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俺、柳瀬大志には好きな相手がいる。
中学の一個下の後輩である笹瀬愛実だ。
おとなしくて、自分から積極的に動くような子でない。
猫のように垂れた目は愛らしく、幼く見える顔立ちは目を引き、整った目鼻立ちはいかにもな美少女だった。
愛実とは顔を合わせるタイミングは決まっていた。
俺はバスケ部に所属して、2年でありながらレギュラーだ。
顧問は全国大会出場を目標に掲げ、普段から見られることに慣れるためにと、練習中は常に体育館が解放され、自由に見学が出来る。
大した活動をしていない文化部の連中や、やる気のない運動部がよく見に来ていた。
その中には、愛実の姿もあった。
前のめりで罵声や黄色い声を上げるギャラリーの後ろで、壁に背中を預け、じっと静かに見つめている。
偶然かもしれないが、俺が彼女に視線を向けると必ず目が合った。愛実はあえて視線を逸らすようなことはせず、頭を下げてくる。
部活はほぼ毎日あったが、学校の方針で、水曜日だけは5時半には切り上げさせられた。
と言っても、まっすぐ帰る優等生はほとんどいなくて、俺もそちら側に含まれた。
バスケットボールを片手に公園に入ると、奥にあるバスケットコートを目指した。
部活中と違い、コートに立つのは俺だけ。
「よしっ」
すっと息を吐くと、ドリブルやシュートの練習を繰り返す。
いつもより緊張する。失敗は許されない。
いいところを見せなければ。
意識しないようにしていても、嫌でも考えてしまう。
この場には二人いるのだ。
コートにいる俺とベンチに座る愛実。
直接言葉を交わすことはほとんどない。
愛実は本を読んでいて、時々こちらに目を向けてくる。
偶然…と言うには出来すぎている。
俺の知る限り、愛実は毎日そこにいる。
図書室にはよく出入りしているらしいから、本が好きなのは間違いないだろう。
だからって、公園のベンチで読むことはないだろう。
すでに日が暮れていて、明かりは街灯ぐらいしかない。
「よしっ」
静かな公園には俺の声だけが響き渡る。
愛実は目が合うと、読んでいた本を膝の上に置き、拍手をしてくれた。
おとなしい彼女らしく、とても控えめな拍手だったが、特別な音だった。
どんな爆音の中にあっても、その小さな音は見つけ出せる気がする。
「終わりっと」
汗をぬぐうと、愛実が本を閉じるのが見えた。
毎回悩む。何か声をかけるべきか。
そのたびに言葉を見つけられず、無言で愛実を見つめてしまう。
そんな俺に、控えめながらも優しい笑みが向けられる。
「お疲れ様です先輩」
その一言だけで、今日まで頑張ってきてよかったと思える。
彼女は天使だ。彼女さえいれば俺は何でもできる。
大会が近づいてきたある日、俺は決意を口にする。
「全国大会に出場出来たら聞いてほしいことがある」
いつもの自主練の後、愛実にそう伝えた。
彼女は大袈裟に反応することはなかったが、目はいつもよりも大きく見開かれていて、俺には驚いて見えた。
「分かりました。待っていますね、先輩」
今までにも増して必死に練習した。部活中には声も出した。
そして中2の全国大会予選、レギュラーとして初めて挑んだ大会はあと1勝のところで敗退した。
悔しかった。
その試合で引退する中3の先輩よりも泣いていた。
「なんでお前がそんなに泣くんだよ」と、涙ながらに笑われた。
客席に目を向けると、愛実が控えめな拍手をしていた。
目が合ったのだろう、いつものように頭を下げてくれる。
両手をメガホンのように口に当てると、何か叫んでいた。
その声は、他の歓声にかき消されて聞き取ることは出来なかった。
「お前にはまだ来年があるじゃないか!」
先輩に肩を抱かれ、俺の意識はコート内に戻される。
「そうですね…また来年、頑張ります!」
だが、来年が訪れることはなかった。
中学の一個下の後輩である笹瀬愛実だ。
おとなしくて、自分から積極的に動くような子でない。
猫のように垂れた目は愛らしく、幼く見える顔立ちは目を引き、整った目鼻立ちはいかにもな美少女だった。
愛実とは顔を合わせるタイミングは決まっていた。
俺はバスケ部に所属して、2年でありながらレギュラーだ。
顧問は全国大会出場を目標に掲げ、普段から見られることに慣れるためにと、練習中は常に体育館が解放され、自由に見学が出来る。
大した活動をしていない文化部の連中や、やる気のない運動部がよく見に来ていた。
その中には、愛実の姿もあった。
前のめりで罵声や黄色い声を上げるギャラリーの後ろで、壁に背中を預け、じっと静かに見つめている。
偶然かもしれないが、俺が彼女に視線を向けると必ず目が合った。愛実はあえて視線を逸らすようなことはせず、頭を下げてくる。
部活はほぼ毎日あったが、学校の方針で、水曜日だけは5時半には切り上げさせられた。
と言っても、まっすぐ帰る優等生はほとんどいなくて、俺もそちら側に含まれた。
バスケットボールを片手に公園に入ると、奥にあるバスケットコートを目指した。
部活中と違い、コートに立つのは俺だけ。
「よしっ」
すっと息を吐くと、ドリブルやシュートの練習を繰り返す。
いつもより緊張する。失敗は許されない。
いいところを見せなければ。
意識しないようにしていても、嫌でも考えてしまう。
この場には二人いるのだ。
コートにいる俺とベンチに座る愛実。
直接言葉を交わすことはほとんどない。
愛実は本を読んでいて、時々こちらに目を向けてくる。
偶然…と言うには出来すぎている。
俺の知る限り、愛実は毎日そこにいる。
図書室にはよく出入りしているらしいから、本が好きなのは間違いないだろう。
だからって、公園のベンチで読むことはないだろう。
すでに日が暮れていて、明かりは街灯ぐらいしかない。
「よしっ」
静かな公園には俺の声だけが響き渡る。
愛実は目が合うと、読んでいた本を膝の上に置き、拍手をしてくれた。
おとなしい彼女らしく、とても控えめな拍手だったが、特別な音だった。
どんな爆音の中にあっても、その小さな音は見つけ出せる気がする。
「終わりっと」
汗をぬぐうと、愛実が本を閉じるのが見えた。
毎回悩む。何か声をかけるべきか。
そのたびに言葉を見つけられず、無言で愛実を見つめてしまう。
そんな俺に、控えめながらも優しい笑みが向けられる。
「お疲れ様です先輩」
その一言だけで、今日まで頑張ってきてよかったと思える。
彼女は天使だ。彼女さえいれば俺は何でもできる。
大会が近づいてきたある日、俺は決意を口にする。
「全国大会に出場出来たら聞いてほしいことがある」
いつもの自主練の後、愛実にそう伝えた。
彼女は大袈裟に反応することはなかったが、目はいつもよりも大きく見開かれていて、俺には驚いて見えた。
「分かりました。待っていますね、先輩」
今までにも増して必死に練習した。部活中には声も出した。
そして中2の全国大会予選、レギュラーとして初めて挑んだ大会はあと1勝のところで敗退した。
悔しかった。
その試合で引退する中3の先輩よりも泣いていた。
「なんでお前がそんなに泣くんだよ」と、涙ながらに笑われた。
客席に目を向けると、愛実が控えめな拍手をしていた。
目が合ったのだろう、いつものように頭を下げてくれる。
両手をメガホンのように口に当てると、何か叫んでいた。
その声は、他の歓声にかき消されて聞き取ることは出来なかった。
「お前にはまだ来年があるじゃないか!」
先輩に肩を抱かれ、俺の意識はコート内に戻される。
「そうですね…また来年、頑張ります!」
だが、来年が訪れることはなかった。
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