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虎の屏風には、ご用心
第22話
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「水瀬。その、人ではないものを見るような目で俺を見るのを、そろそろやめてほしいんだけれども」
「あらやだ、自分のことを人だと思っていたの? 一度、冷静に鏡を見てきた方がいいんじゃない? 手鏡貸してあげましょうか……あ、やっぱりやめておくわ」
「おいこら。色々と失礼すぎて、どこからツッコんでいいのかわからないぞ!」
俺と水瀬のやりとりに、教授が楽しそうに笑い声をあげた。虎は興奮した様子で、屏風の中をしきりに行ったり来たりし始め、そして熱烈にアピールをしてくる。俺はその虎から視線を外して妖怪じみた教授へと問いかけた。
「ええと。教授、このオネェな虎の屏風を一体どこで……?」
『やっぱり見えてるのねぇ、アタシのことが! ちょっとお兄さん、もっとよく顔を見せてちょうだい!!!』
俺の声に被せ気味に、文字通りの猫なで声なのに、なぜか地の底から響き渡るようなどすのきいた野太い恐ろしくでかい声が、屏風からがおがおと聞こえてくる。
無視するのが難しいレベルで矢継ぎ早に『ねえ』『ちょっと』『ねえってばあ』と話しかけてきて、俺は危機感を感じて、椅子を下げた。
「うーん、東大寺のほうの古美術屋でね。いや、この虎の絵も見事なんだが、私が気に入ったのは書の方で……」
つらつらと経緯を述べるのに二十分はかかったのだがつまりは要約すると、東大寺に友人を案内した帰りに立ち寄った古美術の店で見つけて、書が気に入って購入したのだという。破格の値段だったというのは、いわくつきの屏風だということが理由だった。
「そのいわくというのは、もしかして野太い声が聞こえるとか、めっちゃバタバタ音がするとかですか?」
当たりだと教授が笑い、俺はじっとりと屏風の虎を見つめた。そこからは出られないようで、しきりにこちらに向かって前足で引っかくような動作をしながら、ウインクしたり野太い声で話しかけたり、しまいには虎なりのセクシーポーズまで決めている。
俺はガックシと肩を落とした。俺の視線をじっと見ていた水瀬が、屏風と俺とを交互に見てから、大きく頷きつつ俺の腕を掴んだ。
「飛鳥。やっぱり、この中に妖怪がいるのね!」
『おおっと、そこの嬢ちゃん。アタシの獲物に何勝手に触ってんのよ。一発かましたろか?』
太いどすのきいた声でとんでもないヤクザな文句が飛んできて、俺は半眼で屏風の虎を睨みつけると、『あらやだ、お兄さんにはもちろん何もしないわよぉ』と尻尾をこれ見よがしに振っている。
「水瀬、ちょっと離れていた方がいいかも……。この虎、マジで妖怪だから。しかもなんかオネェだし」
「ほんとに!?」
水瀬は俺の忠告の一切を無視して屏風に飛びついた。その瞬間、虎が狂暴な牙を真っ赤な口からむき出して水瀬に向けて飛びかかってきたので、俺は慌てて水瀬を後ろから抱きしめて引きはがした。
だが、虎は屏風から出ることなく、びったーんと見えない壁に激突して、脳震盪でも起こしたのか、そのままずるずると画面の下まで下がって伸びた。
あまりにも驚いた俺が虎を凝視したまま動けないでいると、しばらくして腕をほんのちょみっとつままれて、俺はささやかに悲鳴を上げた。
「いつまで抱きしめているのよ! セクハラで訴えるわよ!」
「オネェの虎から助けたのに……なんだその言い草は!」
しかし水瀬は顔を真っ赤にしてぼかすかと俺を叩いた。もう二度と助けてなんてやらないぞと思いつつも、珍しく水瀬がたじろいでいるのが面白くて俺はしばらくニヤニヤしてしまった。
「ふぉふぉふぉ。この屏風の裏には実は、そういった内容が書いてあるんだよ」
妖怪教授ならぬ門脇教授はこいこいと手招きをして、屏風の後ろ側に俺と水瀬を呼び寄せた。未だに脳震盪をおこしている虎をしっかりと確認してから、俺は恐る恐る屏風の裏側へと向かう。
「あらやだ、自分のことを人だと思っていたの? 一度、冷静に鏡を見てきた方がいいんじゃない? 手鏡貸してあげましょうか……あ、やっぱりやめておくわ」
「おいこら。色々と失礼すぎて、どこからツッコんでいいのかわからないぞ!」
俺と水瀬のやりとりに、教授が楽しそうに笑い声をあげた。虎は興奮した様子で、屏風の中をしきりに行ったり来たりし始め、そして熱烈にアピールをしてくる。俺はその虎から視線を外して妖怪じみた教授へと問いかけた。
「ええと。教授、このオネェな虎の屏風を一体どこで……?」
『やっぱり見えてるのねぇ、アタシのことが! ちょっとお兄さん、もっとよく顔を見せてちょうだい!!!』
俺の声に被せ気味に、文字通りの猫なで声なのに、なぜか地の底から響き渡るようなどすのきいた野太い恐ろしくでかい声が、屏風からがおがおと聞こえてくる。
無視するのが難しいレベルで矢継ぎ早に『ねえ』『ちょっと』『ねえってばあ』と話しかけてきて、俺は危機感を感じて、椅子を下げた。
「うーん、東大寺のほうの古美術屋でね。いや、この虎の絵も見事なんだが、私が気に入ったのは書の方で……」
つらつらと経緯を述べるのに二十分はかかったのだがつまりは要約すると、東大寺に友人を案内した帰りに立ち寄った古美術の店で見つけて、書が気に入って購入したのだという。破格の値段だったというのは、いわくつきの屏風だということが理由だった。
「そのいわくというのは、もしかして野太い声が聞こえるとか、めっちゃバタバタ音がするとかですか?」
当たりだと教授が笑い、俺はじっとりと屏風の虎を見つめた。そこからは出られないようで、しきりにこちらに向かって前足で引っかくような動作をしながら、ウインクしたり野太い声で話しかけたり、しまいには虎なりのセクシーポーズまで決めている。
俺はガックシと肩を落とした。俺の視線をじっと見ていた水瀬が、屏風と俺とを交互に見てから、大きく頷きつつ俺の腕を掴んだ。
「飛鳥。やっぱり、この中に妖怪がいるのね!」
『おおっと、そこの嬢ちゃん。アタシの獲物に何勝手に触ってんのよ。一発かましたろか?』
太いどすのきいた声でとんでもないヤクザな文句が飛んできて、俺は半眼で屏風の虎を睨みつけると、『あらやだ、お兄さんにはもちろん何もしないわよぉ』と尻尾をこれ見よがしに振っている。
「水瀬、ちょっと離れていた方がいいかも……。この虎、マジで妖怪だから。しかもなんかオネェだし」
「ほんとに!?」
水瀬は俺の忠告の一切を無視して屏風に飛びついた。その瞬間、虎が狂暴な牙を真っ赤な口からむき出して水瀬に向けて飛びかかってきたので、俺は慌てて水瀬を後ろから抱きしめて引きはがした。
だが、虎は屏風から出ることなく、びったーんと見えない壁に激突して、脳震盪でも起こしたのか、そのままずるずると画面の下まで下がって伸びた。
あまりにも驚いた俺が虎を凝視したまま動けないでいると、しばらくして腕をほんのちょみっとつままれて、俺はささやかに悲鳴を上げた。
「いつまで抱きしめているのよ! セクハラで訴えるわよ!」
「オネェの虎から助けたのに……なんだその言い草は!」
しかし水瀬は顔を真っ赤にしてぼかすかと俺を叩いた。もう二度と助けてなんてやらないぞと思いつつも、珍しく水瀬がたじろいでいるのが面白くて俺はしばらくニヤニヤしてしまった。
「ふぉふぉふぉ。この屏風の裏には実は、そういった内容が書いてあるんだよ」
妖怪教授ならぬ門脇教授はこいこいと手招きをして、屏風の後ろ側に俺と水瀬を呼び寄せた。未だに脳震盪をおこしている虎をしっかりと確認してから、俺は恐る恐る屏風の裏側へと向かう。
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