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寒さ恋しや、氷菓(アイス)を一口

第7話

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 月曜祝日というのはあまり気持ち的によろしくない。何故なら三日も休むと学業へ復帰する際に少しばかり勇気がいる。体中のけだるさをなだめすかし、これでもかというほど、自分をいたわりながら登校しなくてはならない。

 そんなのどかな月曜祝日の朝、学校一の美少女と噂される水瀬雪みなせゆきに呼び出された俺は、電車に乗って近鉄奈良駅へ向かっていた。多くの観光客にキャリーケースを引っ張る人々がわんさかいる駅構内は、いわばカオスであり、日本でも有数の人種のるつぼスポットであることは言うまでもない。

 多くの人をかき分けてエスカレーターを上り、太陽の光があふれ出る外へ出ると、待ち合わせスポットとしては有名な、忠犬ハチ公ならぬ大僧侶行基さん像の噴水前へ足を運んだ。

 そこで待っていたのは学校一と噂されるうら若き美少女だが、その正体はうら若き乙女の皮を被ったただの妖怪オタクであることを、妖怪研究サークル通称〈妖研〉を勃発させたことによって露見させた。しかし、どういうわけか何故か俺が妖怪オタクか妖怪の類で、学校一の美少女を妖術でたぶらかしたともっぱらの噂となっている。

 勘違いもはなはだしいとはこのことである。

 百歩譲って俺が美少女を妖術でたぶらかしたと噂されるのはまだしも、仙人と言われず妖怪の類だと言われるのは何ともはらわたが煮えくり返る思いである。容姿について文句があるのなら、俺ではなく俺の両親に直接文句を言うべきである。

 訳の分からないひがみと誹謗中傷に傷つく、我が繊細なる魂はなんと清らかなるものか。行基さんに誓って、下心の一ミリもないことを誓おう。そう思いながら、美少女を放置して行基さん像に誓いを立てていると、後ろから恨みのこもった強さで肩を掴まれた。

「人を待たせておいて、声をかけようともしないなんて、地獄に落ちるわよ。いや、落ちてしまえ辻飛鳥つじあすか

 俺は殺気を放つ声の主、美少女の水瀬雪を見下ろした。すまんと注釈を一応入れたのだが、むしろおとこが坊さんに誓いを立てているのを邪魔するほうが馬に蹴られて死んでしまうのではないかと思ったのだが、それは恋路の話だったのを思い出した。

「水瀬は見かけによらず怪力だな。そろそろ肩から手を離してくれないと血流が滞って腕が壊死しそうなんだけど」

「ああごめん。あまりにも腹が立ったもんだから、ついつい握力四十を披露してしまったわ」

「やっぱり妖怪だったか」

「乙女に向かって失礼ね!」

 ばちんと小気味よい音を響かせて俺の背中が思い切り叩かれたのだが、あまりのその張り手の大きな音は商店街まで響き渡った。そのため、辺り一帯にいた人間が、誰かが発砲したのかと思って、皆一様にきょろきょろおろおろする結果となった。

 ついでに言っておくが、帰宅後に確認すると、俺の背中に真っ赤な手の痕ができたのは言わずもがなの話である。なんなんだ、美少女のふりをするでないこの妖怪めと、思わず口をついて出てしまったのだが、本人に聞かれなくて良かったと心底思った。
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