4 / 74
河童憎けりゃ、草餅十個
第2話
しおりを挟む
『よお、今日は暑いなぁ』
背中を木の背もたれに存分に預けていると声が聞こえてきたので、俺は軽やかに無視をした。それに苛立った声の主は必要以上に『よお』とか『なあ』とか『おい』とか種類を変えて呼びかけてくる。
その呼びかけの数種類を使い終わらせると、また最初の『よお』に戻る。それを三回ほど繰り返されたところで、俺は沸点を越えた。
「うるさいぞ!」
俺の声に、声の主はおかしそうに笑い、またもや『暑いな』と浮見堂の下の方から声をかけてくる。この温厚を体現したかのような俺がこんなにイライラするのは暑さの所為であって、断じて気が短いわけではない。そもそも、県民性的に言えばのんびりなのだが、さすがに腹が立った。
汗で落ちてくる伊達眼鏡のブリッジを押し上げてから、またもやだんまりを決め込んだ俺に、声の主は盛大にふてくされた。さらに追い打ちをかけるように矢継ぎ早に話しかけてきて、さすがに興福寺の国宝の仏像が驚くほどの広さの心を持つ俺も、たまらずに半分乗り出すかのようにして池の方を見た。
――その瞬間、顔面に水を思い切りかけられる。
一瞬にしてずぶぬれになった俺の姿に喜んだ声の主がケタケタと笑い、俺は目を開けるとそいつをグイッと引っ張って首をきりきりと締め上げた。
『わ、わ、わ! 死ぬ、しぬぅうう!』
「死ぬわけないだろうが! このクソ河童が!」
手足をばたつかせる緑色のヘンテコな生き物の首を締めあげながら、俺はそいつの頭を陽が照り付ける場所へと引っ張り上げて、生魚を干物にするがよろしい手際のよさで、そいつの頭上に乗る皿を乾かしにかかった。
『おおお、ほんとに死ぬってば! 人殺し!』
「何が人殺しだ、それを言うなら河童殺しだ! それよりも河童の分際でよくも俺をびしょ濡れにしてくれやがったな!」
びしょ濡れだけならまだしも、池の底に溜まっていたであろう藻草まで一緒にかけられたせいで、こちらが妖怪か河童か分からない、半分緑色の化け物になったのは言うまでもない。
幸いにもファッションに興味が無いために安い服ではあるが、それでもいかんせん、美女に水をかけられたのならまだしも、河童ごときに緑色の水をかけられたのでは、温厚かつ柔軟な俺の腹の虫がおさまらぬ。
『そんな顏せんでもええやろ、飛鳥が無視するのが悪い』
「知るかそんなもの。だいいち、河童に話しかけられて無視しない方がおかしいと思わないのか、このヘンテコ妖怪め」
『妖怪と話せるの、飛鳥ぐらいしかおらんねん。最近遊びに来なかったから寂しくて死ぬかと思ったで』
「嘘を言え、このたわけが。昨日だって来た。そして昨日だって俺をびしょ濡れにしやがった。今日こそは河童の干物にしてやるぞ」
覚悟しろとさらに首を締めあげると、アホウドリみたいな断末魔を上げて手足をばたつかせるので、ひとしきり締め上げてから解放して、池の中にホームランの要領でどぼんと落っことしてやった。かの日本人メジャー選手でさえも驚きのコントロール力だと褒めてくれるに違いない。
いきなり河童が頭上から落ちてきて驚いただろう大きな鯉たちがわらわらと逃げていく。しばらくぷくぷくと泡が立ち上っていたのだが、五分ほどすると河童が泣きながら、ひどいひどいと喚きつつ、阿呆面を水面から出した。
背中を木の背もたれに存分に預けていると声が聞こえてきたので、俺は軽やかに無視をした。それに苛立った声の主は必要以上に『よお』とか『なあ』とか『おい』とか種類を変えて呼びかけてくる。
その呼びかけの数種類を使い終わらせると、また最初の『よお』に戻る。それを三回ほど繰り返されたところで、俺は沸点を越えた。
「うるさいぞ!」
俺の声に、声の主はおかしそうに笑い、またもや『暑いな』と浮見堂の下の方から声をかけてくる。この温厚を体現したかのような俺がこんなにイライラするのは暑さの所為であって、断じて気が短いわけではない。そもそも、県民性的に言えばのんびりなのだが、さすがに腹が立った。
汗で落ちてくる伊達眼鏡のブリッジを押し上げてから、またもやだんまりを決め込んだ俺に、声の主は盛大にふてくされた。さらに追い打ちをかけるように矢継ぎ早に話しかけてきて、さすがに興福寺の国宝の仏像が驚くほどの広さの心を持つ俺も、たまらずに半分乗り出すかのようにして池の方を見た。
――その瞬間、顔面に水を思い切りかけられる。
一瞬にしてずぶぬれになった俺の姿に喜んだ声の主がケタケタと笑い、俺は目を開けるとそいつをグイッと引っ張って首をきりきりと締め上げた。
『わ、わ、わ! 死ぬ、しぬぅうう!』
「死ぬわけないだろうが! このクソ河童が!」
手足をばたつかせる緑色のヘンテコな生き物の首を締めあげながら、俺はそいつの頭を陽が照り付ける場所へと引っ張り上げて、生魚を干物にするがよろしい手際のよさで、そいつの頭上に乗る皿を乾かしにかかった。
『おおお、ほんとに死ぬってば! 人殺し!』
「何が人殺しだ、それを言うなら河童殺しだ! それよりも河童の分際でよくも俺をびしょ濡れにしてくれやがったな!」
びしょ濡れだけならまだしも、池の底に溜まっていたであろう藻草まで一緒にかけられたせいで、こちらが妖怪か河童か分からない、半分緑色の化け物になったのは言うまでもない。
幸いにもファッションに興味が無いために安い服ではあるが、それでもいかんせん、美女に水をかけられたのならまだしも、河童ごときに緑色の水をかけられたのでは、温厚かつ柔軟な俺の腹の虫がおさまらぬ。
『そんな顏せんでもええやろ、飛鳥が無視するのが悪い』
「知るかそんなもの。だいいち、河童に話しかけられて無視しない方がおかしいと思わないのか、このヘンテコ妖怪め」
『妖怪と話せるの、飛鳥ぐらいしかおらんねん。最近遊びに来なかったから寂しくて死ぬかと思ったで』
「嘘を言え、このたわけが。昨日だって来た。そして昨日だって俺をびしょ濡れにしやがった。今日こそは河童の干物にしてやるぞ」
覚悟しろとさらに首を締めあげると、アホウドリみたいな断末魔を上げて手足をばたつかせるので、ひとしきり締め上げてから解放して、池の中にホームランの要領でどぼんと落っことしてやった。かの日本人メジャー選手でさえも驚きのコントロール力だと褒めてくれるに違いない。
いきなり河童が頭上から落ちてきて驚いただろう大きな鯉たちがわらわらと逃げていく。しばらくぷくぷくと泡が立ち上っていたのだが、五分ほどすると河童が泣きながら、ひどいひどいと喚きつつ、阿呆面を水面から出した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
婚約破棄を、あなたの有責で
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢メーティリアは王太子ザッカルドの婚約者。
メーティリアはザッカルドに頼られることに慣れていたが、学園最後の一年、手助け無用の指示が国王陛下からなされた。
それに従い、メーティリアはザッカルドから確認されない限り、注意も助言もできないことになった。
しかも、問題のある令嬢エリーゼが隣国から転入し、ザッカルドはエリーゼに心惹かれていく。
そんなザッカルドに見切りをつけたメーティリアはザッカルド有責での婚約破棄を狙うことにした。
自分は初恋の人のそばで役に立ちたい。彼には妻子がいる。でも、もしかしたら……というお話です。
不死議な雑多屋さん
葉野亜依
キャラ文芸
新しいモノから古いモノまで様々なモノで溢れかえっている店『雑多屋』。
記憶喪失の花夜は、雑多屋の店主代理・御空と出会い、雑多屋で働くこととなる。
戸惑いつつも馴染もうとする花夜だが、商品も客も不思議なモノたちばかりで――。
果たして、花夜の正体と御空の秘密とは!?
記憶喪失の少女と雑多屋の青年と不思議なモノたちのふしぎなお話。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。
一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。
怪しい二人 夢見る文豪と文学少女
暇神
キャラ文芸
この町には、都市伝説が有る。
「あるはずのない電話番号」に電話をかけると、オカルト絡みの事件ならなんでも解決できる探偵たちが現れて、どんな悩み事も解決してくれるというものだ。
今日もまた、「あるはずのない電話番号」には、変な依頼が舞い込んでくる……
ちょっと陰気で売れない小説家と、年齢不詳の自称文学少女が送る、ちょっぴり怖くて、でも、最後には笑える物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる