になった。
そんな経緯があって、今では〈妖研〉の部室に行くと、毎回毎回、野太いおっさんの声で『アラァ、いらっしゃーい』と甘ったるい声をかけられるようになってしまったのだが、その声が聞こえているのがあいにく俺だけなので、俺だけが痛烈に頭を悩ませる結果になった。
水瀬はと言えば、虎に牙を向けられてヤクザな言葉を浴びせられているというのに、ちっとも気がつかないまま大満足の様子だ。
なんという貧乏くじなのだ。どうして俺は妖怪かそれにほど近い人間にのみ好かれるのだと、抗議文をどこぞの妖怪大使館にでも送ってやりたい気持ちではある。だがしかし、大使館があるのかどうか分からないので、それさえもできずじまいである。
「あーもう。いらっしゃいってここは夜の店かよ……」
『うふん、そんな表情もセクシーね、飛鳥。どお、今晩アタシと一緒に……?』
広げられている屏風を閉じると、虎の声がくぐもっていく。野太い声に頭を悩ませる日々が始まったのは、こういう経緯からである。
そしてこの後、〈妖研〉は学内で大変人気になってしまうわけである。
というのも、このオネェ虎に相談を持ち掛けると、至極優秀な答えが返ってきて、さらには恋愛相談なんかはものの見事に辛辣な助言をする。面白がって瞬く間に噂が噂を呼び、あっという間に学内中の悩める小鹿ちゃんたちが押し寄せて、連日大賑わいとなったのだ。
しかし、それをいちいち翻訳する俺に、盛大にオネェ疑惑がかけられたわけで、占い料でがっぽりサークル費を稼ぎ出している、水瀬という金勘定妖怪にこの度もしてやられっぱなしなのである。
「……読めない」
「ふぉっふぉっふぉ。まあ、要約すれば、奈良の町を歩いていた妖虎を、この屏風の中に封じたということだ。どこぞの高僧の書と絵かは分からないが、なかなか立派なもんだ」
水瀬はふむふむとそれを眺めつつ、そしてすらすらと漢文を読んでしまい、俺のど肝を抜いた。そのあとに、自慢げに俺を見上げてきやがったその鼻先が、あまりにも憎らしくてつまんでやる。すかさず、思い切りの良い張り手が、頬にすっ飛んできて、くっきりと俺の頬に赤い痕を残した。
二度と何もやってやらないぞ俺は心と腹の奥底から、東大寺の大仏様に向かって全身全霊の祈りを捧げるに至ったのは、こういうことだった。毎日一時間でも祈ってやると、心に固く決めた。
「いますよ、妖怪。しかもオネェっぽいし、ドジなのか知らないけど、水瀬に襲い掛かろうとして、見えない壁みたいなのにぶつかって、脳震盪おこして今は伸びてますけど……家に持ち帰らないほうがいいと思いますよ」
「ふむ。では、〈妖研〉の部屋に置いておこう」
「はいいい?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「ふぉっふぉっふぉ。〈妖研〉らしくて良いではないか」
「いや、こんなオネェな妖怪置いておかれても」
困ると言いかけた俺を脇へと突き飛ばして水瀬が教授の前に飛び出して、目をキラキラと輝かせると「いいんですか!?」と喜んでいた。
「もちろん。その方が、なにかと良いだろう」
「良くな――」
「教授、ありがとうございます! 飛鳥、すぐに運ぶわよ。持ち上げられるわよね?」
その前に突き飛ばしたことに対する謝罪を申し込みたかったのだが、水瀬の中で俺は空気のようなものだからきっと、突き飛ばしていることを認識さえしていないだろうと考えた。
これ以上面倒くさい口論になるのもややこしいので、俺は承諾して教授の部屋から屏風を運び出して、〈妖研〉まで持って行く羽目になった。
そんな経緯があって、今では〈妖研〉の部室に行くと、毎回毎回、野太いおっさんの声で『アラァ、いらっしゃーい』と甘ったるい声をかけられるようになってしまったのだが、その声が聞こえているのがあいにく俺だけなので、俺だけが痛烈に頭を悩ませる結果になった。
水瀬はと言えば、虎に牙を向けられてヤクザな言葉を浴びせられているというのに、ちっとも気がつかないまま大満足の様子だ。
なんという貧乏くじなのだ。どうして俺は妖怪かそれにほど近い人間にのみ好かれるのだと、抗議文をどこぞの妖怪大使館にでも送ってやりたい気持ちではある。だがしかし、大使館があるのかどうか分からないので、それさえもできずじまいである。
「あーもう。いらっしゃいってここは夜の店かよ……」
『うふん、そんな表情もセクシーね、飛鳥。どお、今晩アタシと一緒に……?』
広げられている屏風を閉じると、虎の声がくぐもっていく。野太い声に頭を悩ませる日々が始まったのは、こういう経緯からである。
そしてこの後、〈妖研〉は学内で大変人気になってしまうわけである。
というのも、このオネェ虎に相談を持ち掛けると、至極優秀な答えが返ってきて、さらには恋愛相談なんかはものの見事に辛辣な助言をする。面白がって瞬く間に噂が噂を呼び、あっという間に学内中の悩める小鹿ちゃんたちが押し寄せて、連日大賑わいとなったのだ。
しかし、それをいちいち翻訳する俺に、盛大にオネェ疑惑がかけられたわけで、占い料でがっぽりサークル費を稼ぎ出している、水瀬という金勘定妖怪にこの度もしてやられっぱなしなのである。
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