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寒さ恋しや、氷菓(アイス)を一口

第9話

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 かつ丼でも出してほしいと思う気持ちがせり上がりすぎて、質問のすべての答えにかつ丼と言ってから答えてしまうほどに、俺の脳はかつ丼を欲していたというのだから、水瀬の詰問の程がうかがい知れよう。

 俺としては、今までほとんどの人間に話したことがない、妖怪が見えるという話を、至極真面目な顔で真剣に聞いてくれたのは水瀬が初めてだった。だから、嬉しさと恥ずかしさと自分を受け入れてくれたという幻想に取り憑かれ、ついつい質問に丁寧に答えようとしたのが間違いだったのだ。

 純粋無垢なる我が魂は穢れ知らずであり、優しさにおいては天下一品である。それを踏みにじるかの如くの詰問の数々に、俺が「勘弁してくれ」と音を上げたのは、夜にまで電話してきたときであった。

 水瀬雪は、乙女の皮を被った、ただの妖怪オタクである。しかし、付け加えてよいのであれば、とんだイカレ妖怪オタクである。美少女の化けの皮に皆が騙されているだけであり、その本性は世の中オタクでさえ参りましたと言うレベルに達している。

 俺の妖怪に対する経験を一滴残らず搾り取ろうとする執念は凄まじく、魂まで吸い尽くされるかと思う俺の地獄のような毎日が始まったのにもかかわらず、誰一人として俺を憐れんでくれる奴はいないのは悲しきかな、世間は皆美少女に甘いのであった。

「ん、こんな所に神社ってあったっけ?」

「急に神社ができるわけないだろ」

 ふらふらとそちらへと足を向けて勝手に水瀬が行ってしまうので、俺は慌てて車と鹿が来ていないかを確認して、水瀬の鞄を犬の散歩リードのように引っ張った。

「水瀬は方向音痴だもんな。目的地までたどり着くのに必死で、周り見えてないんだ?」

「引っ叩かれたいわけ?」

「本当のことを言っただけなのに」

 道路を横断した先にあったのは、氷室神社であった。物珍しそうな顔をして入って行くので、俺は頭を抱えざるを得ない。

 大体、ここに住んでいたら、たいがい入っているはずだと思う場所でさえ、水瀬は残念なことに世界遺産級の方向音痴を発揮している。迷った記憶の方が脳の九割を占めているがために、その場所の思い出がかき消されてしまい、覚えていないことの方が多いようだった。

「有名だろ、五月の献氷祭……ほら、氷の中に魚とかが入ってるやつ」

「ああ!」

「ここのおみくじは氷みくじってやつだぞ」

「やりたい!」

 女性という生き物が無類のおみくじ好きだというのを忘れていた俺は、本来の目的である河童探しの前にとんだ寄り道をさせられることに気がついた。しかし、口から出てしまった言葉はもう口には戻すことができず、まさに口は禍の元であるというのを実感したのである。

 こじんまりとした境内に、右手にあるおみくじからおみくじを選ぶ。誰かがお賽銭と一緒に雅楽の演奏が流れる賽銭箱にもお金を投入したようで、水瀬がおみくじを手にした瞬間に厳かな音楽が流れたものだから、彼女はめっぽう喜んだ。

「あの氷にくっつけるのね!」

 おみくじを氷にくっつけると、真っ白なおみくじが反応して文字が現れるのだが、意気込んでいこうとする水瀬の鞄を俺が思いっきり引っ張ったのはその氷の横にとんでもないものを見つけたからだ。
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