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虎の屏風には、ご用心
第21話
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「教授、お待たせしました」
水瀬はよく来ているのか、ノックをすると部屋へとずかずかと入って行く。俺は初めて訪れる教授の部屋に一瞬緊張しかけたのだが、鼻の奥にまで即座に届く本のむわあ、とした香りになぜか落ち着きを覚えてしまった。
まるでおばあちゃん家に訪れたかのような感覚。窓際で焚かれた蚊取り線香がいい塩梅だとのんきなことを考えていると、山積みになった本の影から妖怪が現れた。
いや、よく見れば妖怪ではなく人間のようだが、妖怪ですと紹介されたら迷わず、妖怪初めてですが、こんな風にあっさり見えるんですねと言わざるを得ない、えもしれぬ雰囲気を纏った老人だった。
開いているのか開いていないのか分からない瞼に埋め込まれてしまった瞳を、瞬かせる動作をした。その後に水瀬を認識した妖怪老人は、嬉しそうにふぉふぉふぉと笑ったのだが、その笑い方までもが妖怪じみていて、人間であることが疑わしく思ってしまうほどである。
「門脇教授、この人が以前お話した妖怪が見える学生です」
水瀬にしては棘の全くない人物紹介に、俺は逆に面食らってしまったのだが、それほどまでに水瀬の毒牙にやられていた、我が純粋たる魂の崇高さを思い出したのだった。
「ふぉふぉふぉ、暑いのう。まあ座って座って」
水瀬は一脚だけ置いてあったパイプ椅子に座り、俺に向かってはそこにあるわよと言わんばかりに部屋の隅に畳まれていた椅子を指さした。教えてくれてありがとう、だったら俺に椅子を譲るとか一ミリくらい思ってくれよという文句は舌の上で転がして肺へと戻した。いずれ血液を流れて毛穴から放出されることを望みたい。
「これじゃ、これが、その屏風じゃ」
教授が本の隙間からどうやって出してきたのか分からない屏風を取り出して、額にかいた汗をぬぐう。水瀬は身を乗り出して、屏風に食い入るようにしている。俺は何のことだか分からずに、その場に座って二人をじっと見ていた。
「君が、妖怪が見えるという……ええと」
「辻です。辻飛鳥」
「うんうん、辻くんだね。この屏風、実はいわく付きでね。それを水瀬くんに話をしたら、妖怪が見える人がサークルにいるから連れてくると言ってくれてね。そもそも、私が顧問なのに、サークルのことを全く何もしていないのもまずいと思って、今日呼び出したんだ」
「はあ……そうだったんですね」
俺のやる気のない返事にもかかわらず、教授は気を悪くするそぶりも見せずに、ご機嫌な様子で屏風をさらに引っ張りだした。水瀬が慌てて側に行って、それを手伝う。
やっとのことで引っ張り出してきたそれを見つめて、門脇教授は妖怪じみている瞳をぱちりと開けると、案外可愛らしい顔になった。
今まで目をほとんどつぶってどうやって動かしていたんだというツッコミは後にして、俺は広げられた屏風を見て、そしてそこに描かれている虎とばっちり目が合った。
「あー……」
俺が気まずそうに目をそらせると、虎はぴくんと耳を動かして尻尾をゆすり、ばっちりとウインクをしてきた。そして、ずいぶんと野太い声が聞こえてくる。
『あらやだお兄さん、アタシのことが見えてんのぉ?』
「げ。まさかのオネェ!?」
俺のツッコミに、教授がふぉふぉと笑い、水瀬がミジンコ以下の生物を見るような目で俺を見た。
水瀬はよく来ているのか、ノックをすると部屋へとずかずかと入って行く。俺は初めて訪れる教授の部屋に一瞬緊張しかけたのだが、鼻の奥にまで即座に届く本のむわあ、とした香りになぜか落ち着きを覚えてしまった。
まるでおばあちゃん家に訪れたかのような感覚。窓際で焚かれた蚊取り線香がいい塩梅だとのんきなことを考えていると、山積みになった本の影から妖怪が現れた。
いや、よく見れば妖怪ではなく人間のようだが、妖怪ですと紹介されたら迷わず、妖怪初めてですが、こんな風にあっさり見えるんですねと言わざるを得ない、えもしれぬ雰囲気を纏った老人だった。
開いているのか開いていないのか分からない瞼に埋め込まれてしまった瞳を、瞬かせる動作をした。その後に水瀬を認識した妖怪老人は、嬉しそうにふぉふぉふぉと笑ったのだが、その笑い方までもが妖怪じみていて、人間であることが疑わしく思ってしまうほどである。
「門脇教授、この人が以前お話した妖怪が見える学生です」
水瀬にしては棘の全くない人物紹介に、俺は逆に面食らってしまったのだが、それほどまでに水瀬の毒牙にやられていた、我が純粋たる魂の崇高さを思い出したのだった。
「ふぉふぉふぉ、暑いのう。まあ座って座って」
水瀬は一脚だけ置いてあったパイプ椅子に座り、俺に向かってはそこにあるわよと言わんばかりに部屋の隅に畳まれていた椅子を指さした。教えてくれてありがとう、だったら俺に椅子を譲るとか一ミリくらい思ってくれよという文句は舌の上で転がして肺へと戻した。いずれ血液を流れて毛穴から放出されることを望みたい。
「これじゃ、これが、その屏風じゃ」
教授が本の隙間からどうやって出してきたのか分からない屏風を取り出して、額にかいた汗をぬぐう。水瀬は身を乗り出して、屏風に食い入るようにしている。俺は何のことだか分からずに、その場に座って二人をじっと見ていた。
「君が、妖怪が見えるという……ええと」
「辻です。辻飛鳥」
「うんうん、辻くんだね。この屏風、実はいわく付きでね。それを水瀬くんに話をしたら、妖怪が見える人がサークルにいるから連れてくると言ってくれてね。そもそも、私が顧問なのに、サークルのことを全く何もしていないのもまずいと思って、今日呼び出したんだ」
「はあ……そうだったんですね」
俺のやる気のない返事にもかかわらず、教授は気を悪くするそぶりも見せずに、ご機嫌な様子で屏風をさらに引っ張りだした。水瀬が慌てて側に行って、それを手伝う。
やっとのことで引っ張り出してきたそれを見つめて、門脇教授は妖怪じみている瞳をぱちりと開けると、案外可愛らしい顔になった。
今まで目をほとんどつぶってどうやって動かしていたんだというツッコミは後にして、俺は広げられた屏風を見て、そしてそこに描かれている虎とばっちり目が合った。
「あー……」
俺が気まずそうに目をそらせると、虎はぴくんと耳を動かして尻尾をゆすり、ばっちりとウインクをしてきた。そして、ずいぶんと野太い声が聞こえてくる。
『あらやだお兄さん、アタシのことが見えてんのぉ?』
「げ。まさかのオネェ!?」
俺のツッコミに、教授がふぉふぉと笑い、水瀬がミジンコ以下の生物を見るような目で俺を見た。
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