俺と後輩とバスケ

夜納木ナヤ

文字の大きさ
上 下
2 / 3

2

しおりを挟む
 大会が終わったその日から、愛実の姿を見かけることが少なくなった。

 部活中に体育館に来ることがなくなったし、公園のベンチに座っていることもなくなった。
 時々見つける姿は、一人で廊下を歩く後姿だ。

 その姿は疲れて見えて、今にも消え入りそうだった。
 そして気づけば、ひと月以上言葉を交わさなかった。

 元々よく話していたわけではなかった。

 目が合うと頭を下げてくれる姿は可愛らしく、向けてくれる笑顔は俺を癒してくれた。
 それだけあればいいと思っていたのだ。

 だがいつの間にか、愛実の姿を見かけることすらなくなった。

 ずっと頑張ってきたバスケにも身が入らない。
 心配した友人に遊びに誘われたが、ゲーセンの帰りに通った本屋では、愛実の姿を探してしまった。

 ☆☆☆

 ある日、国語の授業で、図書室に行くことがあった。
 愛実は本が好きで、図書室によく来ていた。
 なぜこんなことに気が付かなかったのだろう。

「あの、すみません」
 本を探す時間が与えられ、俺は真っ先に図書室の先生に声をかけた。
「何か見つからないの?」
「はい、その…」
 誰も近くにいないことを確認してから、ぼそっと言った。
「愛実…笹瀬愛実を最近見かけないのですが、図書室にも来ていませんか?」
「え?彼女なら転校したわよ?」
「嘘…」

 愛実はもうこの学校にいない?
 そんなことは考えもしなかった。

 家が忙しくなったとか、軽い病気になったとかは想像していた。
 それも一時のもので、時間が経てばまた会える。
 心のどこかでそう思っていた。

「もしかして君が愛実ちゃんの言っていた『先輩』君かな?」
「どうでしょうか」
 分からない。『先輩』、彼女は俺の事を確かにそう呼んでいた。
 だけど、本当に俺に対してだけなのだろうか?

「バスケ部で、頑張り屋で、公園で自主練している先輩って君?」
「それは…多分俺ですね。頑張り屋かは分かりませんけど」

 先生は、「うんうん」と頷くとにっこりと笑った。

「愛実ちゃんから預かり物があるの。もし自分を探してここに来たら渡してほしいって」

 そう言って、ピンクの封筒に包まれた手紙を渡された。



 先輩へ

 先輩がこの手紙を読むころには私はもう近くにはいないと思います
 本当には直接言えたらよかったのですが、勇気がありませんでした。ごめんなさい
 先輩が私のことをどう思ってくださっていたのか分かりませんが、もし傷つけてしまっていたら嫌なのでこの手紙を残します
 何を伝えようかといろいろ考えましたが思いついたのはたったひとつでした
 ありがとうございました
 頑張る先輩に私はいつも元気をもらっていました
 もし少しでも、先輩の中に私の存在が残っていたら嬉しいです
 ごめんなさい…こんなことは書くつもりじゃなかったのに
 最後にひとつだけわがままを言わせてください
 先輩、全国大会に出てください!
 応援しています
 そうしたら私も頑張れる気がします
 本当にありがとうございました
 そしてさようなら

         笹瀬愛実


 手が震え、視界が潤んだ。
 気が付いた友人が近づいてきたが、先生が笑顔で俺をひとりにさせてくれた。
 
 思えば、俺は愛実のことを全然知らない。
 連絡先も、どこに住んでいるのかも、どんな生活をしているのかも知らない。
 知っているのは、いつも静かに見守っていてくれて、元気をくれたことぐらいだ。

「うおりゃあああああああああああああああああああ」
 
 図書室に声が響き渡り、クラスメイトが一斉に振り返った。

「先生、俺は全国大会に出ます」
「うん、頑張って」

 その日から、俺はバスケに打ち込んだ。
 愛実のことで悩んでいた時に心配してくれた友人には、今度はその豹変ぶりに心配された。

 そして中3の夏、俺は全国大会の舞台に立っていた。

「もう一本決めるぞー!!」
「「おーー!!」」

 大会は初戦敗退。チームメイトはみんな涙を流した。
 一年前に先輩にそうしてもらったように、俺はみんなの肩を抱いた。
 
 顔を上げると、観客の声援が聞こえて来た。
 一年前もそうだったのだろうか?

 大きな拍手の中でたったひとつ、静かな音が耳に入った。
 驚いて振り返ると、そこには…愛実がいた。

 俺が好きだった優しい笑顔に、控えめな仕草。
 あー、そうか。俺はこの時のために頑張って来たのか…。

「大志!!」
「キャプテン!!」

 今度はチームメイトに肩を抱かれた。
 気が付けば俺は泣いていた。

 悔しいんじゃない。嬉しいんだ。
 試合後、チームメイトに向けて最後の言葉をかけた。

「ありがとう!!一緒にここまで頑張ってきてくれてありがとう!!」

 辛いこともあった気がする。
 だけど、思い返せば些細なことばかりだ。
 すぐに愛実を探したが、結局会うことは出来なかった。

 その後、大会の結果を評価されてスポーツ推薦をもらった。
 だが、それ以上バスケを続ける理由を見つけられずに断った。
 公園での自主練は癖になっていて、部活動を引退した後も毎日通っていた。
 そして俺は、自力で高校に進学した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

処理中です...