俺と後輩とバスケ

夜納木ナヤ

文字の大きさ
上 下
1 / 3

1

しおりを挟む
 俺、柳瀬大志には好きな相手がいる。
 中学の一個下の後輩である笹瀬愛実だ。
 おとなしくて、自分から積極的に動くような子でない。
 猫のように垂れた目は愛らしく、幼く見える顔立ちは目を引き、整った目鼻立ちはいかにもな美少女だった。

 愛実とは顔を合わせるタイミングは決まっていた。

 俺はバスケ部に所属して、2年でありながらレギュラーだ。
 顧問は全国大会出場を目標に掲げ、普段から見られることに慣れるためにと、練習中は常に体育館が解放され、自由に見学が出来る。
 大した活動をしていない文化部の連中や、やる気のない運動部がよく見に来ていた。
 その中には、愛実の姿もあった。
 前のめりで罵声や黄色い声を上げるギャラリーの後ろで、壁に背中を預け、じっと静かに見つめている。
 偶然かもしれないが、俺が彼女に視線を向けると必ず目が合った。愛実はあえて視線を逸らすようなことはせず、頭を下げてくる。

 部活はほぼ毎日あったが、学校の方針で、水曜日だけは5時半には切り上げさせられた。
 と言っても、まっすぐ帰る優等生はほとんどいなくて、俺もそちら側に含まれた。
 
 バスケットボールを片手に公園に入ると、奥にあるバスケットコートを目指した。
 部活中と違い、コートに立つのは俺だけ。

「よしっ」

 すっと息を吐くと、ドリブルやシュートの練習を繰り返す。
 
 いつもより緊張する。失敗は許されない。
 いいところを見せなければ。

 意識しないようにしていても、嫌でも考えてしまう。

 この場には二人いるのだ。
 コートにいる俺とベンチに座る愛実。

 直接言葉を交わすことはほとんどない。
 愛実は本を読んでいて、時々こちらに目を向けてくる。
 
 偶然…と言うには出来すぎている。

 俺の知る限り、愛実は毎日そこにいる。
 図書室にはよく出入りしているらしいから、本が好きなのは間違いないだろう。
 だからって、公園のベンチで読むことはないだろう。
 すでに日が暮れていて、明かりは街灯ぐらいしかない。

「よしっ」

 静かな公園には俺の声だけが響き渡る。
 
 愛実は目が合うと、読んでいた本を膝の上に置き、拍手をしてくれた。
 おとなしい彼女らしく、とても控えめな拍手だったが、特別な音だった。
 どんな爆音の中にあっても、その小さな音は見つけ出せる気がする。

「終わりっと」

 汗をぬぐうと、愛実が本を閉じるのが見えた。
 毎回悩む。何か声をかけるべきか。
 そのたびに言葉を見つけられず、無言で愛実を見つめてしまう。
 そんな俺に、控えめながらも優しい笑みが向けられる。

「お疲れ様です先輩」

 その一言だけで、今日まで頑張ってきてよかったと思える。
 彼女は天使だ。彼女さえいれば俺は何でもできる。

 大会が近づいてきたある日、俺は決意を口にする。

「全国大会に出場出来たら聞いてほしいことがある」

 いつもの自主練の後、愛実にそう伝えた。
 彼女は大袈裟に反応することはなかったが、目はいつもよりも大きく見開かれていて、俺には驚いて見えた。

「分かりました。待っていますね、先輩」

 今までにも増して必死に練習した。部活中には声も出した。
 そして中2の全国大会予選、レギュラーとして初めて挑んだ大会はあと1勝のところで敗退した。
 悔しかった。
 その試合で引退する中3の先輩よりも泣いていた。
「なんでお前がそんなに泣くんだよ」と、涙ながらに笑われた。
 
 客席に目を向けると、愛実が控えめな拍手をしていた。
 目が合ったのだろう、いつものように頭を下げてくれる。
 
 両手をメガホンのように口に当てると、何か叫んでいた。
 その声は、他の歓声にかき消されて聞き取ることは出来なかった。

「お前にはまだ来年があるじゃないか!」

 先輩に肩を抱かれ、俺の意識はコート内に戻される。

「そうですね…また来年、頑張ります!」

 だが、来年が訪れることはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

Missing you

廣瀬純一
青春
突然消えた彼女を探しに山口県に訪れた伊東達也が自転車で県内の各市を巡り様々な体験や不思議な体験をする話

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

処理中です...