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第2章~ヴァルキリーを連れ出せ~
最後のヴァルキリーに会いに行きましょう
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レッドラグーンにとって残された最後の砦は第1支社のみとなった。泉の中心に浮かぶ陸地にあり、見た目はまさにお城だ。規模は他の支社の3倍ほどあるクランの中心地だ。
かつてはパーティを組んでいたハヤテ、タケヤ、マヤの3人が普段いるのもここであり、その他の主要人物の多くもここに在籍している。
当然警備は固く、5キロ以上手前から地上は魔術師やら剣士やらで埋め尽くされている。
上空から見ると一人ひとりは点にしか見えず、先人の知恵にあやかるのならば人がゴミのようだ。
妙なのは誰一人として、俺に反応を示さないことだ。まるで銅像のように、手や足どころか、首すら動かない。
「主よ、人が凍っているぞ」
言われて気がついた。動かなかったのではなく、動けないのだ。氷のなかに閉じ込められ、氷像のようになっているのだ。
城に近づくにつれて氷の密度は増し、空気が冷たくなっていく。
こんなことが出来るのは言うまでもない、ヴァルキリーだけだ。まさか性懲りもなく、誰かが領域に踏み込んだのか?
俺の足止めのために配置されたであろう冒険者達は全く意味をなさず、あっさりと城の上空にたどり着いた。表面が氷で覆われ、見た目にはとても美しい。これが氷結地帯での出会いだったら、感動で心が弾んだのかもしれない。
だが今の城は本来の姿ではない。全体からとてつもない冷気を纏ってて、呼吸するように不規則に魔力を放つ。その鼓動は、レティの心臓そのものだ。なんで俺が彼女の心臓の鼓動を知っているかと言えば、会うたびにくっついてくるからだよ。おまけに俺の手を胸に当ててくるんだよアイツは…っと、今はそんなことは関係ない。
正面の扉は分厚い氷に覆われていて、入るのは容易ではない。それに比べて、窓を覆う氷は薄かった。突き破って中に入ると、外と同じように氷の世界が広がっていた。柱も床も照明も、すべてが青く、光輝き、たんこぶみたいにやたら出っ張った氷が地面から生え、視界を遮っている。
「こいつは人か?」
よくよく見れば、たんこぶの中には人の姿があった。そのほとんどがレッドラグーンの冒険者だったが、時折ギルドの冒険者も混じっていた。
その中に一人、見知った顔を見つけた。小太りの中年おっさんこと、第9支社の管理者、ホリだ。防衛のために駆り出されたんだろうが、戦いたくなくてそのへんをふらついていたのだろう。小走りに逃げるような格好で氷のなかに幽閉されている。
特に助ける理由もないので放置でいいか。別に死んでいるわけではない。レティさえ帰ってくれば、氷は自然と溶けていく。
目指すのは地下の最深部、泉の水が湧き出す区画だ。そこに入るためには、結界を何重にも張り巡らせた扉を開ける必要がある。仕組みを知っている俺なら簡単だが、冒険者100人集まって開くのか分からない複雑な謎ときになっている。2進数とかC言語なんてこの世界にはないからな。
部屋の前には地面が見えなくなるほどの大量の足跡があって、壁には血がついていた。なんて無茶を…多分死人が出ているぞ。だがその甲斐あってか、扉は破壊されている。
部屋の中は、外とは比較にならないほどの寒さだった。氷点下うん十度。行ったことがないが、北極ぐらいの気温ではないだろうか。
外にもあった氷のたんこぶがここにあった。ヴァルキリーの領域を犯した犯人だ。
「やっぱりお前達か…」
吐き出した息は凍り、地面に落ちて弾けた。
そりゃあため息もつきたくなる。ハヤテ、タケヤ、マヤ。予想通りの三人がこの場にいたのだ。にしても、マヤなんて領域に踏み込むのは二度目じゃないか。どうしてここまで学習しないんだよ…。
奥の湧き水もすべて凍っていて、その上では、髪の長い美少女が、手を胸の前で組み、歌うように口を開け、目から涙を流したまま凍りついていた。
「レティ!」
慌てて駆け寄ると、氷に抱きついた。冷たくて固い。俺の知っている、暖かくて柔らかい彼女とは違う。
「主よ、彼女は自分の世界に閉じこもってしまったようだ」
メルロに言われて思い出す。出会った時のレティ…ブリュンヒルデのことを。
彼女は昔、愛した男を利用した者に騙され、酷い目に合った。そのせいで洞窟の深くに隠れるように一人でいて、氷の中に閉じこもっていた。白雪姫のような目覚めのキスも、氷の上からでは届かなかった。彼女を救うには、直接心に訴えるしかない。
「ちょっと行ってくる。その間は俺は無防備になる。誰も来ないとは思うけど」
「ああ、しっかり守っておく」
メルロがいてくれるなら心配ない。
氷に手を触れ、意識を集中する。氷の、レティの呼吸に、俺の呼吸を重ねていく。
「第1の契約者レティよ、聞き給え。我が名はシグルズ、汝を救いし者」
一瞬で意識が飛び、真っ黒な世界へと飛ばされる。何もない、あるのは無限に広がる空間だけだ。歩く度に足元で水の輪が広がり、全体へと広がっていく。その終着点がどこにあるのかもわからない。
ここは漆黒の白銀の世界。本来ならば一面美しい氷のはずなのだが、心の闇ですべてが暗く溶けている。
かつてはパーティを組んでいたハヤテ、タケヤ、マヤの3人が普段いるのもここであり、その他の主要人物の多くもここに在籍している。
当然警備は固く、5キロ以上手前から地上は魔術師やら剣士やらで埋め尽くされている。
上空から見ると一人ひとりは点にしか見えず、先人の知恵にあやかるのならば人がゴミのようだ。
妙なのは誰一人として、俺に反応を示さないことだ。まるで銅像のように、手や足どころか、首すら動かない。
「主よ、人が凍っているぞ」
言われて気がついた。動かなかったのではなく、動けないのだ。氷のなかに閉じ込められ、氷像のようになっているのだ。
城に近づくにつれて氷の密度は増し、空気が冷たくなっていく。
こんなことが出来るのは言うまでもない、ヴァルキリーだけだ。まさか性懲りもなく、誰かが領域に踏み込んだのか?
俺の足止めのために配置されたであろう冒険者達は全く意味をなさず、あっさりと城の上空にたどり着いた。表面が氷で覆われ、見た目にはとても美しい。これが氷結地帯での出会いだったら、感動で心が弾んだのかもしれない。
だが今の城は本来の姿ではない。全体からとてつもない冷気を纏ってて、呼吸するように不規則に魔力を放つ。その鼓動は、レティの心臓そのものだ。なんで俺が彼女の心臓の鼓動を知っているかと言えば、会うたびにくっついてくるからだよ。おまけに俺の手を胸に当ててくるんだよアイツは…っと、今はそんなことは関係ない。
正面の扉は分厚い氷に覆われていて、入るのは容易ではない。それに比べて、窓を覆う氷は薄かった。突き破って中に入ると、外と同じように氷の世界が広がっていた。柱も床も照明も、すべてが青く、光輝き、たんこぶみたいにやたら出っ張った氷が地面から生え、視界を遮っている。
「こいつは人か?」
よくよく見れば、たんこぶの中には人の姿があった。そのほとんどがレッドラグーンの冒険者だったが、時折ギルドの冒険者も混じっていた。
その中に一人、見知った顔を見つけた。小太りの中年おっさんこと、第9支社の管理者、ホリだ。防衛のために駆り出されたんだろうが、戦いたくなくてそのへんをふらついていたのだろう。小走りに逃げるような格好で氷のなかに幽閉されている。
特に助ける理由もないので放置でいいか。別に死んでいるわけではない。レティさえ帰ってくれば、氷は自然と溶けていく。
目指すのは地下の最深部、泉の水が湧き出す区画だ。そこに入るためには、結界を何重にも張り巡らせた扉を開ける必要がある。仕組みを知っている俺なら簡単だが、冒険者100人集まって開くのか分からない複雑な謎ときになっている。2進数とかC言語なんてこの世界にはないからな。
部屋の前には地面が見えなくなるほどの大量の足跡があって、壁には血がついていた。なんて無茶を…多分死人が出ているぞ。だがその甲斐あってか、扉は破壊されている。
部屋の中は、外とは比較にならないほどの寒さだった。氷点下うん十度。行ったことがないが、北極ぐらいの気温ではないだろうか。
外にもあった氷のたんこぶがここにあった。ヴァルキリーの領域を犯した犯人だ。
「やっぱりお前達か…」
吐き出した息は凍り、地面に落ちて弾けた。
そりゃあため息もつきたくなる。ハヤテ、タケヤ、マヤ。予想通りの三人がこの場にいたのだ。にしても、マヤなんて領域に踏み込むのは二度目じゃないか。どうしてここまで学習しないんだよ…。
奥の湧き水もすべて凍っていて、その上では、髪の長い美少女が、手を胸の前で組み、歌うように口を開け、目から涙を流したまま凍りついていた。
「レティ!」
慌てて駆け寄ると、氷に抱きついた。冷たくて固い。俺の知っている、暖かくて柔らかい彼女とは違う。
「主よ、彼女は自分の世界に閉じこもってしまったようだ」
メルロに言われて思い出す。出会った時のレティ…ブリュンヒルデのことを。
彼女は昔、愛した男を利用した者に騙され、酷い目に合った。そのせいで洞窟の深くに隠れるように一人でいて、氷の中に閉じこもっていた。白雪姫のような目覚めのキスも、氷の上からでは届かなかった。彼女を救うには、直接心に訴えるしかない。
「ちょっと行ってくる。その間は俺は無防備になる。誰も来ないとは思うけど」
「ああ、しっかり守っておく」
メルロがいてくれるなら心配ない。
氷に手を触れ、意識を集中する。氷の、レティの呼吸に、俺の呼吸を重ねていく。
「第1の契約者レティよ、聞き給え。我が名はシグルズ、汝を救いし者」
一瞬で意識が飛び、真っ黒な世界へと飛ばされる。何もない、あるのは無限に広がる空間だけだ。歩く度に足元で水の輪が広がり、全体へと広がっていく。その終着点がどこにあるのかもわからない。
ここは漆黒の白銀の世界。本来ならば一面美しい氷のはずなのだが、心の闇ですべてが暗く溶けている。
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