闇ギルドの影は目的を果たすために戦い続ける

夜納木ナヤ

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再起~新たなクエスト~

動き始めた心

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 咲が死んでから3日が経ち、俺は黄泉の屋敷に来ていた。
 
 バベルの塔は無事クリアする事が出来たが、咲の損失は大きかった。
 報告した俺たちに、教師は罵倒こそしなかったものの、落胆の念はぶつけてきた。

 その日から俺は登校することなく、自室に引きこもっていた。
 寝ても寝ても、こころにぽっかりと空いた穴は埋まってはくれない。

 黄泉の屋敷に来たのは、この穴を埋めるためだ。
 お母様ならばきっと、俺の迷いを消し去ってくれるはずだ。


 メイドのシェイミーに続いて部屋に入ると、お母様は部屋の中心で立っていた。
 こんなことは初めてだ。いつもなら座ったままで、俺が報告をするまで待っている。

 まさか、気を遣ってくれたのか…?
 そんなことを考えていると、お母様はにっこりと笑った。
 見慣れた笑顔だ。俺はこのためにここに来た、はずなのに…なぜか違和感だけがあった。

「よくやったわね」

 俺が言葉を発する前に、お母様は抱きついてきた。
 温かい…俺はこのぬくもりを手にするために今まで頑張ってきた。

 そう、だよな?
 俺の違和感に応えるように、心に空いた穴はまったく埋まらない。

 どうしてしまったんだ俺は。
 苦しい時は、お母様に会えば、すべて解決していたのに。

「浮かない顔をしているわね」
「すみません」

 思わず謝ると、抱きしめる力が強くなった。
 今までの中で一番、お母様を近く感じる。

「いいのよ、辛いことがあったのでしょう?」


 そうだ。すべて委ねてしまえばいい。じっと目を閉じると、浮かんできたのは咲の顔だった。
 もう見ることの出来ない笑顔…何より、殺した時の猛烈な絶望が今でも思い出される。

「三賢者様があなたに会いたがっていますよ。どうしますか?」

 嬉しいお誘いのはずだった。
 いつもなら昇格への道が開けたと、ほくそ笑むところだったはずだ。
 だが今は、どんな顔をしたらいいのか分からない。

「すみません…すぐには会う気分になれないです」
「そう…分かったわ。シェイミー、今すぐ伝えて来てもらっていいかしら」

 お母様は、入り口に待機していたメイドに声をかけた。
 彼女は心配そうに俺を見ていたようだが、頭を下げると、「分かりました」とだけ言って部屋を出ていった。

 
 二人きりなると、お母様は俺から離れ、ベッドへと歩いていく。

「今日は泊まっていくでしょ?」
「いえ、俺は…」

 一人になりたい。そう思うと同時に、誰かといたい気持ちもあった。

「無理しないで。辛い時は、おもいっきり甘えたら楽になれるわ。さあ、何も考えずにこちらにいらっしゃい」

 その言葉はまるで魔法のようで、俺の思考は止まり、体は無意識に動いた。
 ベッドに近づく俺に、お母様は微笑んだ。

 これでいいんだよな?
 そうだよ…間違いない…そう言ってくれよ…咲。名前を思い浮かべた瞬間、思考が一気に蘇った。
 違う。俺がしたいのはこんなことじゃない。

「すみませんお母様、俺はこのまま帰ります」

 お母様は驚いていたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔が戻る。

「分かったわ。けれど、寂しい時はいつでも来てね」
「はい」

 背中を向けると、やけに熱い視線を感じた。
 怒っているのかもしれない。三賢者のこと、ベッドのことを。

 わからないことに恐怖を感じて、俺は振り返ることが出来なかった。

  
 部屋から出ると、すーっと息を吐く。
 額には変な汗をかいてる。

 手で拭おうとすると、すっと布が触れた。

「カケル様…その、ご無礼申し訳ございません」

 シェイミーだった。謝りながらも、その手を止めようとはしない。
 穏やかな笑みを浮かべていて、俺が見つめていることに気がつくと、目を細めて見つめ返してきた。

 マズイ。視線が吸い込まれそうになる。
 この笑みは、お母様のものとは違う。
 何がどうとは分からないが、それだけは確信した。

「ふふふ、カケル様…今日はやけに素直ですね」
「まるで俺がひねくれているみたいな言い方だな」
「そこまでは言いませんが…いえ、そうかもしれませんね」

 シェイミーは否定しようとして、最後は嬉しそうに言い直した。
 その姿が咲に重なって、視界がぼやけた。

「その…お母様ではありませんが、私で良ければ甘えてくださっていいんですよ?…って、何を言っているんでしょうね、私…」

 顔を紅くすると、シェイミーは走り去っていった。
 そんな反応をする相手は初めてで、なんだか新鮮だった。

 もうすこし彼女がその場にいたら、俺は泣いていたのかもしれない。
 
☆☆

 寮の部屋に戻ると、先客がいた。
 ベッドの上に座り、本を前に難しい顔をしている。

「エリカ、何をしている」
「あーカケル。おかえり」

 まるで我が家のように返事をすると、読んでいた本を放り出した。

「おかえり…じゃないだろ」
「そう?まあいいわ。意外と元気そうで安心したわ」

 俺の反応などどうでもよかったようで、膝を曲げて座り直すと、スカートの裾を直し、ぽんぽんと太ももを手で叩いた。

「なんのつもりだ」
「膝枕よ。男の子の憧れでしょ?」

 放り出された本のタイトルが目に入った。よくある恋愛小説だ。
 まったく、俺をおままごとに付き合わせるつもりか?

「そういう気分じゃないんだ」

 反論するが、エリカはじっとこちらを見たまま表情を変えない。
 是が非でも動かないつもりのようだ。

 それでもいつもなら無視していたはずだ。上のベッドに倒れ込んでそのまま寝るか、部屋から退出するかのどちらかだ。けど今日は、体が無意識に動いてしまうよう日のようだ。

「分かったよ…」

 言われるがままにベッドに横になる。後頭部が柔らかい感触に包まれ、心地が良さに目を細める。そこに追い打ちをかけるように、頭を優しく撫でられた。
 悔しいけど気持ちがいい。気づけば目を閉じて、体を委ねてしまっていた。

 とんだ失態だ。相手が俺を殺そうとしているのなら、痛い目を見るに決まっている。
 しかも相手はエリカだ。俺を殺すと告白して来ている、その相手だ。
 
「今日はやけに素直じゃない」

 さっきも同じことを言われた気がした。
 それはきっと、寝不足のせいだ。ここ3日間はまともに寝てないからな。

 起きたらエリカのやつに文句を言ってやらないと。

 勝手に部屋に来たこと、勝手にベッドに入り込んだこと、勝手に膝枕をしたこと。
 それからそれから…。

 怒る理由を探してたはずなのに、気づけば意識は闇に溶けていた。
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